H.L. Noire   作:Marshal. K

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A Day in the Cops' Life #3 ~Interval~

 

 

「KGPLから7W11。7ウィリアム11、どうぞ(カム・イン)

 

 カリフォルニアの夜空が白々と明けてくる午前5時半過ぎ。しばらく静かだった無線がキューンとハウリング音を鳴らして、あたしたちの公用車を呼び出した。助手席のフブちゃんが送話器を取って応じる。

 

「7ウィリアム11です、どうぞ(ゴー・アヘッド)

「7W11、警察官が応援を要請しています。重罪轢き逃げ事案発生中。現場は6番街とアルバラード通りの角、6番とアルバラードの角です。対処識別符号は2(コード・ツー)

「7W11了解。フーバー通りのリノとオクシデンタルの間から向かいます」

「KGPL了解。以上KGPL」

「この時間の轢き逃げかあ」

 

 あたしは、フブちゃんが送話器を置くのを横目に見ながら言った。

 

「賭けてもいいけど、居眠り運転だろうなあ」

「白上もそう思うよ。それにしても中途半端な時間だとは思うけどね」

「確かに。夜勤明けにはちと早いか?」

 

 酔っ払いの可能性は――ゼロではないけど――低い。連中の交通事故は呑み屋がハネる2時から3時までが多くて、それ以降は一気に少なくなる。大体が家か宿に帰り着いて、5時半には泥のように眠っていることが多いからだ。

 

「まあ、現場を見てから判断しようよ」

 

 公用車は、フーバー通りがラ・ファイエット公園に突き当たるY字路に着いた。6番街を東に曲がれば、アルバラードとの角までは十分足らずだ。

 あたしはビュイックのアクセルを踏み込んで、通勤ラッシュが始まるにはまだ早いガラガラの6番街を東に飛ばした。

 

 

 

 

 

 事件現場は6番街とアルバラード通りの角の、すぐ東側だった。西行車線がわの歩道に、真っ赤なリンカーン・コンチネンタルが東を向いて乗り上げている。

 向かいの路肩に公用車を駐めると、あたしとフブちゃんは6番街を渡って現場に歩いて行った。

 

「尾丸刑事と白上刑事、ウィルシェア(ディビジョン)

「ブラウン巡査です」

 

 リンカーンは街灯に突っ込んでいた。街灯は基部から外れて、通り沿いの商店の二階の壁に寄り掛かっている。

 そしてリンカーンのすぐ前には街灯諸共弾き飛ばされたらしい血塗れの男性が転がっていて、あたしはしゃがみこんでその男性を調べていた巡査に声をかけた。

 

「検屍官は呼んだの?」

「ええ。でもこの事件は、あんた方がいつも扱ってるものよか単純ですよ」

 

 そう言うと、巡査は立ちあがって続けた。その声の背後で東の方から、救急車のサイレンがゆっくり近づいてくるのが聞こえる。

 

「自動車で人を撥ねた阿呆が、アシを捨ててそのまま立ち去ったようです」

「目撃者は?」

「いません。が、この血を見る限り、そんな遠くまでは逃げられないはずです」

 

 ブラウン巡査は加害車両の方に手を振った。確かに、風防ガラス(ウィンド・シールド)にも計器盤(ダッシュ・ボード)にもたくさん血が飛び散っている。たとえ獣人でも、一街区(ブロック)行く頃には失神寸前になっちゃうだろう。

 

「誰か、逃げる人を見たって人はいませんか!?」

 

 フブちゃんが、もう一人の巡査に通せんぼされている野次馬達に、声を張り上げて訊いた。

 

「あの、いいですか?」

 

 野次馬達の一人が手を上げた。無帽のシャツ姿で、眠たそうな表情と合わせていかにもたった今起きてきましたって感じだ。

 

「私はそこの、隣の建物の二階からさっき降りてきたんですが。こっちの方から来た男が一人、足を引きずりながらそこの裏路地に入って行きましたよ」

 

 彼が指したのは、6番街をもう少し東に行ったところにある路地だ。

 

「確かですか?」

「運転手かどうかはわかりませんけどね。でもこっちから来て、ふらつきながら路地の方に入って行きましたよ。そういえば、私が下りてきた時に露骨に顔を背けてましたね」

「わかりました、ありがとうございます。ブラウン巡査、現場をお願い」

了解です(イエス・マーム)、刑事」

「さ、行ってみようか、ポルカ」

 

 街灯に照らされた6番街から裏路地に入ると、こういった場所につきものの、生ゴミと反吐や小便の臭いに出迎えられた。獣人には少々キツい臭いだけど、流石にもう慣れたもんだ。

 職務鞄から懐中電灯を取り出して、二人で並んで裏路地を奥に進んで行く。

 

「......あ」

「どした、ポっちゃん?」

 

 懐中電灯を左右に振りながら歩いていたあたしは、左手の壁にあるものを認めて、慌てて懐中電灯をそれに向け直した。

 血だ。まだ新しい、赤い血の手形が、コンクリの壁に残っていたんだ。

 

「やっぱり間違いないみたいだね。自分で立ってられなくなって、ここで身体を支えたのかな?」

「たぶんな。それと、ほら」

 

 フブちゃんが壁の手形を改めてる間に、あたしはもっと先の壁まで見ておいた。懐中電灯で照らすと、3、4フィート(1メートル強)の間隔で同じような手形が続いていたけど、20フィート(7メートル)程離れたある場所で途切れていた。

 

「......この下だな」

 

 手形がついてる建物の地下に下りるための裏階段があって、そこの手すりにも血が着いていたんだ。裏階段の先の壁には、手形は見当たらない。

 あたしが先に立って階段を下りていく。

 

「......」

 

 二人とも、途中で立ち止まった。

 階段を下り切ったところに大きな木製のゴミ箱があるんだけど、たった今、その陰からガラス瓶が一つ、コロコロと音を立てて転がり出たんだ。

 加えてあたしの耳は、ちょっと前から荒い息遣いも拾っていた。間違いなく、ゴミ箱の陰に誰かいる。

 

「いい加減出てきたらどうですか」

 

 あたしの背後からフブちゃんが、懐中電灯でゴミ箱を照らしながら叫んだ。

 

「逃げきれませんよ。それにそんな怪我でここにいたら、朝までには失血で死んじゃうかもしれませんね」

 

 その言葉にビビったのかどうかは定かじゃないけど、果たしてゴミ箱のかげから一人の男が這い出てきた。シャツはすっかり血塗れで、胸ポケットに引っ掛けた眼鏡もレンズがバキバキだ。

 ただ、彼は投降しようとしたわけじゃないらしい。両腕を上げて構えると、掠れた、今にもぶっ倒れそうな声で言った。

 

「あれは、事故、だったんだ......俺の、せいじゃ、ないんだ......」

「無駄な抵抗は――」

 

 再び声を張り上げたフブちゃんを制すると、あたしは自分の懐中電灯と職務鞄をフブちゃんに押し付けた。そのまま前へと進み出て、男と同じような構えを取る。

 

「あれは......事故だったんだ......!」

 

 今の彼にとっての渾身の叫びとともに、男はあたしに殴りかかった。というか、殴りかかろうとした。

 一歩後ろに下がると、拳が空を切った。もう一歩下がると、男はさっきまであたしがいたところに倒れ伏した。

 彼にはもう、そこから起き上がる力はなかった。

 

 

 

 

 

「なあ、聞いてくれよ。ほんのちょっと、眠っちゃっただけなんだ」

 

 男は両手を後ろに回された状態で、救急隊員の手当てを受けながら、それを眺めていたあたしたちに言った。

 

「俺は今まで、一回も事故を起こしたことがないんだ。誓って言う、一回も......」

 

 フブちゃんが救急隊員を押しのけると、男の前にしゃがみ込んで彼の弁解を遮った。

 

「私に見覚えがありませんか、ウィリアム・シェルトンさん?」

「なに? なんで俺の名前を......ああ」

 

 フブちゃんからシェルトンと呼ばれた男は、がっくりとうなだれてしまった。

 

「あんたか......」

「ウィリアム・シェルトン、過失致死の疑いで逮捕します。今度は重罪轢き逃げがついて、当分郡労役場(カウンティ・キャンプ)から出て来られなくなりますよ」

 

 

 

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