「KGPLからセントラル管内各局、飛び降り事案進行中。第一メソジスト教会近い局、
ウィリアム・シェルトンを中央警察署に送り届けた私たちは、そろそろウィルシェア警察署に戻ろうとしていた。いいかげん控室で書類を書き始めないと、定時までに終わらなくなりそうだった。
残念ながら私たちの公用車は朝の通勤ラッシュに巻き込まれて、5番街をのろのろ進む羽目になっちゃっていたけど。冒頭の無線はその時入ってきたものだった。送話器を取って、それに応じる。
「7ウィリアム11です、
「7ウィリアム11、1A16号車が応援を要請しています。進行中の飛び降り事案。現場は8番街とホープ通りの角、8番とホープの角、第一メソジスト教会です。
「7W11了解。5番街のヒルとオリーブの間から向かいます」
「KGPL了解。以上KGPL」
「全く、朝っぱらからさあ......」
ポルカちゃんが運転席から、呆れたような声を上げた。
「んまあ、ポルカも人のこと言えねえけども。天気の悪い日の朝は、いっそ死んだほうがマシって気分になるからな」
「今日はいい天気なりそうだけどね」
ダウンタウンのビル街の間から見える朝の空にはほとんど雲がなくて、窓から流れ込んでくる涼しい風も昼頃には暖かくなりそうな感じだった。
「うん、だから今日は調子がいい。寝起きじゃないしさ。それより、この交通状況で第一メソジスト教会まで、どれくらいかかると思う?」
「うーん......」
私は
「30分くらい?」
「だよなあ」
「サイレン使っちゃうか......」
本来
「現場の一
そう言って私は、助手席側
ホープ通りを南下すると、8番街との角はすでに現場保存バリケードで封鎖されていた。バリケードの奥にはパトカー数台と、第28消防分署から来たらしい消防自動車が駐まっている。
バリケードに近づくと、立ち番の巡査が赤色
ポルカちゃんはそのまま道の真ん中にビュイックを停めると、エンジンを切った。
「僕はやるぞ!」
公用車のドアを開けるなり、そう叫ぶ青年の声が耳に飛び込んできた。というか、真上から振ってきた。
二人そろって、顔を教会の方に向ける。8番街とホープ通りの北の角に建っている第一メソジスト教会は、ロマネスク様式のどっしりした建物で、ちょうど交差点に面して高い鐘楼がある。その鐘楼の手すりに、オレンジのシャツを着た人がまたがっていた。
「神様に誓って、僕は飛ぶぞ!」
「そこで神様に誓うのって、すごく失礼な気がする」
「ポっちゃん、シッ!」
向こうは獣人じゃないから聞こえないと思うけど、一応ポルカちゃんをたしなめた。
「あ、刑事!」
制服巡査の一人が、私たちの方に駆けよってきた。見覚えのある顔だ。
「カプラン巡査、
「白上と尾丸、ウィルシェア
「彼と話すのは任せてください。私はこういう、心理学的なやつは詳しいんで」
私はじっと巡査を見つめた。中央警察署にいた間のカプラン巡査の印象と、心理学に詳しいって言うのがどうにもしっくりこなかった。
「裏に非常階段か何かがあるはずです。上に登って、彼を引っ張り下ろしてください」
「わかった。行くよフブちゃん」
「あ、ちょっと!?」
ポルカちゃんはさっと踵を返すと、教会の裏に続く路地のほうに駆けて行ってしまった。カプラン巡査のことを信じかねつつも、私はその後を追って行った。
「おーい、飛ぶのかあ!?」
路地に入ると、さっそく背後からカプラン巡査の大声が聞こえてきた。
「飛ぶときは、事前に言ってくれよお!」
「ああ、そうするよ!......なに、何だって?」
「フブちゃん、これだ!」
教会の裏口の横に、屋上へと続く梯子があった。メンテナンスか何かに使うための物らしい。
ポルカちゃんの後から梯子をよじ登る間も、表の方からは巡査の声が響いてきている。
「何でもないさ! ただ、お前さんの飛沫が俺の靴にかかると、後が面倒なんだ!」
「正気か!? 一体僕に何を言いたいんだ!」
「初めて飛び降りを担当した時を思い出すよ! 靴に付いた"彼"をスポンジで拭い取ったんだ!」
「あれ、効くと思う?」
梯子の上から降ってきた、ポルカちゃんの返事は短かった。
「わからん!」
飛び降り志願の彼も気がめいっていると見えて、声がさらにヒステリックになってきている。
「黙れ! もう黙れよ!」
「あの時は本当に大変だった! しばらくミートソース・スパゲッティが食べられなくてなあ!」
「黙れったら! それ以上何か言ったら、一言でも言ったら、本当に飛ぶからな!」
ちょうどそのタイミングで、私たちは屋上に到達した。ポルカちゃんはひどく息が上がってるみたいだったけど、そのまま建物の対角線上に位置する鐘楼に突進して行った。
てっきり余裕がある私を先に行かせると思ってたから、ちょっと意外に思いつつ私もポルカちゃんの後から鐘楼の梯子に飛びついた。
鐘楼に上がると、ポルカちゃんは男と距離を取ったまま、彼に話しかけた。
「あんた、クリフ・ハリソンだよな?」
「えっ、なんで......ああ」
ハリソンと呼ばれた彼は、手すりにまたがったままポルカちゃんの方を見て、思い出した感じの声を上げた。どうやら知り合いみたいだ。
「お前も、お前も仲間なんだろ? あそこの薄情なお巡りとさ!」
「それならちょっと、思い出して欲しいんだけど。あの時あたしは、約束を守ったよな? あんたは昼には釈放されたはずだ。
「うん......うん」
自分が関わってない事件の話らしかったから、私は沈黙を守ることにした。
そのかわり、ハリソンさんの動きに限界まで注意を払っていた。もし彼が飛ぼうとしたら、飛びついて捕まえるつもりだった。
「でもしなかった。あんたはやり直せるって思ったからだ」
「やり直せる......」
「前歴も、大したことないスピード違反くらいだったからな。警察と親に説教を受けたら、重罪人になったりしないだろうって思ったんだ。やり直すチャンスはいつだって、誰にだってあるもんだ。あってしかるべきなんだ」
「......今からでも?」
「ああ、いつだってだ。でも、"その先"には絶対にないぞ」
ポルカちゃんの指を追って、ハリソンさんは手すりの下を見た。
「......できなかったんだ」
すっかり涙声になって、ハリソンさんは言った。
「ただ来て、ただ飛んで、それで......それでお終いにしようって思って......」
すんすん洟をすすり上げてから、ハリソンさんはこっちに手を差し出して続けた。
「助けて。足がもう動かないんだ......」
ポルカちゃんがゆっくりと、ハリソンさんと目を合わせたまま近づくと、手を掴んだ。そのまま右腋にも手を差し入れて持ち上げると、軽々と――獣人だからできることだ――鐘楼の中に投げ戻した。
「フブちゃん、パス」
「えっ、わっ」
ポルカちゃんがほとんど突き飛ばすようにして、ハリソンさんを私に押し付けてきた。その身体を受け止めてからポルカちゃんの方を見ると、
「あたし、限界」
教会の下の野次馬達の歓声を背後に、アドレナリンが切れたらしいポルカちゃんが、鐘楼の床に倒れ込むところだった。
「なあ、フブちゃん」
ウィルシェア警察署に戻る道中、ビュイックの助手席で魂が抜けたようになっていたポルカちゃんが、ようやく口を開いた。
「この制服の欠点、もう一つ見つけたわ」
「何?」
「自分の脚、見てみ?」
一瞬だけ
「......あー、ストッキングが」
制服の一部とされているナイロン・ストッキングが、あちこち伝線していた。
これはもう、制服としては使い物にならない。明日こんなのを履いて当直巡査部長のところに出頭したら、怒鳴られること請け合いだ。
「あちこち走り回ったからなあ......」
「毎日こんなになるんじゃ、ポルカたちの給料は制服代で全部なくなっちまうぞ」
戦争は終わったけれど、ナイロンの主要メーカーのデュポンは、民需を満たせるほどの供給を用意できなかった。それで一昨年、そして去年の頭にもナイロン暴動が起こったばっかりだ。
去年三月からは供給が一気に増えて暴動こそ無くなったものの、相変わらず需要が大きい分、結構値が張るんだ。
「課長、早く機嫌直してくれないかな。やり直すチャンスは、いつだって有っていいと思うのに」
さっきのポルカちゃんの台詞から引用すると、当人はぷいと窓の方に顔を背けてしまった。
「......やめて。今思い返すと、結構恥ずいこと言った気がする」
「いやー、白上はいいこと言ってたと思うけど? いつだって、でも"その先"には......」
言い返せる体力はまだないらしくて、私の擦りに対してポルカちゃんはだんまりを決め込んだ。ただ、その髪の毛の下の耳は赤くなってるんだろうなあと考えて、私はほくそ笑みながら運転を続けていた。
A Day in the Cops' Life -End of Tour-