H.L. Noire   作:Marshal. K

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A Walk in Elysian Fields

 

 

「住宅火災だ。最悪なヤツだぞ」

 

 朝一番に警務主任から、私服で署長室に出頭するようにと電話連絡を受けた私が、同じく私服で登庁してきたポルカちゃんと一緒にマッケルティ警部の執務室に入ると、警部は朝の挨拶も抜きにむっつりとそう言った。

 

ガイシャ(ヴィック)が、少なくとも四人だ」

 

 警部は自席で何かの書類を読んでいて、こっちを見ようともしなかった。まだ怒ってるんだろうか。

 

「とっとと行って、何があるか見て来い。現場は北ホーバート大通り(ブールバード)650番地だ」

 

 マッケルティ警部は、話は終わりだとばかりに黙り込んだ。傍らに立つポルカちゃんとちらっと目を見交わす。寝惚け眼のポルカちゃんは、いつもと比べてとろんとした紫玻璃(アメジスト)色の目をぐるっと回すと、署長室のドアの方に向かった。私もその後に続いて、特に挨拶もせずに署長室を辞したけれど、警部は特に気にするそぶりも見せなかった。

 開庁時刻に合わせて朝一でやって来る雑多な来客で混雑した署の1階を、私とポルカちゃんは黙りこくって通り抜けた。約一週間の当番勤務の中でだいぶポルカのことが掴めてきた私は、特に話しかけようとはしなかった。朝に弱いポルカちゃんは、この時間帯は必要がない限り喋りたがらない。

 そんなわけで、昨日修理から戻ってきた48年式ハドソン・コモドールの捜査用車のハンドルを握るのも白上だ。とりあえず臨場するまでは。

 ポルカちゃんはハドソン特有の低い車室に沈み込むと、私がエンジンをかけるよりも先に軽い寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 北ホーバート大通り(ブールバード)650番地の路肩には、第32消防分署から来た消防自動車と検屍局の黒い寝台自動車が駐まっていた。歩道は現場保存バリケードで封鎖されてるけど、車道に規制はかかっていない。私は捜査用車を路肩に寄せると、その二台の間にハドソンを停めた。

 消防士から水色のヘルメットを受け取ると、ポルカちゃんと一緒に敷地の入り口に立って家を見上げる。今回の家は二階建てで、前回の二軒と違ってだいぶ原形をとどめていた。少なくとも外観上は。ただ、窓の多くはぽっかり空いた黒い穴と化しているから、中はすっかり燃えてしまってるんだろう。

 表通りより少し高い敷地へと続く階段を上ると、私たちと同じ水色のヘルメットを被ったマルコム・カラザース検屍官が、玄関の前で腕組みして立っているのが目に入った。その顔はかなり険しい。

 

「おはよう、マル」

「見ない方がいい、お嬢さん方。と、言いたいところなんだが」

 

 マルは私の挨拶に小さく頷いて返すとそう言って、家の方に踵を返しながら続けた。

 

「お互いそういうわけにもいかん職業だからな。吐くときは外に出ること」

 

 マルの後に付いて行きながら、私はポルカちゃんとお互いを見交わした。ポルカちゃんの眉はハの字になって、いかにも不安そうな顔になっていた。たぶん、私も同じような表情をしてたと思う。マルは今まで、こんな感じの脅し文句を言ったことがなかったからだ。それはつまり、相当ひどいってことなんだろう。

 マルに続いてすっかり焼け落ちている屋内に入って、寝室(ベッドルーム)の一つだったと思しき部屋に向かった。

 

「これは......」

 

 部屋の中央には、真っ黒に焼け焦げた焼死体が四つあった。いずれも床に膝をついて、両手を胸の前にあてて天を仰いでいる。室内にはお肉を焦がして真っ黒にしちゃった時と同じような臭いが充満していた。

 私はこういう死体を、戦時中に一応見たことがあった。B-17爆撃機(フライング・フォートレス)が通り過ぎた後の街に入ると、大抵あった。その時の私は極力見ないようにしていたけど、今はそういうわけにもいかない。戦争が終わって平和なアメリカに戻ってきてから、無惨な焼死体をじっくり見なきゃいけなくなるなんて、すごい皮肉だなあと私は考えていた。ほとんど無意識の現実逃避だ。

 

「それで、名前は?」

 

 私の背後から、ポルカちゃんが抑揚のない声でマルに言った。その一言でようやく、私も我に返ることができた。臭い空気で小さく深呼吸して自分に活を入れると、マルがポルカちゃんに答えるのを聞きながら改めて死体を見つめた。

 

「マイク・モレッリ一家だ。実のところ、私は臨場したばっかりでね。詳しいことはリンチに訊いてくれ、専門家はあっちだ」

 

 すっかり丸焦げの死体は辛うじて人間だったとわかる程度で、性別も顔立ちも全然わかんなかったけど、大きさから大体家族構成の検討をつけることができた。一番大きいのが父親、ちょっとだけ小さいのが母親で、その隣に並んだ小さな二つの骸が子供たちだろう。

 その推定子供たちを調べていた、オレンジのヘルメットに青い防水コートの男性が立ち上がった。たった今マルから指名を受けたアルバート・リンチ消防司令補だ。

 

「ねえアル、なんでこの人達はここに集まってるんだ? ベッドに入ってたわけでもなさそうだし」

 

 ポルカちゃんの疑問に対するリンチ司令補の答えは簡潔だった。

 

「動かされたんだろう」

「動かされた?」

「何者かが爆発の後、火災の前に彼らをここに集めたんだ」

 

 困惑する私とポルカちゃんを見渡して、リンチ司令補は説明を続けた。

 

「死因は都市ガスの吸入による、酸欠と窒息と見られる。死体の炭化していない部分を見てくれ。指先の変色具合などが、特にわかりやすい」

「つまり?」

「見たところ、熱傷の大部分は死後に付いたものだ。何者かが爆発の後、すでに死んでいる彼らをこの部屋に集めたのだろう」

「そうだとして、理由はなんだ?」

 

 ポルカちゃんが、こめかみを揉みながらそう訊いた。

 

「一体なんだって、もうすぐ火の海になることがわかりきってる建物に飛び込んで、こんなことをしようって気になるんだ?」

「......罪悪感、とか?」

「罪悪感? 火を着けたことに?」

「いや......たぶん、ミスしたことに」

 

 先週見た帳簿を頭の中に思い出しながら、まだ釈然としない顔をしているポルカちゃんに続けた。

 

「先週ガリヴァーズ旅行代理店(エージェンシー)で見た、カタリナ島旅行の当選者名簿を覚えてる?」

「おお。流石に中身までは覚えてねえけど」

「そっか。白上は覚えてるよ。四人家族のモレッリ一家も当選してた」

 

 ポルカちゃんの目の色が変わった。

 

「たぶんソイヤーさん一家みたいに、何か理由があって直前にキャンセルしたんじゃないかな。そしてソイヤー一家の時と違って、犯人がそれに気づいた」

「筋は通るな......だけど、証拠は?」

「リンチ司令補、給湯器(ボイラー)をお願いできますか。ソイヤー事件と同じ手法かどうかを......」

 

 喋っている途中で、死体の方からバキッと音がした。ぎょっとして振り向くと、父親の焼死体が黒い粉を散らして崩れるところだった。砕けた胴体から頭部が外れてポルカちゃんの足元にコロコロと転がっていくと、ポルカちゃんはヒーッと甲高い音を立てて息を吸い込んでから、両手で口を押えて玄関に突進して行った。

 

「......同じ手法かどうかを確認してくれますか」

「わかった」

 

 リンチ司令補が防水コートの裾をひるがえして出て行くと、私もその後に続きながらマルに言った。

 

「マル、後をお願い」

「ああ、彼らのことは任せてくれ」

 

 

 

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