H.L. Noire   作:Marshal. K

206 / 250
A Walk in Elysian Fields #4

 

 

「うはー......こりゃすごい建物だ」

 

 オックスフォード通りに建つエリシアン・フィールズ不動産開発(デベロップメント)の社屋を見上げて、あたしは思わずそう呟いた。

 エリシアン・フィールズの社屋はガラスを多用した二階建て鉄筋コンクリート造りの、現代的でお洒落な建物だった。二階の壁面を覆う偏光ガラスが秋のロサンゼルスの、色の褪せてきた青空を綺麗に反射している。

 気が付くとフブちゃんは、建物に一瞬圧倒されたあたしを置いて玄関に歩いて行っていた。慌てて小走りに追いかけて、横に並ぶ。

 中を見通せる大きなガラス扉の向こうには、開放的な玄関ホール(ホワイエ)が広がっていた。右手にニスの濃い木板と金属の枠を使ったデスクがあって、受付嬢らしい女性がタイプライター相手に仕事をしていた。その背後は来客を圧倒させる黒曜石の壁に、スタイリッシュなフォントで社名が大きく掲げられている。

 圧倒されっぱなしの内心は隠して、あたしは受付嬢に警察官(バッジ)を見せて言った。

 

ロス市警(LAPD)の尾丸刑事と白上刑事。リーランド・モンロー社長に取り次いでもらえる?」

「お約束はおありですか?」

「約束は、これ」

 

 バッジをデスクに叩き付けるように置いて、指先でとんとん叩いた。

 

「警察の公用。とっとと取り次いで」

 

 相手の目を見据えたまま居丈高に言うと、受付嬢は厭そうな表情をしつつも視線を切って、構内通話機(インターコム)のボタンを押した。

 

「カッシーノさん、受付です。警察の方がお二人見えていて、社長にお会いしたいと」

"お通しして"

 

 通話機から返ってきた声は、機械越しでもそれとわかるイタリア訛りの女性のものだった。多分秘書だろう。

 

「そちらの階段から二階へどうぞ」

「どうも」

 

 吹き抜けになってるホールを二階へと上がるL字型の階段も、木製の踏板にメタリックな手すりにガラスの柵にと、徹底して現代的な造りになっていた。

 二階に上がると待合用らしい落ち着いたツートンのソファがあって、その奥に受付のそれより大きめのデスクが置かれていた。そのすぐ脇に大きな磨りガラスの両開き扉があるあたり、あれが秘書席で間違いなさそうだ。

 金髪の、彫の深い顔立ちの女性がそのデスクから視線を上げて――ちょっと眉も上げて――あたしたちに声をかけてきた。

 

「失礼、警察の方ですか?」

 

 構内通話機(インターコム)越しに聞くよりもイタリア訛りが強いな、などと割とどうでもいい事を思いつつ、警察官(バッジ)をかざす。

 

火災犯課(アーソン・スカッド)の尾丸刑事と白上刑事です。モンロー社長にお話を伺いたいんですけど」

「生憎ですが、できません」

 

 秘書は鼻にかかった、こっちの神経を逆撫でするような調子で続けた。

 

「モンロー社長のご予定は、何週間も前から埋まっておりますので」

「社長のご予定なんかどうだっていいんだよ。今いるの、いないの?」

「お伝えできません」

「なるほどね。あんたは賢いから雇われたわけだな」

「何をおっしゃりたいのかしら?」

「別に、言葉以上の意味はありませんよ」

 

 明らかに言外の意味を読み取ったらしくカッシーノさんが鼻を微かに膨らませるのを見て、あたしは内心でほくそ笑んだ。そのまま続けても良かったけど、話を先に進めるべくフブちゃんが小さく咳払いをして割り込んできた。

 

「これじゃ埒があきませんね、カッシーノさん。状況を変えるおつもりがないなら、白上たちは令状を持って出直しますけど?」

「その必要はないぞ、お嬢さん方」

 

 秘書席の背後の大きなガラス扉がすっと開いて、壮年の男性があたしたちに声をかけた。それは広告看板(ビルボード)やビラで見た通りのリーランド・モンロー社長その人であり、ラジオ広告で流れているその声だった。

 

「こちらに入りなさい。話を聴こうじゃないか」

「それじゃ、おじゃましますね」

 

 うわべだけは鷹揚そうな声に素直に従って、あたしたちはリーランド・モンローの社長室に足を踏み入れた。

 その社長室はとんでもなく広大だった。中央署の刑事室がすっぽり収まってしまいそうな広さの部屋に、住宅地の模型や宣伝ボードがたくさん置かれている。それでいてなお、そういったあれこれの間には二、三人が並んで通り抜けられるようなスペースが空いていた。

 部屋の片隅には黒い革張りの応接セットとオフィス・バーがあったけど、モンロー社長はあたしたちをデスクの方へ、張りぐるみの客用椅子の方へといざなった。その方が、自分が権力の座に着けるからだろう。

 通りを見下ろす大きなガラス窓を背後に深紅のベルベットの執務椅子に座り、巨大な楢材(オーク)のデスクを挟んで相対せば、威圧されない相手はまずいない。

 明らかにわざと火を消さずに灰皿に置かれている、喫い差しの葉巻も小道具の一つだろう。素人でもすぐに高級品だとわかる、ハバナ煙草の甘い香りを漂わせている。

 あたしと並んで客用椅子に腰を下ろしたフブちゃんも、内心それなりに圧倒されてたはずだけど、見た目にも声にもそれは出さずに手帳を繰って話しだした。

 

「白上たちは目下、一連の放火事件について捜査しています。連続放火の疑いがあるんです」

「ひどい話だな。それで、私に何かできることがあるのかね?」

「その放火の現場で、この会社や郊外再開発基金のチラシが見つかっているんです。それも度々」

 

 全然度々ではない――チラシが見つかったのはモレッリ邸だけだ――けど、ステファン邸やソイヤー邸の周辺でも同じものが配られてただろうから、これくらいの誇張は許容範囲だろう。

 

「ですので、一連の事件について何か、ご存知のことはないかと思いまして」

「チラシね。それは街中で配られてるものなんだよ、お嬢さん(シスター)

 

 まさに一笑に付すって感じで、モンロー社長は答えた。

 

「今日の住宅需要というものをご存知かね?」

「白上たちは刑事(ディテクティブ)です。ともかくそれが釈明ですか、モンローさん? 偶然の一致だと?」

「釈明ねえ......」

 

 モンロー社長は椅子に沈み込むと、考え込むような表情を浮かべながら続けた。

 

「一体なぜ、何を釈明しなければいないのかね。私は常に、宣伝の最前線に立っているんだ。購入者向けにはラジオと広告看板(ビルボード)で。そして売却者向けには、君の言ったチラシでだ」

「ところが、白上たちが聞く限りだと焼け出された――あるいは焼き殺された――人たちはみんな、売りたがってなかったって言うんですよ。それについては、いかがですか」

「つまり? 君が言いたいのは、私が関与してるのではないかと、そういう事かね?」

「被害に遭った方はみんな、こちらのカタリナ島旅行の懸賞に当選されてました。なんでも当選者は会社の方で指定してるそうじゃないですか」

「ということは君の理論では、私は彼らに新しい家を買わせるために、彼らの家を焼いている。と、そうなっているのかな?」

「売りたがらない人がいた場合、あなたはどうするんですか?」

 

 フブちゃんは直接は答えなかったけれど、暗にその推論を肯定して質問を続けた。

 

「そこは諦める。なに、それでも売りようはあるものだよ、それがアメリカ流のやり方というものだろう?」

「あのねえ、モンロー社長」

 

 明らかにごまかそうとしてるのが見え見えだったから、あたしの方から圧をかけることにした。変則的だけど悪い警官役(バッドコップ)だ。

 

「もうちょっとマシな言い訳が欲しいところですね。あんたみたいな不動産王が、街区(ブロック)のど真ん中にボロいあばら家を残してそれで満足するとは、ポルカには到底思えないんですけど」

「時の流れというのは容赦のないものだよ、刑事さん。そういった反抗的な連中はたいてい、歴史のゴミ箱行きになると相場は決まっている」

 

 苛立たし気に、モンロー社長は椅子に座りなおしながら続けた。

 

「故に君の質問――私が満足するのか?――に対する答えはイエスだ。その必要があるなら、私はその一軒を残して周りに新しい家を建てるとも。普通の人間なら、その中で自分の間違いに気づくだろう」

 

 一応筋は通っているし、きわめて合理的だ。それを崩せる理論も証拠も特になかったから、あたしはフブちゃんに目で合図して主導権を返すことにした。

 

「ではモンロー社長、念のために伺いますけど、その懸賞旅行にはどの程度関わってらっしゃるんですか?」

「さて、我が社は色々な懸賞を扱っていて、その全部に私が関わっているわけではないからな......わからないな」

 

 今までが嘘のように、モンロー社長はもごもごと口ごもりながら答えた。あまりにもあからさまだったので、あたしが何か言うよりも先にフブちゃんが追及に入った。

 

「でも、チラシにはあなたの顔が使われてますよね? それで全然関わってないとは、ちょっと信じがたいんですけど」

「私の顔は、会社の顔なんだ。あらゆる広告に使われていて、それは担当者に一任している」

 

 ここまではまあ、筋の通った反論だった。あたしはともかく、フブちゃんは実際に市警の顔として使われてたわけだし。

 ところが、モンロー社長は執務椅子の背もたれに深々ともたれかかりながらこう続けた。

 

「君は、市長と警察局長が郊外再開発基金の役員だと知っているかね。彼らにも同じように追及をするのかね、ええ?」

 

 脅しのつもりだったんだろうけど、突然お偉いさんを引き合いに出したことで却ってあたしたちの疑いは濃くなった。とはいえそれは印象に過ぎないし、脅しが出てきたってことは、これ以上の訊問は逆効果になりそうだった。

 フブちゃんもそれを感じ取ったらしく、手帳をしまいながら言った。

 

「いいえ、まだそこまでは。それじゃこれで失礼します、モンローさん。ご協力ありがとうございました......あ」

 

 フブちゃんは客用椅子から立ち上がりながら、わざとらしい「あ」に続けて最後の煉瓦を投げつけにかかった。

 

「もう一つだけ訊かせてください、ランチョ・エスコンディードの件について」

「ああ、あれは我が社の、最新の住宅地の一つだ。今週末に落成式の予定だったが、それも例の火災で帳消しになってしまったがね」

「市の建築基準条例には、もちろん適合したものを建ててたんですよね?」

「もちろんだとも。我らが帰りたる英雄たちには、最高の物を与えなければな」

「そうですか。ところで、白上たちはさっきまでランチョ・エスコンディードにいたんですよ。あそこでは基礎に、モルタルの耐火レンガを使ってるんですよね?」

 

 モンロー社長の首肯を受けて、フブちゃんは続けた。

 

「そのレンガ、粉を吹いてましたよ。セメントが減らされてて、耐火基準を満たしてないのは明らかです」

「それにポルカが見たところ、壁繋ぎもされてなかったんですよ。これも市の条例に反してますよね?」

「さて、君たちの見当違いじゃないかね。ランチョ・エスコンディードの建物は、いずれもカリフォルニア火災生命が保険をかけているのだ。まさか、彼らが自分たちの金をドブに捨てるために、資産調査で手を抜いたなどと言うまいね」

「言いませんよ、モンローさん。少なくとも今はまだ」

 

 モンローの言うことが本当なら、カリフォルニア火災生命は大損することになる。

 いや、損保会社は自分たちの保険にも保険をかけてるらしいから損失そのものは大したことないかもしれないけど、それでも保険会社とモンローの繋がりが全然見えない以上、今この先の追及は難しそうだった。

 

「ところで、君たちにとって重要なのは放火犯の方だろう。目星はついているのかね?」

 

 モンローの方から話題転換をしてきた。とすると、ランチョ・エスコンディードの件もあまり触れられたくないみたいだ。このおっさん、どうやら確実に色々と後ろ暗いところがあるみたいだな。

 

「お伝え出来ません」

 

 フブちゃんがさっきの秘書の言い方を真似て言うと、モンロー社長はニヤリと笑ってから続けた。

 

「例のチラシ配りに雇ってる連中がいるんだが。良ければ秘書に言って、彼らの名簿をお見せしようか」

「それはありがたい申し出ですね、モンロー社長。ありがとうございます」

 

 モンロー社長は立ちあがって、ドアの方に向かった。当然あたしたちもそのまま退室する流れになる。もともとお暇するつもりではあったけれど、向こうからそう仕向けてきたのもしっかり覚えておこう。

 あたしはフブちゃんの後について、広々とした社長室を後にした。実のところその威圧感から解放されて、ちょっとほっとしたくらいだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。