「お役に立てて嬉しいですわ、お巡りさん」
明らかにそうは思ってなさそうな顔と声で、カッシーノさんはデスクの上にレターサイズの名簿を置いた。青いインクで六人ほどの名前が連なっている。
「......あ」
「どうされました?」
見覚えのある名前に行き当たって、私はつい声を上げた。ポルカちゃんに見せようと思って振り返ったけど、いない。社長室の戸口のところで、何やらモンロー社長と話し込んでるらしかった。いや、話し込んでるというよりは、社長から何か一方的に言われてるようだったけど。
ともかく、早急に確認を取るべき事項が一つできて、私はデスクの上のボタン電話機を指しながらカッシーノさんに訊いた。
「その電話、外線に繋げますか?」
「ええ、少々お待ちください」
カッシーノさんはボタンの一つを押してから受話器を取ると、相手が出るのを待った。吹き抜けの下から微かにベルの音が聞こえてきたあたり、受付にかけたようだった。
「カッシーノよ。外線に繋いでくれる?......どうぞ」
私は差し出された受話器を受け取った。
「交換台です」
「警察です。KGPLに繋いでください」
「少々お待ちください......どうぞ」
「受令台です」
「白上、
「......用件をどうぞ」
「先週勾留したハーバート・チャップマンが、現在もまだ勾留されてるか確認願います」
「少々お待ちください......」
簿冊を繰る音がしばらくして、指令員が電話口に戻ってきた。
「チャップマン、ハーバートは月曜日に釈放されました」
三日前だ。それなら犯行は充分に可能だろう。
「そうですか。
「了解しました、住所は判明次第KGPL経由で連絡します。
「どうも」
「ああ、刑事......」
耳から離しかけた受話器に呼び止められて、私は再び電話口に戻った。
「はい、なんですか」
「相勤員のオマル刑事宛てに伝言があります。読み上げますか?」
「お願いします」
「伝言、"オマル刑事は速やかにマッケルティ警部、
「了解しました......」
再び目をあげると、ポルカちゃんは話が終わったらしくこっちに来ていた。社長室のドアはもう、固く閉ざされている。
「マッケルティ警部に電話を繋げてください」
「少々お待ちください......」
「はいポルちゃん、これ」
さっきの名簿をしげしげと眺めていたポルカちゃんに受話器を押し付ける。
「課長にかけてるとこ。電話しろってさ」
「気になるんでしょ、ポルカたちがまたヘマをしてないかどうか」
そう言いながらポルカちゃんは、受話器の裏側を指でトントン叩いた。どうやらそこに耳を付けて聞けってことらしい。
"......モレッリ邸の件はどうなってる?"
電話線の向こうの警部は、回線がつながるなり挨拶抜きにそう言った。よっぽど気になるらしい。
「いま、リーランド・モンローさんのところに聴取に伺ったところです」
"は、なんだって!?"
機械越しの声でも明らかにそれとわかるほど、マッケルティ警部は狼狽えた。
"リーランド・モンローだと? あいつは市長と警察局長の個人的な友人なんだぞ、滅多なことを言うんじゃない"
「ポルカたちは手続き的な質問に行っただけです、課長」
とらえどころのない、飄々とした声でポルカちゃんは言い放った。これを電話越しに聞かされる警部の気持ち――と胃の痛さ――を考えて、私はほんのちょっとだけ不憫に思った。
"もし何か――いいか、どんな些細なことでも――掴んだと思ったら、まず俺のところに相談に来い。自分が綱渡りをしてるってことはわかってるだろう?"
「はい、課長」
"よろしい。退勤前に必ず報告に来るように。以上だ"
「......だってさ」
回線が切れる音を確認してから、ポルカちゃんはそう言ってぐるっと目を回して見せた。
「さてと、この後はどうするかだな。あ、これありがとうございました」
カッシーノさんに受話器を返して、私たちは階段を下り始めた。
「フブちゃん、次のアテとかある?」
「R&Iから返事が来るまでは無いかな。ポルちゃんは?」
「あたしにも無い」
「じゃあ、定時までパトロールかな」
「ひょっとしたら、明日に持ち越しか」
社屋から出ると、ポルカちゃんは首を振りながら続けた。
「あんまりいい気分じゃないな」
R&Iからの返事は待てど暮らせど来ずに、3人目の掏摸を捕まえたあたりで定時になってしまった。
署に戻るとポルカちゃんは、課長への報告は自分でやるからって言い張って私を追い払ってしまった。ちょうど内勤で定時上がりのミオが出てきたところだったので、私はありがたく帰らせてもらうことにして、私物のクライスラー・サラトガの助手席に沈み込んだ。
「大変だったみたいだねえ」
運転席に乗り込んだミオは、クライスラーを三番街からニュー・ハンプシャー通りに曲がらせながら、苦笑交じりにそう言った。
「こりゃあウチが集めた資料を見る元気もないかな?」
「資料? なんの?」
「先週言ったじゃんか、
「あったの!?」
「三件だけね」
それでも進展につながるかもしれない。
「ミオだいすき!」
「うわっ!」
思いっきりミオに抱きつくと、クライスラーはぐらぐら揺れた。ミオは慌ててブレーキを踏んで減速すると、私の脇腹に肘打ちを一発ぶちこんだ。
「ぐへえ!」
「運転中だっての!」