H.L. Noire   作:Marshal. K

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A Walk in Elysian Fields #6

 

 

「結局音沙汰無し、か......」

 

 あたしはいつも通りの無線交信が流れる無線機に目をやって、小さく呟いた。ハドソン・コモドールエイトのエンジンは切ってあるけど、無線機とラジオは別電源だ。つまみを捻って無線も切り、始動(イグニッション)キーを抜いて捜査用車から降りた。

 ここはダウンタウンの、あたしのアパートメントから二街区(ブロック)ほど西にある月極めの駐車場だ。フブちゃんはミオしゃと一緒に私物のクライスラーで通勤するから、ハドソンの方はあたしが通勤に使わせてもらっていた。

 

「課長も全く、小心だよなあ。こりゃあもって明日一杯ってところかな......」

 

 署長室であたしから報告を受けたマッケルティ警部は、唐突に年金の話をし始めた。一瞬面くらったけれど、リーランド・モンローが警察・消防年金機構の理事だったことはすぐに思い出した。どうやらモンローは退職間近の警部に、年金機構での地位を利用して圧力をかけたらしい。

 

「明日までになんとかチャップマンのやつを捕まえて、モンローとの繋がりを吐かせねえと......あ」

 

 独り言の途中であたしは、鍵をドアロックに挿し損ねて鍵束ごと落とした。鍵束はチャリーンと甲高い音を立ててハドソンの下に入って行ってしまった。

 

「あー、くそっ。なんでこう、上手くいかねえかなあ......」

 

 鍵束を拾おうと屈みこんだところで、あたしは一つの足音を聞きつけた。明確な目的を持って、あたしの方に向かってくる。こんな日もとっぷり暮れたころに、路地裏の人気のない駐車場で、女に向かって歩いてくる奴なんてまずロクなやつじゃない。

 鍵束はすぐに見つけたけど、わざとそのまま屈みこみ続けて相手が近づいてくるのを待った。そして向こうがこっちのほぼ背後に来た瞬間、あたしは重心を踵に移すと後ろに反り返りながら一気に立ちあがった。

 

――ガツッ!

 

 あたしの頭が相手の固い部分にあたって鈍い音を立てると同時に、向こうの上の歯と下の歯がぶつかるガチッって音が聞こえた。ということは、あたしの頭は顎に当たったらしい。

 相手は仰向けにぶっ倒れ、あたしもその上に倒れ込む形になった。そいつが持っていた棍棒(ブラックジャック)*1が地面に跳ねる。

 

「くそっ、大人しく、しろっ!」

 

 暴漢は逃れようとじたばた暴れたので、あたしはその顔面に肘打ちを喰らわせた。片腕を捻り上げてうつ伏せにすると、手錠をかけようとして、

 

「あ、手錠が......」

 

 手錠はさっき、頭突きをするときに放り出した手提げ鞄(ハンドバッグ)の中だった。一体どうしたものかと頭を捻っていると、突如あたしの後頭部に固いものが押し付けられた。

 

「そこまでだ。その手を放してもらおうか」

 

 てっきりあたしはこいつが痴漢か、路上強盗の類だと思ってたんだ。そういう連中は普通、複数人いるときは一斉に来る。反撃を予想して一人が隠れとくなんてことは、あまり聞かない。それであたしは油断しきっていたところに、この後詰めの男はあたしと同じ獣人なのをいいことに、気配を消して気を緩めたあたしの背後に忍び寄ってきたんだ。

 ちなみに以上のことは、後から考え併せて気が着いたことだ。頭に銃を突き付けられたあたしの思考は即座に凍り付いて、この時考えてた唯一のことは「え、あたし、しぬの......?」だけだった。

 恐怖に盲いたあたしが素直に手を放すと、最初の暴漢はあたしの下から抜け出して、折れた鼻を押さえながら憎悪に満ちた目でこっちを睨みつけた。

 

「このメス畜生!」

 

 右のほっぺに衝撃が走って、首がぐりっと捻じれた。裏拳でひっぱたかれたんだ。

 あたしは頭の片隅で「左頬の腫れがひいたばっかなのに......」などと現実逃避していた。

 

「いいか、アマポリ」

 

 背後の男が、銃口であたしの頭をグリグリしながら続けた。

 

「今日まで捜査してきたことは、全部忘れるこった。お前も、お前のレズビアンの相方もだ。全部忘れて、明日から割り当てられるつまらん仕事をゆるゆるこなすんだな。わかったか?」

 

 最後の言葉は、撃鉄を起こす音と一緒に発された。あたしが弱々しく頷くと、そいつは呆れたような声で言った。

 

「なんだそりゃあ。もっとちゃんと声に出せ」

「わかった、全部忘れる。モレッリと、それ以前の火災はもう調べない」

「よし」

 

 気が付くと、最初の男が棍棒(ブラックジャック)を拾い直してあたしの前に立っていた。下卑たにやにや笑いを浮かべている。

 

「お前には同居人がいるんだったな。あいつはお巡りじゃなさそうだが......」

「やめろ、ねねには手を出すな! あいつは関係ない!」

「わかってるさ」

 

 あたしが血相を変えたのがよっぽど可笑しいらしくて、男のにやにや笑いはさらに大きくなった。

 

「お前がさっきの約束を反故にしねえんなら、俺たちだって無関係の女を襲いに戻ってきたりせんさ、なあ」

「くそ......」

 

 思いっ切り口約束を反故にする気だったあたしは唇を噛んだ。

 

「それじゃあ、俺たちはここらで帰らせてもらうぜ」

 

 暴漢はそう言って、あたしの前で棍棒(ブラックジャック)を野球のバットよろしく構えると、そのまま思いっきり振り抜いた。

 

「ぐぶぅ!」

 

 棍棒(ブラックジャック)はあたしの腹をしたたか打って、あたしは口をほどいた水風船よろしく胃酸を吹き散らした。男たちは舗装された駐車場の地面でのたうち回るあたしを見て、耳障りな高笑いを上げながら去って行った。

 

「げえっ、はっ、はっ、がっ......あああ」

 

 お腹の激痛がわりかし和らいだ後も、あたしはしばらく立ち上がれずにいた。

 脅しに屈せざるを得なかった自分の無力さがあまりにも情けなくて、土埃と自分が吐いたものに塗れたまま、あたしはしばらく膝を抱えて泣いていた。

 

 

 

*1
鉛の芯を革で覆ったもの。30センチほどの長さのわりに重く、一撃が重い

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