「生命保険かあ......」
保険会社からの手紙の話を聞いてイヤな予感が私の頭をかすめた。単純な交通事件かと思ってたけど......
「フブキ、保険金殺人疑ってる?」
「うん......」
保険金が値上げされたばかりだと聞いたらなおさらだ。
「でも気になることも多いんだよ。検屍官は衝突が死因だって言ってたんだよね?」
「そうだよ」
「見たところ、自動車は衝突よりも前にかなり強いブレーキをかけてる。故意に撥ねたって感じはしないんだよなあ......」
ぶつぶつと考えているとミオが言った。
「とにかく、ペリーさんの話を聞いてみよっか。いま判断するのはちょっと早すぎない?」
「それもそうだね」
「それじゃ、彼女はお任せします」
ペリーさんのところへ行くと、世間話をしていたらしいカプラン巡査がそう言って立ち去った。
「シャノン・ペリーさん?」
「ええ」
「オオカミ刑事です。こっちはシラカミ刑事」
「女性の方なのね。それに......」
ペリーさんはミオの耳に目をやったけど、それ以上は言わなかった。
「ここで起きたことを、ウチたちに話してもらえますか」
ミオが質問を続ける。
「その......窓から下を見たの。下で誰かが言い合ってるのを聞いたから」
ペリーさんの喋り方は、お手本のようなカンザス訛りだった。出身を聞かなくてもカプラン巡査が冗談を言った理由がすぐにわかるほどに。
「それから?」
「自動車が彼を撥ねるのを見たの。彼、撥ね飛ばされて車道におちたわ」
「どんな自動車だったか、説明できますか」
「濃い赤のリンカーン・コンチネンタルよ」
「ライセンス・プレートは見ましたか?」
「悪いんだけど」
ペリーさんは本当に申し訳なさそうに言った。
「最初の3文字しかわからないわ。3C8よ」
自動車の詳細を書き留めると、続けるようにミオに合図する。
「言い合いの内容を教えてくれますか」
「その、二人いて、男と女だったわ。それだけ」
純朴なカンザス訛りにたがわず、彼女自身も驚くほど純朴だった。生まれて初めて嘘を吐いたんじゃないかと思うくらいに、ペリーさんの嘘はヘタクソだった。
これじゃロス市警の警官はもちろん、ド田舎の若い副保安官すら騙せなさそうだ。
「ペリーさん、なにか
ミオも同意見らしい。
「ごめんなさい、その......この話は新聞に売れるかと思って。そしたら新聞に写真が載るかもしれないでしょ?」
ペリーさんはあっさり折れた。"嘘を吐くのがいたたまれなかった"と顔に書いてある。
「女優を目指してるんだけど、仕事を見つけるのがとても難しいの。それで」
「そこまで」
思わず横から口をはさんだ。
「あなたの身の上話を一晩中聞いているわけにはいかないんです」
「ごめんなさい......言い合っていたのは夫婦だったと思うわ」
言葉を選んで言う。
「その、"そういうコト"についてよ。男性にとっては屈辱的だったでしょうね」
「なるほど」
手帳に書き込みを終えてからミオの方を見ると、表情は完璧な平静を保っているけど首許が若干赤らんでいた。ペリーさんが気付いているかはかなり怪しいけど、私は見逃さなかったぞ、ミオ。
手帳を閉じて、ペリーさんにお礼を言う。
「ありがとうございました、ペリーさん。ご協力に感謝します。もう行ってもらって構いません」
「本当? じゃあそうするわ」
にっこりと、これまた純朴そうな笑顔を見せてペリーさんは言った。その笑顔をふと消して付け加える。
「運転手を捕まえてね。じゃないとあの人、浮かばれないわ」
「シラカミ刑事。
カウンターの向こうにいる、レイズ・カフェのバーテンダーに声をかけた。
ミオは後ろでカフェの常連らしい呑み助たちに話を聞いて回っている。
「どんな御用でしょう、刑事さん?」
カウンターを拭きながら答えたのは、恰幅のいい中年のバーテンだ。30代後半と見積もったけど、見事な口髭の印象を考慮するともう少し若いかもしれない。
「まずは名前を伺いましょうか」
「ダドリー・リンチ、雇われバーテンです。オーナーのいない時にここを切り盛りしてます」
「オーナーはどちらに?」
「帰りましたよ。誰かがローナを......パティソン夫人をお送りしなきゃならなかったんで」
ふむふむと頷きながら手帳を取り出し、本格的に聴取を始める。
「事故について教えてください。なにか、気になったこととかありませんか」
「特には。忙しかったもんですから、衝突の音を聞いたくらいですね」
「へ~え?」
急に仕事を思い出したらしく、すでにピカピカのグラスを磨き始めたリンチさんにジトっとした目を向ける。
「じゃあ彼は外で何してたんですか? 外での飲酒を認めるのは、酒類免許規則に反してますけど」
「レスターとローナが言い合いをしてたんですよ。それでオーナーが外に放りだしたんです。かなり険悪な感じだったんで」
外で呑ませてたわけじゃありませんよ、とリンチさんが付け加える。
「被害者をご存じだったんですか?」
「ええ。レスター・パティソン、ここの常連です......というか、でした」
「お嫌いでした? パティソンさんのことが」
口調に違和感を感じて、率直に聞いてみた。
「いえ。レスターはお得意でしたが、"わたしの"お得意じゃあなかったってだけです」
「レスターさんはいつもお一人で呑まれてました?」
「いや、たいていは奥さんと一緒でした。酒に興味があるわけじゃなさそうでしたがね」
手帳のページをめくって、質問を続ける。
「言い合いの内容はどんなでした?」
「レスターとローナの? まあ、
それはペリーさんの証言と食い違う。
「じゃあなんでローナ・パティソンさんはとっとと帰っちゃったんですか?」
再びじっとりとした目で見つめて、
「なにか、ここで、あったんでしょう? ね?」
一語ずつ区切って発音する。
「ローナさんがひどく動転してたんで、リロイが送って行ったんですよ」
リンチさんが溜め息を吐いて答えた。声を潜めて、
「あのふたりは仲がいいんでね。新しく
「リロイというのは?」
「オーナーです。リロイ・サボ」
「リロイとローナはいつからその、新しいバーの計画をしてたんですか」
「さてね。私は飲み物を出してるだけですから」
「あなたはいいバーテンですよね。親密な雰囲気だけど口は堅い」
そういうバーテンは秘密を打ち明けられやすいし、バーテンが近くに来たからと言って会話が中断することもない。
「紳士的に、というか淑女的に行きたいんですけど、そっちがお望みならもっと乱暴に行ってもいいんですよ」
カウンターから生えているビールの
リンチさんがそれを見て顔を顰める。
「どっちがお好みですか?」
「レスターが呑んでる時、ローナの扱いはゴミみたいなもんでしたからね」
バーテンは観念して喋りだした。
「彼は博打に有り金全部費やしてましたから。それでリロイにバーの話を振ったようですよ、リロイがどれほど本気だったかは知りませんけどね」
「なるほどね、リロイはやり手なんですか」
「まさか」
リンチさんは吹きだした。
「ここが持ってるのは、裏でやってる賭けポーカーのお蔭ですよ。酒じゃなくてね」
「そうですか」
手帳を閉じてハンドバッグにしまう。
「ご協力ありがとうございました、リンチさん。後程巡査が公式な調書をお持ちするので、それにサインをもらえますか」
「ええ、構いませんよ」
そう言うとバーテンダーは、先ほどからカウンターをしつこくたたき続けている客の方へ歩み去った。