H.L. Noire   作:Marshal. K

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A Walk in Elysian Fields #8

 

 

「おはよ、ポルちゃん」

「おはよ」

 

 朝六時。家から出ると、すでに家の前の路肩に捜査用車と相勤が待っていた。ポルカちゃんが投げてよこした始動(イグニッション)キーを受け取って、運転席に乗り込む。

 

「正直言って、ポルちゃんがこんな時間に起きれたことが、白上にはびっくりなんだけど」

「さすがに自分で電話したことは破らねえよ......」

 

 そう言いはしたけど、キーを捻ってエンジンをかけるポルカちゃんの横顔はひどくやつれて見えた。

 

「さっき、無線を灯すなりKGPLがチャップマンの住所を教えてくれたわ。北キングスリー通り650番地だと」

「じゃ、早く行こう」

「おう」

 

 昨晩ポルカちゃんが電話してきたところによれば、モンローは自分の地位を利用して、退職間近のマッケルティ警部に年金絡みで圧力をかけたらしい。これ以降住宅火災の捜査は、私たちのところには回って来なくなる。つまり、モンローと放火の繋がりを公式な方法で解明できるのは、これが最後のチャンスってことだ。

 そうなる前に実行犯の可能性が高いチャップマンを拘束して、なるたけ早くエリシアンとの繋がりを吐かせなくちゃいけなかった。

 早朝の、通勤ラッシュがそろそろ始まるくらいのサンセット大通り(ブールバード)を、ハドソンの捜査用車は東に驀進して行った。

 

 

 

 

 

「すみません、ハーバート・チャップマンはこちらにお住まいですか?」

「ああ、そうだけど?」

 

 北キングスリー通り650番地には三階建てのアパートメントが建っていて、その前庭を大家さんか管理人さんらしい人が耕しているところだった。

 私たちが声をかけると、彼はそう答えてこっちを振り向いて、怪訝そうな顔をした。獣人女性が白人男性を呼び捨てにしてるんだから、自然な反応ではある。

 ポルカちゃんがさっと警察官(バッジ)を出して言った。

 

ロス市警(LAPD)です。チャップマンは今いますか?」

「いいや、今朝がた出て行ったばっかりさ。その音で起こされてね」

「どこに行ったか、ご存知ですか?」

 

 大家さんは鍬を置くと、大きな欠伸をしてから答えた。

 

「俺が知りてえよ。何回言っても庭先に自動車を駐めやがって、これじゃ芝生が駄目になっちまうってのに」

「じゃあ、そこのバンは彼のですか?」

「ああ、そうだよ」

 

 庭の芝生の上には、小豆色(マルーン・レッド)の48年式シボレー・スタイルマスター・セダンデリバリーが駐まっていた。ツードアのパネルバンだ。大家さんとまだ何か喋っているポルカちゃんは置いといて、そのシェビーに歩み寄ると、ダメ元でテールゲートのハンドルを引っ張ってみた。

 

「うわっ、開いた......」

 

 不用心なことに無施錠だったテールゲートが開くと、私は思わずため息を吐いてしまった。今の私たちには助かるけども、警察官としては複雑な気分だ。

 バンの中には段ボール箱が山積みになっている。

 

「この箱の中身は......チラシか」

 

 試しに一つを開けてみると、その中にはエリシアン・フィールズ不動産開発(デベロップメント)の懸賞チラシがパンパンに入っていた。これを配るのが仕事なんだから、当然と言えばそうだ。

 

「この箱全部チラシなんかな......あ、これ軽い」

 

 奥の方を見るためにどけようとした箱の一つが、他の物よりもずっと軽かった。それを手許に引っ張り寄せる。

 配達済みで空っぽか、空に近いって可能性もあったけど、動かしたときに中から金属製のものがぶつかる音がかすかに聞こえた気がしたんだ。

 

「......これがチャップマンの道具箱か。おーい、ポルちゃーん!」

 

 大家さんとの話を切り上げて、ポルカちゃんがこっちにやってきた。場所を譲って、箱の中身を見てもらう。

 

「こりゃすげえ。ビラ配りとは関係なさそうな工具箱に、蚊取り線香(モスキート・コイル)の箱に、インスタヒートの自動調圧弁(レギュレーター・バルブ)まである。練習用か?」

「たぶん」

 

 このバンの中身だけで、チャップマンを10年は州立刑務所(サン・クエンティン)にぶち込めそうだった。サンドラー地方検事にかかれば楽勝だろう。

 

「それに......こんなあぶねえものも」

 

 ポルカちゃんは工具箱を掻きまわして、その中から紙製の箱を取り出した。それは私にとっては馴染み深い、よく見る箱だった。

 

「それって......45口径自動コルト拳銃(.45ACP)弾の箱?」

「正解」

 

 私とミオが使ってる拳銃、M1911陸軍制式拳銃(コルト・アーミー)が使う弾丸だ。だから銃のお手入れや予備弾倉の準備の時に、この紙箱はほとんど毎日のように目にしている。

 

「中身は半分くらいしか残ってねえな」

「どっかで射撃練習をして使ったのかもしれないけど......」

「一応、全部持ってるものとして考えたほうがいいな。銃と一緒に」

 

 そう言いながらポルカちゃんは辺りを見回していたけど、ふとキングスリー通りの突き当り、メルローズ通りとの交差点に目を止めた。

 

「ポルちゃん、どした?」

「いや、なんでもない......あそこの洗濯屋に、前に捜査で行ったことがあって」

「洗濯屋さん?......ああ、スーペリアー・ランドリー」

 

 ちょうど交差点のところに、見覚えのある大きなネオン看板が出ていた。スーペリアー・ランドリー・メルローズ。

 

「白上たちもスーペリアー・ランドリーに捜査で行ったことがあるよ。一番街のお店だったけど......あ」

「あ」

 

 そのお店を眺めていると、ガラス扉を開けてオレンジの厚手のウールジャケット(ランバー・ジャケット)に身を包んだ男が出てきた。遠目に見てもチャップマンだとわかったし、それは向こうも同じみたいだった。

 

「ポルちゃん、捜査用車に!」

「わかってる!」

 

 チャップマンはこっちと目が合うなり、ジャケットの下に手を突っ込みながら路面電車――ちょうどメルローズ線の東行電車がキングスリー通り電停で停まってたんだ――に駆けこんで行った。ここからじゃ全力疾走したって間に合わない。

 あっけにとられる大家さんの前で捜査用車に乗り込んで、始動(イグニッション)キーを捻ってエンジンをかける。タイヤをいくらか空転させて急発進すると、路面電車も車輪から火花をまき散らしながら信号を無視して発車した。

 電停の路上には、腰を抜かしたらしい制服姿の運転士がへたりこんでいる。ということは。

 

「3キング11からKGPL」

 

 ポルカちゃんがサイレンと赤色投光器(スポットライト)を作動させると、送話器を取って報告を始めた。

 

「3キング11、どうぞ(ゴー・アヘッド)

「3K11、451被疑者を追跡中、応援を要請します。被疑者は現在、パシフィック電鉄(エレクトリック)1110号車を強奪し、メルローズとキングスリーの角から東に向かってこれを運転して逃走中」

「3K11了解。KGPLから各局、警察官から応援要請。場所、キングスリーより東のメルローズ通り。被疑者は現在、パシフィック電鉄(エレクトリック)1110号車を強奪し、東に向かって逃走中。傍受各局にあっては、被疑者の運転する電車による受傷事故等防止に十分注意されたい。148事案、急行できる局、どうぞ(アイデンティファイ)

「ああ、くそっ」

 

 送話器を握ったまま、ポルカちゃんがうめくように言った。

 路面電車は信号待ちの車列に、後ろから突進して行った。追突された自動車たちが玉突き事故を起こして、対向車と衝突したり、歩道に突っ込んで歩行者を撥ね飛ばしたり、交差点でひっくり返って亀の子状態になったりした。そうして障害を押しのけた電車は、速度を落としつつもメルローズ通りを進んで行く。

 撥ねられたり轢かれたりした歩行者たちの悲鳴を聞きながら、ポルカちゃんが再度送話スイッチを押して喋りはじめた。

 

「3キング11からKGPL宛て、先通報の148事案被疑車両による多重事故発生。現場はメルローズとアードモアの角、メルローズとアードモアの角。被疑車両は依然走行中。なお、本事故により複数の負傷者が出た模様。救急車を派遣願いたい。並びにメルローズ通りでの同様の事故発生に備えられたい。以上3K11」

 

 ポルカちゃんがしゃべってる間に、路面電車はマリポーザとの角でも、軌道敷で信号待ちをしていたシボレーを弾き飛ばして交差点を突破した。その後のアレクサンドリア、ケンモア、ヘリオトロープ、ベレンドとの角でも、同じように自動車を弾き飛ばして着々と怪我人を増やしていく。

 ポツポツと降り始めた雨の中で、路面電車は脱線しそうな甲高い音を立ててバーモント通りに曲がると、道路を封鎖していたパトカーを弾き飛ばして南に向かった。

 

「フブちゃん、運転席の横につけて!」

「ええ!?」

「いいから早く!」

 

 バーモント通りは交通封鎖が敷かれていて、通勤ラッシュで混雑したメルローズ通りとは打って変わってがら空きだった。向こうもそれに気づいて路面電車は一気に加速して行く。ハドソンも轟然とエンジン音を響かせて食らいつき、横に並んだ。運転席がゆっくりと近づいてくる。

 あたしはレギュレーターハンドルを廻して助手席の窓を開けた。電車の窓越しに、運転台にかじりついたチャップマンが目に入る。その背中に、手提げ鞄(ハンドバッグ)から抜いた38口径警察標準輪胴拳銃(ポリス・スペシャル)の照準を合わせた。

 正直言って、あたしは銃の腕に自信はない。急所を外すなんて器用な撃ち方はできっこない。それでも、このままチャップマンと電車をダウンタウンに突っ込ませるわけにはいかなかった。どんな被害が出るか、想像したくもない。

 

「ポルカ、どうするつもりなの!? チャップマンを撃っても電車は......」

「黙ってて!」

 

 説明したいとこだけど、集中を乱されたくなかった。あたしは獅白やフブちゃんみたいに、片手間で狙撃できるほど器用じゃないんだ。

 それでもなんとかフブちゃんが、捜査用車の速度を電車に合わせてくれた。あとは偏差を考慮するだけでいい。

 

「......当たれえええぇぇぇ!」

 

 銃声が響いて、路面電車の窓が砕け散った。

 

 

 

 

 

「正直、かなりビビったよ。ポルちゃんがチャップマンを撃とうとしたときはさ」

 

 封鎖されたバーモント通りの、クリントンとミドルベリーの間で、担架に載せられて検屍局の寝台自動車に運ばれていくチャップマンを眺めながら、フブちゃんがそう言った。

 現場はバリケードで囲われていて、パシフィック電鉄(エレクトリック)1110号車の周りにハドソンの捜査用車やフォードのパトカーや、ビュイックの救急車が駐まっていた。

 皮肉なことに、チャップマンのシボレーと同型だった寝台自動車は、彼の死体を乗せると一路公衆霊安室(モルグ)へと走り去っていった。

 

「止め方がわかってるなら、そう言ってくれればよかったのに」

「悪りい悪りい、その暇が惜しくってさ」

 

 あたしが撃った弾はチャップマンの左肩に飛び込んで、あいつを運転席の床に倒れ込ませた。チャップマンの左手が離れたノッチ・ハンドルは跳ね上がって、路面電車は非常ブレーキがかかって停車したんだ。

 

「それにしてもポルちゃんよく知ってたね、安全装置のこと」

「市警に入る前、ちょっとだけロサンゼルス電鉄(ラリー)に勤めてたからな」

 

 主な仕事はダウンタウンのサブウェイ・ターミナルでの入換作業だったけど、その時の経験のお蔭で真っ先にデッドマンズ・スイッチのことを閃いたんだ。急病の場合とかに備えて、運転士がノッチ・ハンドルから手を離すと非常ブレーキがかかる仕組みになってるんだ。

 

「いい働きだったぞ、お嬢さん方」

 

 巡査がずらした現場保存バリケードを通り抜けて、そう言いながらマッケルティ警部が歩み寄ってきた。

 

「課長」

「お前たちが我が身を顧みずこの電車を止めたことで、多くの命が救われたのは間違いない。これの乗客たちも、ダウンタウンの通勤者たちもな。称賛に値する度胸だよ、全く」

 

 雨が降りやむ様子の無い空を仰いで、警部は続けた。

 

「あの小狡い、ろくでなし野郎のチャップマンもこれでお払い箱だ。おかげでお前らがあのリーランド・モンローを疑ってかかっていたことも、まるで気にならん! 全く、次はリチャード・ニクソンが犯罪者だとか言い出すんじゃあるまいな?」

 

 マッケルティ警部は自分の冗談でげらげら笑うと、救急車のそばに固まっている乗客たちの方へ歩いて行った。

 

A Walk in Elysian Fields -Case Closed-

 

 

 

 

 

 

「なあ、フブちゃん」

「なに?」

 

 警部が去っていくと、ポルカちゃんが側にやって来て小声で言った。

 

「その、すまんかった。チャップマンが死んじまって、モンローは逃げおおせることになっちまったし......」

「いいって。ポルちゃんだって、殺そうと思って撃ったわけじゃないんでしょ?」

「うん......」

 

 ポルカちゃんの撃った弾が当たったのは、肩だった。

 それだけなら、適切に処置すればチャップマンは生きていただろう。でもチャップマンを傷つけたのはそれだけじゃなくて、飛散した窓ガラスの破片もあった。大きな破片の一つが、チャップマンの喉を切り裂いたんだ。

 救急車が到着したときには、チャップマンはもう死んでいた。

 

「あれはどうしようもないよ。白上が撃っても、たとえぼたんちゃんだったとしても、あんな偶然は起こり得るんだからね」

「そう......だな」

「それにね......正直白上は釈然としないんだ。チャップマンには何て言うか......独自の美学って言うの? なんかそんな感じの価値観があったと思うんだよ。火事が何かしらの形でエリシアンの得になってたのは確かだけど......これはもっと、個人的なことのような気がするんだ」

「つまり、チャップマンはポルカたちが追ってた放火犯じゃねえってことか?」

「うん......そう思う」

「正直言って、あたしもそう思う」

 

 雨の中。ポルカちゃんは真っ直ぐな視線をこちらに向けながら続けた。

 

「だから悪りいんだけど......フブちゃんはこれから先、一人で捜査を続けてくれる?」

 

 

 

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