H.L. Noire   作:Marshal. K

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House of Sticks

 

 

「ふーっ......よし」

 

 大きく深呼吸して、あたしは目をあげた。

 朝の官庁街(シビックセンター)。目の前にそびえ立つのは、郡裁判所庁舎(ホール・オブ・ジャスティス)。通勤者や朝一の外来者たちの流れに乗って、あたしは玄関ホール(ホワイエ)に足を踏み入れた。

 昇降機(エレベーター)ホールに向かう波から外れて案内(インクワイアリーズ)デスクへ歩を進めると、制服姿の廷吏(コート・マーシャル)が眠たいと胡散臭いの中間の視線を投げてきた。

 

「何か御用ですか」

地方検事局(LADA)の不知火捜査官に会いたいんだけど」

 

 言いながら、あたしはポケットから名刺をひっぱりだした。ずっとポケットに入れてたせいで、厚紙の名刺はすっかりヨレヨレになっていて、廷吏は目つきをもっと胡散臭そうにしながら眺めていた。けど、名刺の裏に捜査官の自署があるのを見つけると、目を上げてあたしに訊いた。

 

「お名前は?」

「尾丸ポルカ」

「少々お待ちください」

 

 廷吏が内線電話をかける間、あたしは落ち着かない気分で背後の案内板を眺めていた。

 あの名刺をもらったのは、もう一月近く前のことだ。捜査官はまだ、あたしのことを待っててくれてるだろうか。それとも......他の誰かを見つけちゃってるだろうか。

 

 

 

 

 

 ガタガタ揺れる業務用昇降機(サービス・エレベーター)で5階まで上がる間も、あたしはずっと不安にさいなまれていた。

 廷吏は電話を切るなり、用向きも訊かずにあたしを通してくれたけど、ひょっとしたら捜査官が直に会って「ごめんね、もう別の人を雇っちゃったんだ」って言うためかもしれない。なんて、益体もない予想をしているうちに、(ケージ)がひときわ大きく揺れて5階に到着した。

 

昇降機(エレベーター)を降りてすぐ右。そこだな......」

 

 あたしはそのドアの前に立った。ドアの掲示は"男性用(GENTLEMEN)"だ。

 

「......ここ、もしかしなくてもトイレでは?」

「おーい、何やってんのー?」

「うひぇっ!」

 

 昇降機(エレベーター)を挟んで反対側のドアが開いていて、そこから突き出された首があたしに向かってしゃべりかけていた。いつか見たレギュラー・コーヒー色の肌に金色の髪の毛、燃えるような赤い瞳。不知火捜査官本人で間違いない。

 

「あ、いや、何でもないです! 何でも!」

 

 そう言って捜査官のオフィスの方に向かいながら、あたしはこっそり両手をにぎにぎした。えーっと、右手は......こっち。ってことは、あたしはいま左に曲がったらしい。やっちゃった。

 狭苦しい捜査官のオフィスに入ると、勧められた客用椅子にお尻が着くか着かないかのタイミングで、あたしは切り出した。

 

 

「あの、前に言ってた捜査官補の話なんですけど......まだ空いてますか?」

 

 捜査官は一瞬キョトンとした顔を見せて、

 

「ぷふっ」

「え?」

「あっはっはっはっは!」

 

 急に笑い出した。

 

「ちょっ、えっ、なんですか」

「あっはっは、何でそんなに自信なさげなの!」

 

 ひーひー息を吐いて、捜査官は涙を拭いながら続けた。

 

「大丈夫、まだ空いてるよ。というか、ずっと待ってたんだから」

「待ってた......?」

「そうだよ。あたしだって、手当たり次第に声をかけて回ってたわけじゃないんだからね。色んな人から話を聴いて回って、ポルカなら――時間がかかっても――来てくれそうだなって思ったから声をかけたんだよ」

「そう......だったんですか」

 

 あたしはどうやら、杞憂をしていたらしい。

 

「そういうわけだから。改めて、これからよろしくね、ポルカ」

 

 そう言って捜査官は、抽斗から取り出したものをデスクの上に置いた。六芒星型の捜査官(バッジ)だ。

 

「銃は?」

「返してきました。支給品だったんで」

「じゃ、これも貸したげる」

 

 バッジに並んで、ごっつい拳銃がごとりと音を立てて置かれた。

 

「9mmパラベラム弾は持ってないよね?」

「38口径しか」

「じゃあこれもセットで」

 

 パラベラム弾50発入りの紙箱が追加されたところで、捜査官は椅子から立ち上がった。

 

「次はポルカのデスクね」

「え、あたしのデスクとかあるんですか?」

「当然でしょ!」

 

 腕を引っ張られて立たされながら、あたしは素っ頓狂な、いかにも間抜けそうな声で質問してしまった。

 

「どこで書類仕事すると思ってんの。流石にあたしの部屋は、二人も入る余裕無いよ」

 

 こうして午前中いっぱいは、どことなく嬉しそうというか、ウキウキした感じの捜査官に庁内を引っ張りまわされて過ぎ去った。

 

 

 

 

 

「なるほどね......これはクサいな」

 

 午後になって、あたしはフレア――そう呼ぶように望まれた――の46年式デソート・デラックスのハンドルを握っていた。自動車の持ち主は助手席で、あたしが市警から持ち出した捜査資料を読み込んでいる。

 

「年200ドルの保険料で二万ドルの支払いだって? 損害調査員はまともに仕事したのかな、これ」

 

 厳密には、持ち出したのはあたしじゃなくてミオしゃだ。知能犯課で埃をかぶってた資料がフブちゃん、あたしの手を経て、いまは検察捜査官の手の内にある。

 

「それに、こないだ焼けた住宅街にも、この会社が保険をかけてるんだよね?」

「ええ。モンローが自分でそう言ってました......言ってた」

 

 助手席からの寂しそうな視線を受けて、敬語を抜いて言い換える。

 本人からのお願いとはいえ、慣れないな、これ。二百歳越えだって聞いた今じゃ特に。

 

「でも、どうやら欠陥住宅みたいだったんだね?」

「うん。ポルカは専門家じゃないから、断定はできないけど......」

「それでも糸口の一つではあるよ。カリフォルニア火災生命は西海岸随一の損保会社だからね。そこの損害調査部門がこんな手抜きをしてるんなら、何か裏があるって疑ってかかるべきだと思うよ......ところで、この事件はなんで迷宮入り(コールド・ケース)になってたの?」

「詳しくは聞いてないんだけど......担当の刑事が"大人しく受け取った方がいい"とか説諭して、それで打ち切りだって」

 

 フブちゃんからの又聞きだ。それでも、いかにもあり得ることだとは思う。

 

「その刑事がグルじゃなかったとしても、なにかしら厄介な陰謀の臭いを嗅ぎつけたんだと思う。大人しく受け取った方が、その彼なり彼女なりは、安全に二万ドル丸儲けなわけだし......着いたよ」

 

 あたしは方向指示器を操作して小豆色(マルーン・レッド)のデソートを、六階建てビルの前の路肩に停めた。カリフォルニア火災生命保険会社のロサンゼルス支社ビルだ。

 

「じゃ、いっちょ乗り込みますか」

 

 フレアはそう言って、捜査資料でぱんぱんの鞄を持って歩道へと降りていった。

 

 

 

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