H.L. Noire   作:Marshal. K

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House of Sticks #3

 

 

「交換台です。お困りですか?」

「警察......じゃない、地方検事局(LADA)です。ハリウッド警察署に繋いでください」

「少々お待ちください」

 

 交換手電話機のダイアル音を聞きながら、あたしは公衆電話ブースから玄関ホール(ホワイエ)の方を眺めた。昼過ぎのカリフォルニア火災生命のロビーは、意外にもほぼ途切れずに人の行き来があった。

 こんなに大勢の人が一体何の用で保険会社に来るのか、あたしにはさっぱり見当がつかなかった。支払額に不満があるとかだろうか。

 

「......ロス市警(LAPD)ハリウッド署です」

「尾丸捜査官補、地方検事局(LADA)識別番号(バッジ・ナンバー)134。保安係の雪花巡査に繋いでくれ」

「少し待て」

 

 レイシー巡査部長の声だった。最後に会ってから二か月も経ってないのに、妙に懐かしく感じた。

 

「......はい、もしもし?」

「よっす、ラミィ」

「あ、おまるん。どしたの」

「ちょっと頼み事したいんだけど。保安係って、モグリの探偵の記録を保管してたよな?」

「うん、確かあったはず」

「よし。そっから探して欲しいやつがいるんだ。白人女性、金髪碧眼、身長5フィート(150センチ)前後のやつだ」

 

 これは賭けだ。普通に退職したんなら、もともと持ってる探偵の免許で開業できるから、モグリの記録に載ってる可能性は低い。でも何かしらトラブルがあったなら、身分を偽ってモグリの探偵をやってる可能性があるって踏んだんだ。

 もちろん、もう市外に逃げてしまってる可能性も充分あるけど。

 受話器の向こうのラミィは、あたしが言った要件をメモする間黙ってから続けた。

 

「名前は?」

「それが知りてえんだよ。あと住所も」

「あのね、おまるん」

 

 深々と溜め息を吐いて、ラミィは言った。

 

「それがすっごく大変な作業だって、わかって言ってる?」

「わかってる。とにかくやってみてくれ」

「はーぁ......そこの電話番号は?」

「えーっと」

 

 ダイアル板に書かれた、公衆電話の番号を読み上げる。

 

MI(ミシガン)局の221番だ」

「20分くらいで折り返すから」

 

 

 

 

 

「こんにちは、ベンソン副社長ですね?」

 

 カリフォルニア火災生命ロサンゼルス支社ビルの6階。表通りに面した一番広い執務室に入ると、あたしはパッティングの練習をしていた男に声をかけた。

 

「不知火捜査官、地方検事局(LADA)です」

「支社長のカーチス・ベンソンだ」

 

 男はあたしの方を振り向いてそう言った。濃紺の背広姿、精悍な顔立ち、髪の毛は白髪交じりで、所謂ロマンス・グレーって感じだ。

 ただ、その目つきには疑り深い、こちらを身構えさせるような不快さがあった。

 

「ご協力いただけるとのことで」

「ちょうど今、新しいパターを試していたところでね。つまり手が空いてるんだ」

 

 応接セットはパッティングのために脇に押しやられていたから――あるいはそのためにわざと押しやったのか――、ベンソンはあたしを来客用椅子に誘った。そうして自分はデスクの向こうの権力の座へと着く。

 

「こちらをご覧いただきたいんですけど」

 

 リーにも見せた保険金支払い明細書を、デスク越しにベンソンに渡した。

 

「ふむ、当社の明細書だな。これが何か?」

「どれもとんでもない保険です。年間高々100ドルか200ドルの保険料で、二万も三万も受け取れるようになってる。この一件なんか、事故なら倍額払いなんて映画みたいな条項が付いてます」

 

 ベンソンがデスクの上に残していた一枚を、指で叩いて続ける。

 

「よっぽど儲かってるんですかね、ベンソン副社長? こんな贅沢な保険を、一介の個人に売るような余裕があるんですか?」

「個人に売っていたわけではない。その保険はエリシアン・フィールズ不動産開発(デベロップメント)が、その従業員にかけていた保険だからな。保険料の大部分は会社負担なんだ」

「それにしたって、従業員負担の割合が少なすぎませんか?」

「さあ、我々としては保険料が払われるなら、それ以上求めるものはないからね。リーランド・モンロー社長が何を思ってこの保険を契約したにせよ、それは当社の知り得るところではないな」

「そうですか」

 

 もうちょっと押してみようか、とも考えたけれど、一応この反論も筋は通っている。もちろん、相手が一介の保険外交員じゃなくて会社の重役であることを考えれば、結構不自然な発言ではあるけれど、不審って言うほどじゃない。

 考えあぐねて、結局あたしは話題を変えることにした。

 

「その保険を担当した調査員について聴かせてください。リーさんには先ほど話を伺ったので、ケルソーさんのことを」

「ジャックのことか? 彼はなかなかいいやつだったよ。損害調査員として優秀だったし、ちょっと付き合い辛い節はあったが、人間もできていたしな」

「ふむふむ」

「かつての戦友だって男が訪ねてきた時もあったよ。軍隊にいた頃は慕われていたんだろうな、納得だが」

「なるほど。ところで、どうしてケルソーさんは転勤になったんですか?」

 

 一瞬だけど、ベンソンの眉がピクリと動いた。

 

「どうしてもなにも、優秀だからさ。サン・フランシスコの支社は筆頭支社だからね。栄転ってやつだよ」

 

 そうは思ってなさそうな顔と声だったけど、リーの話と一致してはいる。

 

「わかりました。では、ワトソンさんはどうですか?」

「アメリアかね。彼女も優秀だった、ティムの前の上席だったわけだからな。少々突飛なところもあったが......」

雇い止め(レイ・オフ)になったらしい、とリーさんからは聴きましたけど」

「いやあ、向こうが来なくなったんだよ、ある日突然ね。珍しい事じゃない」

 

 あたしが視線を向けると、ベンソンは手をぶんぶん振って続けた。

 

「保険や証券の業界だとね、優秀な人材の首狩りは熾烈なんだ。より良い待遇で他社にスカウトされた人材が、引き留めを避けるために退職届だけ残して来なくなるのは、この業界じゃよくある話なんだよ」

「では、ワトソンさんが今どこにいるのか、心当たりはありませんか?」

「さあね、見当もつかないな。よその損保会社か、証券会社か、あるいは与信調査会社(レーティング・エージェンシー)とか興信所とか?」

「......そうですか。ご協力ありがとうございました、ベンソン副社長」

 

 

 

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