「お、フレア」
「例のアメリアって調査員なんだけど、市警の知り合いに電話して調べてもらったんだ」
「それで?」
「市内にそれらしいやつはいなかった」
さっきキーズと名乗ってた受付係の視線を感じながら、
「たぶん、もう街から出て行っちまったんじゃねえかな」
「そりゃあ残念。次はどうするかな......」
建物から出て路肩に駐めてあったデソート・デラックスに乗り込む。ポルカはエンジンをかけ、自動車をバーモント通りの交通に乗せると続けた。
「......って言うのは方便で、それらしいやつがモグリの探偵の名簿から見つかったぞ」
「やるじゃん、ポルカ。気が利く部下で助かるよ」
「あの受付係、どうも気味が悪かったからな」
人差し指でハンドルをこつこつ叩きながら、ポルカは続けた。
「とにかく、そいつの名前は名簿上、リンディ・ウィルソンってなってた」
「リンディ? なるほど、アメリア違いってわけか」
「たぶんな」
女性で初めて大西洋横断飛行を成し遂げたアメリア・イアハートは、先人であるチャールズ・リンドバーグにちなんでミス・リンディの愛称で呼ばれていた。
「じゃあ、もう一人のミス・リンディに会いに行こうか」
ポルカはウィルシェア
「えーっと、ここの4号室らしいんだけど......」
「何の掲示も出てないね」
4号室の
「弁護士と保釈保証人か。ポルカ、この辺りってどこのギャングのシマ?」
「ん? えー、そうだな......たぶん7番街ギャングだな。
「たぶん、そいつらが顧客だよ」
玄関をくぐって階段に向かいながら、あたしはポルカに続けた。
「ギャングの誰かしらが捕まったら、ここの弁護士が駆けつけて、保釈保証人が金を用立てる。探偵は弁護士の下働きと、
「なーるほど」
三階に登ると、一番奥の部屋に向かった。
「......ここだね、4号室」
郵便受けと同じで何の掲示もないドアを、あたしはノックした。
「......お留守かな?」
「いや、誰かいる」
ポルカが、厳しい目をドアの向こうに注ぎながら言った。あたしよりも耳がいいポルカが言うんだから、たぶん間違いないだろう。
もう一度ドアをノックして、今度は声もかけた。
「すみませーん。探偵のリンディ・ウィルソンさんはいらっしゃいますか」
ようやくドアの向こうから、人の足音が聞こえてきた。コツン、コツン、と何かが床を打つ音が同時に聞こえる。
「杖をついてる?」
「片足も引きずってるな」
ポルカに小声で確認すると、補足情報も教えてくれた。
まもなく、ドアがゆっくり引き開けられた。
「どちら様かな?」
体の半分をドアに隠してはいるけれど、目の前にいる女性はリーが言った通りの見た目だった。白人で、金髪碧眼で、身長はポルカよりも若干低めでまさに5フィートちょうどくらいだ。白いブラウスに赤いリボンタイを締めていて、焦げ茶色のスカートを穿いている。
ただ、その口から出てきた言葉はイギリス訛りだった。リーは、この特徴的な訛りには言及してなかった。
「あたしは不知火です。不知火フレア。こっちは友人の尾丸ポルカ。あなたに依頼したいことがあって来たんですけど」
「......どうぞ」
ウィルソンさん――とりあえず、そう呼ぼう――は後ろに引くと、あたしたちを室内に通した。
「そこの応接セットへ。申し訳ないが茶葉を切らしていてね、大したおもてなしはできないが......」
「お構いなく」
油布がぼろぼろに破れたソファに腰を落ち着けるまで、ウィルソンさんは離れたところからあたしたちを見ていたけれど、やがて左足を引きずりながらやってきて対面のソファに座った。
「それで、依頼というのはどんなものかな?」
「こちらを読んでもらえますか」
あたしは事件ファイルから、支払い明細書のコピーをコーヒー・テーブルの上に滑らせた。もちろん、アメリア・ワトソンが調査を担当した分だ。
明細書を取り上げた時、ウィルソンさんの眉がほんの一瞬だけ上がったのを、あたしは見逃さなかった。
「なになに......生命保険金の支払い明細書か」
呟くように言って、明細書を読んでいる。
いや違う、読んでいるふりをしてるだけだ。正面を見据えたまま動かない右目は義眼らしいけど、左目も初見の文章を読むにしては動きが早すぎる。
「ふうん......なかなか贅沢な保険だね。年額150ドルの保険料で一万五千の支払い、しかも事故なら倍額払いか。で、この保険がなにか?」
「この保険の労災事故について、再調査を依頼したいんですけど」
「なら保険会社にそう言いたまえ。私の専門分野ではないのでね」
「そうですか。では代わりに人捜しをお願いできますか。その保険の損害調査を担当していた、アメリア・ワトソンっていう損害調査員が失踪してるんです」
「ほう」
探偵の反応は淡泊だった。
「彼女を探し出せますか?」
「さてね。いつ失踪したのかにもよるが、どこかで野垂れ死んだか、さもなくばもう、市内にはいないのではないかな」
「なるほどね。じゃあ、ポルカたちが自分で捜すことにしますよ」
ポルカがそう言って、ソファから立ち上がった。わかりやすく身構えたウィルソンさんを尻目に、彼女の物らしいデスクに向かうと、散らかった机上からペンを一本取り上げた。
「まず手始めにこいつを失敬して、警察署に持ち込みます。ポルカは市警にちょっとした伝手がありましてね、それを使ってこのペンに付いてる指紋を、運転免許台帳に載ってるアメリア・ワトソンの登録指紋と照合してみましょうか」
ウィルソンさんは何も言わない。ポルカを睨みつけていたけど、その左目はちょっとだけ揺れていた。
「アメリア・ワトソンさんは、そんな形で注意を引きたくはないんじゃありません?」
「......検察捜査官っていうのは、ずいぶん乱暴なのね」
まるでスイッチを切り替えたように、その声からイギリス訛りがかき消えた。
ぎょっとしてペンを取り落としたポルカにくすりと笑うと、リンディ・ウィルソン――もとい、アメリア・ワトソンはあたしの方に向き直って、しっかりした声で言った。
「アメリア・ワトソンです。初めまして、"エルフの姫君"さん?」