H.L. Noire   作:Marshal. K

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House of Sticks #4

 

 

「お、フレア」

 

 昇降機(エレベーター)を降りると、公衆電話コーナーにいたポルカが手を振ってきた。そっちに合流して、正面玄関のほうに歩いて行く。

 

「例のアメリアって調査員なんだけど、市警の知り合いに電話して調べてもらったんだ」

「それで?」

「市内にそれらしいやつはいなかった」

 

 さっきキーズと名乗ってた受付係の視線を感じながら、玄関ホール(ホワイエ)を出口のほうに歩いて行く。

 

「たぶん、もう街から出て行っちまったんじゃねえかな」

「そりゃあ残念。次はどうするかな......」

 

 建物から出て路肩に駐めてあったデソート・デラックスに乗り込む。ポルカはエンジンをかけ、自動車をバーモント通りの交通に乗せると続けた。

 

「......って言うのは方便で、それらしいやつがモグリの探偵の名簿から見つかったぞ」

「やるじゃん、ポルカ。気が利く部下で助かるよ」

「あの受付係、どうも気味が悪かったからな」

 

 人差し指でハンドルをこつこつ叩きながら、ポルカは続けた。

 

「とにかく、そいつの名前は名簿上、リンディ・ウィルソンってなってた」

「リンディ? なるほど、アメリア違いってわけか」

「たぶんな」

 

 女性で初めて大西洋横断飛行を成し遂げたアメリア・イアハートは、先人であるチャールズ・リンドバーグにちなんでミス・リンディの愛称で呼ばれていた。

 

「じゃあ、もう一人のミス・リンディに会いに行こうか」

 

 

 

 

 

 ポルカはウィルシェア大通り(ブールバード)沿いの、三階建て雑居ビルの前にあたしのデソートを駐めた。二人で歩道に降り立って、玄関脇の郵便受け(ポスト)を眺めた。

 

「えーっと、ここの4号室らしいんだけど......」

「何の掲示も出てないね」

 

 4号室の郵便受け(ポスト)には何の掲示もなかった。1号室には弁護士事務所、2号室には保釈保証人事務所が入居していて、3号室にはL. パターソンと名前だけ書かれている。

 

「弁護士と保釈保証人か。ポルカ、この辺りってどこのギャングのシマ?」

「ん? えー、そうだな......たぶん7番街ギャングだな。メキシコ系の連中(パチューコ・パンクス)だ」

「たぶん、そいつらが顧客だよ」

 

 玄関をくぐって階段に向かいながら、あたしはポルカに続けた。

 

「ギャングの誰かしらが捕まったら、ここの弁護士が駆けつけて、保釈保証人が金を用立てる。探偵は弁護士の下働きと、逃亡保釈人(パロール・ジャンパー)の回収要員を兼ねてるんじゃないかな」

「なーるほど」

 

 三階に登ると、一番奥の部屋に向かった。

 

「......ここだね、4号室」

 

 郵便受けと同じで何の掲示もないドアを、あたしはノックした。

 

「......お留守かな?」

「いや、誰かいる」

 

 ポルカが、厳しい目をドアの向こうに注ぎながら言った。あたしよりも耳がいいポルカが言うんだから、たぶん間違いないだろう。

 もう一度ドアをノックして、今度は声もかけた。

 

「すみませーん。探偵のリンディ・ウィルソンさんはいらっしゃいますか」

 

 ようやくドアの向こうから、人の足音が聞こえてきた。コツン、コツン、と何かが床を打つ音が同時に聞こえる。

 

「杖をついてる?」

「片足も引きずってるな」

 

 ポルカに小声で確認すると、補足情報も教えてくれた。

 まもなく、ドアがゆっくり引き開けられた。

 

「どちら様かな?」

 

 体の半分をドアに隠してはいるけれど、目の前にいる女性はリーが言った通りの見た目だった。白人で、金髪碧眼で、身長はポルカよりも若干低めでまさに5フィートちょうどくらいだ。白いブラウスに赤いリボンタイを締めていて、焦げ茶色のスカートを穿いている。

 ただ、その口から出てきた言葉はイギリス訛りだった。リーは、この特徴的な訛りには言及してなかった。

 

「あたしは不知火です。不知火フレア。こっちは友人の尾丸ポルカ。あなたに依頼したいことがあって来たんですけど」

「......どうぞ」

 

 ウィルソンさん――とりあえず、そう呼ぼう――は後ろに引くと、あたしたちを室内に通した。

 

「そこの応接セットへ。申し訳ないが茶葉を切らしていてね、大したおもてなしはできないが......」

「お構いなく」

 

 油布がぼろぼろに破れたソファに腰を落ち着けるまで、ウィルソンさんは離れたところからあたしたちを見ていたけれど、やがて左足を引きずりながらやってきて対面のソファに座った。

 

「それで、依頼というのはどんなものかな?」

「こちらを読んでもらえますか」

 

 あたしは事件ファイルから、支払い明細書のコピーをコーヒー・テーブルの上に滑らせた。もちろん、アメリア・ワトソンが調査を担当した分だ。

 明細書を取り上げた時、ウィルソンさんの眉がほんの一瞬だけ上がったのを、あたしは見逃さなかった。

 

「なになに......生命保険金の支払い明細書か」

 

 呟くように言って、明細書を読んでいる。

 いや違う、読んでいるふりをしてるだけだ。正面を見据えたまま動かない右目は義眼らしいけど、左目も初見の文章を読むにしては動きが早すぎる。

 

「ふうん......なかなか贅沢な保険だね。年額150ドルの保険料で一万五千の支払い、しかも事故なら倍額払いか。で、この保険がなにか?」

「この保険の労災事故について、再調査を依頼したいんですけど」

「なら保険会社にそう言いたまえ。私の専門分野ではないのでね」

「そうですか。では代わりに人捜しをお願いできますか。その保険の損害調査を担当していた、アメリア・ワトソンっていう損害調査員が失踪してるんです」

「ほう」

 

 探偵の反応は淡泊だった。

 

「彼女を探し出せますか?」

「さてね。いつ失踪したのかにもよるが、どこかで野垂れ死んだか、さもなくばもう、市内にはいないのではないかな」

「なるほどね。じゃあ、ポルカたちが自分で捜すことにしますよ」

 

 ポルカがそう言って、ソファから立ち上がった。わかりやすく身構えたウィルソンさんを尻目に、彼女の物らしいデスクに向かうと、散らかった机上からペンを一本取り上げた。

 

「まず手始めにこいつを失敬して、警察署に持ち込みます。ポルカは市警にちょっとした伝手がありましてね、それを使ってこのペンに付いてる指紋を、運転免許台帳に載ってるアメリア・ワトソンの登録指紋と照合してみましょうか」

 

 ウィルソンさんは何も言わない。ポルカを睨みつけていたけど、その左目はちょっとだけ揺れていた。

 

「アメリア・ワトソンさんは、そんな形で注意を引きたくはないんじゃありません?」

「......検察捜査官っていうのは、ずいぶん乱暴なのね」

 

 まるでスイッチを切り替えたように、その声からイギリス訛りがかき消えた。

 ぎょっとしてペンを取り落としたポルカにくすりと笑うと、リンディ・ウィルソン――もとい、アメリア・ワトソンはあたしの方に向き直って、しっかりした声で言った。

 

「アメリア・ワトソンです。初めまして、"エルフの姫君"さん?」

 

 

 

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