「お呼びですか、カーチス」
1946年の冬。カリフォルニア火災生命保険会社のロサンゼルス支社。その6階にある社長室に足を踏み入れながら、私はその部屋の主であるカーチス・ベンソン副社長*1に声をかけた。
「やあ、アメリア。ああ、ちょっと訊きたいことがあってね」
手招きを受けて、大きな
「話によると、支払いを一つ止めているそうじゃないか」
「ええ、確かに」
答えながら、私は内心で訝った。最初の頃こそ、支払いを差し止めるたびに副社長に呼ばれていたけれど、上席になってからは一度も呼び出しはなかったのに。
「何か不審な点があったのかな?」
「何かも何も、保険全体が不審です。年額150ドルの保険料で最大三万ドルの給付なんて、私は今まで聞いたことがありません」
「ふむ」
カーチスは、何か考え込むような表情で黙り込んだ。
「外交部に問い合わせて、担当の
「それならその手間を省いてあげよう。あの保険を契約したのは私だからね」
「あなたが......?」
私は困惑した。書類上、あの保険を売ったのは保険外交員の一人ということになっていたからだ。
「ああ。あれはエリシアン・フィールズ
「それは......」
言葉を続けられずに、私は黙り込んだ。まさか会社の経営陣の一人である副社長相手に、「それは会社に損害を与える行為では?」などと訊けるわけがない。
"上席"と枕詞が付いていても、私は一介の
「そんなわけで、あの保険について君が心配すべきことはない。書類手続きに不備があったわけではないんだろ?」
「それは、はい」
「なら、支払いを通すことだ」
「でも......それにしても調査無しで通すには、額が大きすぎます。事故について一通り調査してから......」
どちらかと言えば、カーチスがモンロー社長に良いように使われている可能性を考えての進言だった。でも副社長は、私を遮って怒鳴り声を上げた。
「いいからさっさと支払うんだ、ワトソン! 君の仕事を一から十まで、私にやれと言うのか!?」
「......
「よろしい」
落ち着きを取り戻そうとするように、ベンソン副社長は大きく息を吐いてから続けた。
「下がりたまえ......君は腕っこきだからな、頼りにしているよ、アメリア」
「それはどうも、
先ほどの怒声である疑念が芽生えた私は、最後のお世辞にそっけない返事をして社長室を出た。
そのまま真っすぐ5階にある自分のオフィスに戻ると、内線電話を取り上げた。
「......調査部のワトソンだけど、私の自動車を表に回してくれる?」
事故現場を見に行った私は、その場にいた現場監督に追っ払われてすごすご退散せざるを得なかった。
もちろん、その程度で諦めるようじゃ上席損害調査員は務まらない。昼間に行って追い払われるなら、追い払う人がいない時間帯に行けばいいだけの話だ。
そんなわけで私は、ビバリー
「さてと、どんな事故だったのかしら......」
私は会社を出る前に鑑定部に寄って、土地建物に掛けられていた火災保険のファイルを借り出していた。保険証券や青写真をめくって、
「ふむふむ......屋根が大工の頭の上に崩落した......梁の組み方が悪かったのが原因?......長年の友人が
要約すると、経験豊富な大工が何かの拍子に梁の組み方を誤って、屋根を落として自分を潰してしまった、と言うことらしい。ミスの原因は不明としつつも、大工が
「仮にそうだとしても......モンロー社長はなんでそんな大工に、あんな贅沢な保険を?」
うちの損害鑑定人が気が付くなら、雇用主のモンロー社長――あるいは彼のスタッフ――が気が付かないわけがない。
「それがわかっててあの労災保険を掛けたんならおかしな話だし、その程度の調査も抜きで掛けるには、あの保険は高額過ぎるわよね......」
流石にそこまでの事情は、このファイルには書かれていない。火災保険のファイルだし。
簡潔な鑑定報告書から目をあげると、ファイルを繰って一番表に挟まれている保険証券を見るとはなしに眺めた。
「......え?」
券面に信じられない記載を見つけて、私は口から間抜けな音を出してしまった。信じられなくて同じ項目を何度も見返したけど、印刷された文字は全く変わらない。
「土地の再調達価額900ドルに対して、土地建物の時価評価額が3500ドル? そんなわけ......」
たかだか
「どう高くて見積もっても、二千ドルちょっとがいいとこよね......これもベンソン副社長が用意したのかしら」
なんならこの再調達価額も怪しい。
保険証券によると前の所有者はロサンゼルス市らしいけど、ウィルシェア地区で900ドルもする公有地なんてちょっと想像がつかない。
「市有地だったなら、
幸い、夜までまだまだ時間がある。
私はテーブルに代金を置くと、席を立って店を出た。