H.L. Noire   作:Marshal. K

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House of Sticks #6

 

 

「なに、これ......」

 

 ダウンタウンのロサンゼルス郡公文書館(ホール・オブ・レコード)。その2階にある登記所の閲覧室で、土地登記簿を前に私は頭を抱えていた。

 

「何をどうしたら、公示価格350ドルの土地の再調達価額が900ドルになるっていうの......」

 

 時価総額は10倍まで跳ね上がっているわけだ。あんまりにもあんまりすぎる。

 

「......この保険だけなのかしら?」

 

 イヤな予感が頭をかすめた。これと同じくらい滅茶苦茶な火災保険が、あの住宅地の家全部に適用されているとしたら?

 背筋に走る悪寒を冬の寒さのせいだと言い聞かせながら、私はそのあたり一帯の公示価格をメモしてから閲覧室を出た。

 

 

 

 

 

「カーチス、説明して!」

 

 それから数時間後。私は山のような保険契約ファイルを抱えたまま、カリフォルニア火災生命支社長室のドアを蹴り開けた。驚いている支社長のデスクにファイルをぶちまけて叫ぶ。

 

「このクソ保険の山について、納得のいく説明をして。一体どうして3、400ドル程度の元市有地に復員軍人住宅を建てるだけで、時価総額が10倍になるの。なんでこんな保険を結んだの!」

「アメリア、落ち着いて......」

「外交部で聞いてきたわ。これは全部、あなたがエリシアンと話を着けてから外交部に持ち込んできたって。どうして......」

「いいか、アメリア。よく聴け」

 

 低い、ドスの利いた声でベンソン副社長が私を遮った。

 

「このファイルは私が戻して置く。君はこの部屋を出て、経理部に行って例の支払いを通すんだ。君は、」

 

 私が息を吸ったのを察知して、ベンソンは私を鋭く制して続けた。

 

「ハチの巣に手を突っ込んでるんだぞ。それも特大のスズメバチのだ、私なんか一介の働き蜂にすぎない。これだけ調べたんなら、どこかでベルを鳴らしてしまっているだろう。ここが帰還不能点だぞ」

「カーチス、あなたは......」

 

 私は最後まで言い切れずうなだれて、デスクに両手を突いて身体を支えた。お腹の虚脱感がひどかった。

 

「君は本当に優秀な調査員だ、アメリア。我が社としては、君を失いたくは無いよ」

「......ありがとうございます、ベンソン副社長(ミスター・ベンソン)

 

 この時の私の目はかなり据わっていたと思う。それでも構わずベンソンを睨みながら、私は続けた。

 

「支払いは通しておきます、ご心配なく」

 

 社長室を出て昇降機(エレベーター)ホールに向かう。経理部は2階だ。

 

「これでどれくらい時間を稼げるかしら......」

 

 これが会社全体を巻き込んだ陰謀の可能性は低い。

 聞いた話によると、ベンソンは経営陣の中枢から追い出される形でロサンゼルス支社に流されてきたらしい。それならサクラメントの本社監査部は、この話に食いつくはずだ。

 

「どっちにしても、もっと確かなものが必要ね。その為の時間は、どれくらい残ってるかしら......」

 

 (ケージ)に乗り込んで、2階のボタンを押し、運転ハンドルを廻してドアを閉める。

 下へ降りていく間、私は地獄の底へ下りていくような気分だった。

 

 

 

 

 

 夜もすっかり更けた宅地開発現場を、さっと前照灯(ヘッドライト)が照らした。人っ子一人、自動車一台いない夜の建設現場を飛ばしているのは、私の41年式ポンティアック・ストリームライナーだ。

 まだ街灯もない道路の途中で路肩に寄せる。緑のポンティアックは昼過ぎに来た時と同じ場所に駐まった。

 

「ちぇっ、やっぱり全部片づけられちゃってるか......」

 

 自動車から降りて辺りを懐中電灯で照らしてから、私はそう呟いた。

 

(ネズミ)が探りに来たから、片づけを急いだのね。材木の破片一つ残ってないなんて......」

 

 ニ十分ほどかけて辺りをくまなく照らして回ったけど、木片一つ、(クランプ)一本残っていなかった。まさに掃除されたって感じだ。

 私は空き地になった事故現場の真ん中できゅっと肩をすくめると、路肩のポンティアックに取って返した。

 自動車を出してしばらく走らせると、今度は資材置き場沿いの歩道に乗り上げさせた。そのまま金網柵(フェンス)ギリギリにつけて駐める。

 

備えあれば憂いなし(Forewarned is forearmed)、ってね」

 

 トランクからジャッキを取り出しながら、私はそう独り言ちた。このジャッキはパンクに備えてのもの、では当然ない。それにはデカすぎる。

 私はジャッキをポンティアックの屋根に置くと、自分も屋根の上によじ登った。身長が低いからフロント・フェンダーやボンネットを経由してだけど。

 そうやって自分の自動車を踏み台にして、私はジャッキを柵と、その上に張られた有刺鉄線の間に差し込んだ。

 

「よいしょ、よいしょ、よいしょ......」

 

 ジャッキが私よりも高い位置にあるから、体重をかけてレバーを上下させるのは割と楽だった。ジャッキはゆっくりと三本の有刺鉄線を押し上げて、私が服を刺々に引っ掛けずにもぐり込めるだけの隙間を空けてくれた。

 

「......よし、まあこんなところでしょう」

 

 目指すのは資材置き場にある、飯場を兼ねているらしい事務所だ。事故に関する書類や、エリシアンとカリフォルニア火災生命の繋がりを示唆するようなものがないか、というのがこの不法侵入の目的だった。

 

「知れず、吾等幸福の島に到るやも、か。それとも、幸福の島(エリュシオン)という名の深淵に呑まれちゃうかしら?」

 

 私は柵の上端を両手で掴んで、懸垂の要領で身体を引っ張り上げると、エリシアン・フィールズ不動産開発(デベロップメント)の資材置き場に侵入を果たした。

 

 

 

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