H.L. Noire   作:Marshal. K

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House of Sticks #8

 

 

「おい、それくらいにしておけ」

 

 動かなくなった女探偵の腹にしつこく蹴りを入れていたガーフィールド・ヘンダーソンに、ドン・キャラウェイは声をかけた。

 

「俺は自動車を取ってくる。お前はウォルターの様子を見ておけ」

「わかった」

 

 ヘンダーソンが、さっき探偵に撃たれたウォルター・タイラーの方に向かうのを見届けて、キャラウェイは緑の背広の裾をひるがえして立ち去った。

 

 数分後。探偵を小豆色(マルーン・レッド)の42年式キャデラック61型セダンのトランクに放り込むと、キャラウェイは現場事務所へと入った。事前に鍵を受け取っていたが、ドアは未施錠だった。探偵がこじ開けたらしい。

 ヘンダーソンはタイラーを連れて、もう一台のキャデラック――47年式のツーリングセダン――で医者の所へと向かった。すぐ死にはしなさそうだったが、治療が必要なのは確かだった。

 電話機から受話器を取り上げて、ダイアルを廻す。相手はすぐに出た。

 

「こんばんは、モンローさん......ええ、始末しておきました。今はトランクの中です......そうですな、ヘッヘッヘッヘ」

 

 相手の冗談に品のない笑いを返してから、キャラウェイは続けた。

 

「で、彼女はどうされます?......ええ、いい場所を知ってます。グリフィス公園の丘で......では、その通りに。おやすみなさい、モンローさん」

 

 キャラウェイは受話器を置いて、現場事務所を後にした。

 

 

 

 

 

「うぐっ......ああああ」

 

 何人かにリンチされる夢を見た。これが夢の中かって程の痛みが私を襲って、なんとかそこから逃れて目覚めた私を待っていたのは、現実の激痛だった。

 

「うっ......げえええぇぇぇ.....」

 

 真っ暗な中で、私は地面に吐き戻した。マットが敷いてある地面に、びちゃびちゃと音を立てて胃酸が広がっていく。

 マットに突いた両腕ががくがく震えて、身体が芯まで冷え切ったように寒い。ショック症状だ。

 

「げほっ、げほっ、げぇっ、はあっ......はあっ、最悪......」

 

 えずきながらも、自分の置かれている状況をおぼろげながら把握して、私は小さくそう呟いた。

 すごく狭い、箱のような場所。自動車のエンジン音、タイヤの回る音、排気ガスと、今吐いた反吐の臭い。言わずもがなだけど、血の臭いもする。目の前にはキャデラックのホイール・キャップが着いたスペア・タイヤ。

 トランクの中で間違いない。

 

「くうっ......とにかく、この痛み、を......」

 

 身体中が痛かった。撃たれたらしい左足も、殴られた右目のあたり――麻痺したように感覚がない――も、血がたくさん出てべとべとしている上、焼け付くように痛くて、またすぐに気を失ってしまいそうだった。

 私はコートのポケットに手を突っ込んで、震える手でなんとか紙製の箱を掴み出した。封を破って、チューブを取り出し、キャップを外して先端の針を露出させる。

 

「げほっ、はあっ、本当にこれを、けほっ、使う日がくるなんて......」

 

 ずいぶん前に、職場の不良社員から貰ったモルヒネ簡易注射器(シレット)だった。彼は明らかに、私を顧客にしたかったみたい――これは無料サンプルってわけだ――だったけど、結局手を出さず、捨てることもできずにいたんだ。

 霞む目でなんとか血管を見分けると、注射針を左肘の裏に刺して、中身を半分ほど絞り出した。

 

「はあっ、はあっ......ふーっ」

 

 身体の奥から、じんわりと暖かさが戻ってくる感覚があって、入れ替わりに痛みがゆっくりと引いていった。完全に消えたわけじゃないけれど、とにかく動き回るのに支障が出るほどじゃない。

 

「機会があったら、彼にビールを奢ってあげなきゃ......」

 

 ちょっとだけ楽観的な気分になって、私はそう呟いた。でもその為には、まずここから出なきゃいけない。

 私はトランクリッドに背を付けると、ラッチに両手をかけて、満身の力を込めた。

 

「ぐううううううぅぅぅぅ......」

 

 頭の中からピキピキと音が聞こえてくる。頭蓋骨にヒビが入ってたのかもしれない。左腿の痛みが再燃して、顎から首に血がだらだら伝う感覚がする。

 

「ぬぅああああああ!!!!」

 

 がこっとラッチが外れて、私は走行中のキャデラックのトランクから転がり落ちた。

 

 

 

 

 

「その時、後続車に乗ってたのが、今のお隣さんだったの」

 

 そう言ってアメリア・ワトソンは、話を1946年の冬から1947年の秋に戻した。

 

「強い人で助かったわ。あのごろつきを追い払って、私を医者のところに連れて行ってくれたの。右目とか名前とか、色々失くしたものもあるけれど......とにかくそれで今、私は生きてるわけ」

「なるほど......話の大筋はわかりました」

 

 あたしはそう言って、手帳の縁を鉛筆で叩きながら続けた。

 

「いくつか質問してもいいですか?」

「どうぞ」

「なぜ、あたしたちが検察から来たってわかったんですか? 捜査官(バッジ)を出したわけでもなかったのに」

「あら、そんなこと?」

 

 ワトソンさんは、さもおかしげに笑って続けた。

 

「簡単なことよ。私の主な依頼人は、下の階の弁護士なの。彼との世間話の中で、私は郡裁判所庁舎(ホール・オブ・ジャスティス)の"エルフの姫君"さんの話を聞いたことがあった。それだけのことよ」

「あー......」

 

 あたしは言い淀んで、なんとも言えない返事を返した。このあだ名、嫌いなんだよね。

 

「あたしのことは、できれば下の名前でお願いします......次は保険の方について。この労災保険や、事故物件と周辺の家土地に掛けられていた火災保険は、ベンソン副社長が契約していたんですね? 実質的に」

「ええ。ベンソンが自分でそう言っていたし、外交部でも確認を取ったわ」

「労災保険については、あたしもベンソン副社長から同じことを聞きました。でも動機は?」

「私も動機はわからなかったわ。先日までは」

 

 そう言うと、ワトソンさんはデスクの側に立ってたポルカに左目を向けた。

 

「ポルカさんだったかしら。そこの新聞を取ってくれない? 3日前のインクィジターを」

「えーっと......これか。どうぞ」

 

 ポルカはファイルが山積みのデスクから、新聞を見つけ出して手に取ると、ワトソンさんに渡した。

 

「ありがとう。問題はこの一面記事よ、ランチョ・エスコンディードの火事」

「ああ、ポルカもそこ、見に行きましたよ」

 

 ポルカから聞いた話によれば、そこにも手抜き施工の痕跡があったらしい。脆いモルタル煉瓦の壁は、壁繋ぎもされてなかったとか。

 

「火事で焼ければ、カリフォルニア火災生命が再調達価額に応じて保険金を支払うわ。でも実際の再調達価額はもっと安いから、差額が生じる。それが誰かさんのポケットに行き着き、一部はこのクソ保険に署名したベンソンにキックバックされる。そんなところじゃないかしら」

「なるほど。説明はつきますね」

 

 あたしはそう言って、メモ帳に鉛筆を走らせていた。そこにポルカが質問を重ねる。

 

「労災保険の方は?」

「ある種の口封じじゃないかしら。事故自体は偶然起きたものだと思う。でも、手抜き施工や低品質の建材が理由だなんて、言えないでしょう?」

「なるほど。死んだ大工に責任を押し付けて、文句を言いそうな遺族は多額の労災保険金で黙らせる、ってことですか?」

「恐らく」

「ふむ......筋は通ってますね」

 

 メモ帳を眺めながら、あたしはしばらく考え込んだ。差額が行きつく先は、モンロー社長のポケットで間違いないだろう。一度ピーターセンに報告を上げておくべきかもしれない。

 

「ご協力ありがとうございました、ワトソンさん。では、あたしたちはお暇を......」

「ねえ!」

 

 あたしがソファから立ち上がると、ワトソンさんも大きな声を上げて、弾かれたように立ち上がった。

 

「......何か?」

「いえ、その......」

 

 ワトソンさんは何度か唇を舐めると、逡巡を振り切るように言った。

 

「私も一緒に行っていいかしら。いえ、一緒に行かせて」

 

 

 

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