H.L. Noire   作:Marshal. K

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House of Sticks #9

 

 

「私ね、この十か月の間ずっと怯えて暮らしてたの。そのドアを蹴破ってあいつらが入ってくる夢を、数えきれないほど見たわ」

 

 ワトソンさんは、右手でスカートの裾をぎゅっと握ったまま、吐き出すようにそう言った。そしてふと、自嘲するような笑みを浮かべて続けた。

 

「白状するわね。二人が階段を上がってくる足音を聞いたとき、私は怖くて固まっちゃったの。二人とも女の人だってことは、足音で見当がついてたのにね」

「それで、最初にノックした時には応答がなかったんですか」

「恥ずかしながらね」

 

 本当に恥ずかしいらしくフレアの問いに、ワトソンさんは伏し目がちに答えた。でもすぐに、その目をキッと上げて続けた。

 

「でも、こんな暮らしはもう厭なの。いつまでも猫に追い回されて怯えるネズミでいたくない。私は......私は、アメリア・ワトソンとして生きたいの!」

「......ポルカ、ちょっと」

 

 フレアがあたしにちょいちょいと手招きして、部屋の隅の方に誘った。ワトソンさんの方には、その場で待つように手で合図をしている。

 隅によると、フレアは前置きなしに切り出した。

 

「ポルカ、ワトソンさんを連れてきたいって思ってるでしょ?」

「う......顔に出てた?」

「結構わかりやすかったよ」

 

 人の悪い笑みを顔に浮かべて、フレアは言った。

 ごろつきに殴られて脅されたあの経験が、あたしの判断に――というか、同情心に――影響しているのは事実だ。ワトソンさんの方がよっぽどひどい目に遭っているけど、それでも彼女と自分を重ねてしまっている。

 

「あたしはピーターセンのところに報告に行くから。ワトソンさんを連れて行くかの判断は、ポルカに任せるよ」

 

 そう言ってフレアは、あたしにデソートの始動(イグニッション)キーを握らせた。てっきり止められると思ってたあたしは、目をぱちぱちさせてから情けない声で返した。

 

「......いいの?」

「好きなようにしな? 責任はあたしが取るからさ」

 

 フレアはあたしの肩をぽんぽん叩いてドアに向かったけど、ふと振り返って付け加えた。

 

「ただし、あたしの自動車は大切に扱ってよね。壊したら......」

「わかってる、大切にするよ。ポルカの給料じゃ、とても弁償できないしな」

 

 

 

 

 

「おおい、ここは私有地、立ち入り禁止だ」

 

 あたしはフレアの46年式デソート・デラックスを、北ウィルトン(プレイス)658番地に寄せて駐めた。例の木材の出処だ。

 金網門扉の正門には朽ちかかった看板がかかっていて、"キーストーン映画製作(フィルム・スタジオ)"という文字が辛うじて読めた。

 そして比較的新しめな門衛詰所から、エンジェルス警備保障(セキュリティ)黄褐色(カーキ)の制服を着た警備員が歩み出てきて、デソートを降りたあたしとアメリア――外ではリンディと呼んで欲しいって言われたけど、地の文ではいいよな?――に叫びかけてきた。

 あたしは手提げ鞄(ハンドバッグ)から捜査官(バッジ)を取り出して、門衛の方にかざした。

 

「尾丸捜査官補、地方検事局(LADA)。捜査の為に、ここに入りたいんだけど」

「捜査? ここのか?」

「いや、よその労災事故」

「ここは45年から郊外再開発基金が持ってて、週に二、三回くらいエリシアン・フィールズ不動産開発(デベロップメント)の連中が出入りしてるだけだ。鍵はそいつらしか持ってないから、お前さん方が入るなら柵を乗り越えるしかないな」

「あー......」

 

 それは規則違反だ。少なくとも、警備員や守衛の目の前でやれることじゃない。

 どうしたものか考えあぐねていると、後ろに控えていたアメリアが杖の音を立ててやって来て、最初にあたしたちに使ってたのと同じイギリス訛りで言った。

 

「ちょうど10時半を回った頃だが、どうかな? 中休み(コーヒー・ブレイク)を30分程取るというのは?」

「そうさな......俺のポケットの中に何ドルか湧いて出るような奇跡があれば、コーヒーと軽食をつまんで来ようって気になるかもしれねえな」

「ほら」

 

 話の途中から意図を察したあたしは、手提げ鞄(ハンドバッグ)から5ドル札を抜き取って、警備員が言い終わるなり制服シャツの胸ポケットにねじ込んでやった。

 門衛はそれ以上何も言わずにウィルトン(プレイス)に出ると、南に向かっててくてく歩き去って行った。

 

「......すまないね。言い出しっぺが金を出さなくて」

「ええんよ、捜査経費として請求するから。それより、アメ......リンディはその足じゃ、柵を越えられなくない?」

「問題ないよ。私は鍵を持っているからね」

「え?」

 

 早く言ってよ、と文句を付けようとすると、アメリアはさっきのフレアみたいな、邪悪な笑みを浮かべて続けた。

 

「悪いが、しばらくむこうを向いてくれるかな?」

「あっはい」

 

 素直に表通りの方に向き直った。

 背後ではアメリアが門に歩み寄る音がする。キリキリと何かを引っ掻くような音が少しして、ものの数秒で錆びた閂を抜く音が聞こえた。

 

「お先にどうぞ、捜査官」

「......すっげえ」

 

 アメリアが芝居ががった仕草で、門を開けていた。その手には、開いた南京錠をぶら下げている。

 

「これくらいならお手の物さ。寝ながらだって開けて見せるよ」

 

 あたしが門を抜けると、後ろ手に金網の門扉を閉じながらアメリアがそう言った。若干鼻に付く――わざとなんだろうけど――イギリス訛りながら、その口調には確固たる自信がこもっていた。

 

 

 

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