「交換台です。お困りですか?」
「警察です。
「お繋ぎします」
ウチはレイズ・カフェの奥にある公衆電話で、交換手がダイアルを廻す音を聞いていた。
「R&Iです」
「オオカミ。
「ご用件をどうぞ」
「ライセンス・プレートを調べてください。3-
「少々お待ちください......」
職員が照合用のカードをパンチする音が、受話器から微かに漏れ聞こえてくる。
ややあって、テレタイプ端末の騒々しい音が響いた。
「市内で該当する登録は一件だけです。登録者はウィリアム・シェルトン。住所は西テンプル通り738番地です」
「ありがとうございます」
「ミオ」
「やああ!」
受話器を置いた後でよかったと心底思った。電話を切るなりフブキが後ろから声をかけてきたんだ。
「たはは、ごめんごめんそんな驚くとは思わなくて」
「もー、フブキィ......」
睨みつけてはみたけど、フブキはまるで怯まず楽しそうに笑いながら聞いてきた。
「で、常連さん達からなにか収穫はあったかい?」
「特には」
首を振って続ける。
「常連さんたちにとって、あの二人の喧嘩はちょっとした余興みたいなものだったみたい。それ以上踏み込もうって人はいなかったみたいだね」
「そっか......じゃあ次は奥さんとオーナー、かな」
「その前に行ってみたいところがあるんだけど」
公衆電話の方を指して、
「3C8から始まるナンバーの赤いリンカーン・コンチネンタル。市内で持ってる人は一人だけだってさ」
「へえ」
フブキの目がきらりと光った。
「じゃあ先にそのリンカーン乗りを確かめに行ってもよさそうだね」
西テンプル通り738番地はミドルクラス向けのアパートメントだった。駐車場はおそらく建物の横手のはずだけど、玄関前の路肩に目立つ赤のリンカーンが駐まっている。
「目印を置いてくれたみたいだね」
フブキがそう言って、リンカーンの後ろにパトカーを停めた。
「多分これだね。ナンバーは3C8149、46年式のリンカーン・コンチネンタル」
パトカーから降りると、二人でリンカーンの前に回って見てみる。
「やっぱり、ビンゴだねえ」
ボンネットの前面はぐしゃぐしゃになっていた。クロームの見事な
フブキがしゃがみこんでくんくんと鼻を動かした。
「やっぱり血だね」
「やっぱり血かあ」
「なんですか、あなたたち」
アパートメントの玄関の方から声がした。
振り向くと、
「ウィリアム・シェルトンさん?」
「はい」
よくみるとシェルトンさんは、ウチたちというよりはパトカーを見て怯えているようだった。
「自動車を建物の前に駐めて、スーツケースを持って出てくる。逃げようとしてるようにしか見えませんね」
ねえ、ミオ? とフブキがウチに話を振ったのは、別に同意を求めてのことじゃない。
シェルトンさんが鞄の一つを地面において、もう片方を胸の前で抱きかかえた。
「私たちが何をしに来たのか、ご自分でよくわかってると思うんですけど」
「ええ、はい。その、事故のことですよね」
フブキが頷いて続ける。
「目撃証言があるんです。それにその自動車の傷も。単純明快なことでしょ、シェル――」
フブキが言い終わる前に、シェルトンさんはフブキに向かって抱えていた衣裳鞄を投げつけた。
フブキが躊躇せずに鞄を殴りつける。鞄が砕けて、木片とシェルトンさんの洋服が一面に散らばった。
「待て!」
ウチは顔を覆うシャツをどうにか剥がしてシェルトンさんに叫ぶけど、ほぼ同時にリンカーンのエンジンがかかってタイヤがアスファルトをと擦るキュルキュルって音がした。
「ミオ、パトカーに!」
フブキがフォードの運転席に戻りながら叫ぶ。首許にズボンが巻き付いたままだ。
ウチが乗り込むとフブキはサイレンが鳴りだすのを待たずにアクセルを踏み込んで、酷使されたV8エンジンが悲鳴のように甲高い音を上げた。
シェルトンさんはバンカーヒルの裏路地に飛び込むと、洗濯物を干しているご婦人や通勤途中の会社員を轢きそうになりながら突っ走っていく。早朝のカーチェイスに家の窓や生垣の向こうから人々が興味津々な視線をこちらに向けてくる。
シェルトンさんはそのままバンカーヒルを突っ切って
「ここだ!」
フブキが急に叫んでハンドルを切り、カーブ中のリンカーンの横っ腹にフォードの鼻先を突っ込ませた。
「ここだじゃねーよ!」
ウチの抗議の声もむなしく、無理矢理進路変更させられたリンカーンと一緒にウチたちのパトカーは、市役所の庁舎に頭から激突した。
「確かに撥ねたよ、彼を撥ねたのは間違いない。でも私のせいじゃないんだ」
気を失った状態でリンカーンから引っ張り出されたシェルトンは、ウチたちに手錠をかけられて
「どういうこと?」
「あいつは右から飛び出してきたんだ、何もないと思ってたところから急に。どうしようもなかったんだ」
「じゃあなんでそこで停まろうと思わなかったの。救急車を呼ぶとか、やるべきことがあったでしょうが」
へどもど言い訳をするシェルトンを怒鳴りそうになるのを我慢して、ウチは声を抑えて聞く。
「彼のほかに、歩道に男の人と女の人がいて、彼らが救急車を呼ぶと思ったんだ。それに、前にも事故ったことがあって......私は測量士なんだ、仕事に運転免許が必要なんだ」
だから取消処分を受けたくなかったんだ、と言い募るシェルトンにフブキが冷たく言い放った。
「じゃあこれで免許も仕事もパアだね。
「冗談だろ?」
シェルトンの顔にショックが走った。クシャッと歪んで泣きだしそうになった。
フブキは
「ウィリアム・シェルトン、過失致死の容疑で逮捕します。それと、朝っぱらから何人もの市民を轢き殺しそうになりながらカーチェイスを繰り広げた無謀運転と重罪逃走の現行犯でも、ね」