H.L. Noire   作:Marshal. K

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House of Sticks #10

 

 

「この木材の山が、例の住宅地に使われてるんだな?」

 

 キーストーン映画スタジオの廃墟。大道具部作業館の外に山積みにされた木材を前にして、あたしはアメリアに、確認するようにそう言った。

 アメリアはこつこつと杖の音を鳴らしながら木材に歩み寄ると、ささくれ立った表面をじっと見つめてから言った。

 

「ああ、間違いない。私が見たのもまさにこれだったよ」

「そうか」

 

 アメリアが見つめる先には、木材の表面に白いステンシル文字で"大道具部資材 非建築用"と書かれていた。話に聞いた通りだ。

 あたしが眺める限り、他の木材にも"キーストーン映画 備品"とか"建築不適合材 セット背景用"等と書かれている。これを白ペンキで塗り潰して、大工達には見えないようにしてるのか。

 

「......悪辣な連中」

「ああ、そうだな」

 

 あたしの口から漏れた感想に短くそう返してから、アメリアがあたしの袖を引っ張って続けた。

 

「あっちの建物の扉が開いている。中を覘いてみようじゃないか」

 

 作業館の向かいにある試写館のドアが開きっぱなしだった。アメリアがそっちに歩を進めたので、あたしは慌ててその前に出た。誰もいないとは思うけど、万が一待ち伏せされてる可能性を考えて、ゆっくり進むアメリアの前を警戒しながら歩く。

 開け放しの戸口から試写室の中を覗き込み、目と耳を総動員して様子を探る。

 

「......よし、誰もいなさそう」

 

 あたしがそう言うなり、アメリアがあたしの横を抜けて試写室の中に入った。そして少し進んだところで突如、埃塗れの床に膝をついて四つん這いになった。

 

「うわっ、汚いよそこ」

「いいんだ、黙ってて」

 

 アメリアはコートのポケットから虫眼鏡を取り出し、もう片方の手に杖を持ったまま床をゆっくりと這いまわりはじめた。どうやら足痕を熱心に見ているらしい。

 

「......ここは結構頻繁に人の出入りがあるようだね」

「ああ、足痕がいっぱいあるしな」

 

 それくらい床を一目見ればわかる。そう言おうとしたところで、アメリアがあたしを遮った。

 

「それくらい床を一目見ればわかる、とか言おうとしただろう?」

「そうだけど......違うんか?」

 

 杖を頼りに立ち上がろうとしたアメリアに、手を貸しながらそう訊くと、アメリアは短くお礼を言ってから続けた。

 

どうも(キュー)。ああ、違う。数だけ見るなら、複数人が一斉にやって来たとも見れるだろう? だがここは違う。足跡に古いのと新しいのがあるんだ。埃の積もり方が違うものが、少なくとも五種類はあるからね」

「ほえー......私立探偵ってのはすげえな」

「なあに、初歩的なことだよ。これくらい、市警の鑑識技師でもできるだろう」

 

 若干早口気味になったのは照れ隠しだろうと、あたしは元刑事・現職捜査官として判断した。アメリアは案外、褒められ慣れてないのかもしれない。

 そんな推理をされているとは露知らぬ様子で、アメリアはテーブルの一つに歩み寄った。埃の積もった卓上には、不自然に綺麗なバーボンの壜とショットグラスが載っている。

 アメリアはグラスを手に取って、中をちょっと嗅いでから言った。

 

「警備員の言と合わせて、連中はここを休憩所ないしサボり場として使っているようだね。木材調達のついでに一休み、といったところかな」

「なるほどな......じゃ、一応ここも家探ししてみるか」

「手分けしよう。私は奥の方を見てくるよ」

「わかった」

 

 館内には誰もいなさそうだったから、あたしが入り口近くに残った方がよさそうだ。

 アメリアが奥へと歩み去る音を聞きながら、あたしは足痕を辿ってみることにした。よくよく見てみれば新しめの足痕は、肉眼でもそれと区別がついた。それを辿って、足の主がしばらくとどまったらしい場所を調べて回る。

 

「先週のロサンゼルス・ミラーに......サンタ・アニタのハズレ馬券に......こっちは空のビール瓶か。ゴミばっかだな......これは?」

 

 拾い上げたのは薄い、銀色の缶だった。フィルム缶(キャニスター)らしい。

 

「試写室だからキャニスターくらいあるか......あ、なんだこれ?」

 

 念のために蓋を開けてみると、中に入っていたのはフィルム・リールよりも一回り小さなリールだった。

 

「8mmか?......いや、違うっぽいな」

 

 リールから黒い中身を引っ張り出して、入り口から射し込む陽の光にかざしてみた。

 それは8mmフィルムよりもちょっと細くて、しかも不透明だった。映写機に入れても、なにも映らなさそうだ。

 

「何かあったかね?」

 

 奥の方からアメリアが、何かを引きずって杖代わりにしながら戻ってきた。大きな折鞄(ブリーフ・ケース)だ。

 

「リンディ、それは?」

「ふふん、なかなか面白いぞ」

 

 勿体ぶった言い方――イギリス訛りなので余計にそう感じる――をして、アメリアは鞄をばたんと横倒しにした。

 杖に持ち替えて、それを支えに片膝をつくと、掛け金を外して鞄を開けた。

 

「なんじゃそりゃあ?」

 

 中には、鞄そのものと同じくらいの大きさの機械が入っていた。透明な円盤が二つ着いていて、その下に計器やらスイッチやらがずらりと並んでいる。

 あたしは以前、獅白と電気メッキ工場で見つけた暗号機を思い出して当てずっぽうで言った。

 

「これって、暗号に使ったりするやつか?」

「知ってるの? 意外ね」

 

 よっぽど驚いたと見えて、素のアメリアが出てきた。そこまで驚かれるのは心外なんだけど、あたしも適当に言ったことだから、文句は付けられない。

 アメリアはこほんと咳払いをして、リンディの喋り方に戻して続けた。

 

「これはテープ・レコーダーと言って、軍が略式の秘話装置*1として使っていたものだ。今年の春から民生品が解禁されたと聞いていたが、こんな廃墟でお目にかかるとはね......で、ポルカが持っているそれは?」

「え? ああ、キャニスターの一つにこれが入ってたんよ。でも透明じゃないから、フィルムじゃなさそうなんよね」

「見せたまえ」

 

 アメリアはリールを受け取ると、中身を見てすぐに言った。

 

「これが磁気テープだよ。このレコーダーの記録媒体だ」

「へえ。レコードみたいなもんか」

「まあ、そんなところだな」

 

 空色の瞳がこっちを――動く左目だけ――向いて、なんとなーく冷たい視線を送ってきた。当てずっぽうがバレたらしい。

 

「......ところでさ、リンディはこれ、初めて見るんよな?」

「ああ、君と同じでね」

「使い方ってわかるの?」

 

 アメリアはテープ・リールを、いかにも探り探りな手つきで半透明の円盤の片方にセットすると、両手をワキワキと動かしながら言った。

 

「......まあ、なんとかなるさ!」

 

 

 

*1
無電信号などをあらかじめ録音して早送りで送信することで、傍受や解読を困難にするために使われていた

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