「で、どうにかなったの?」
夕方、
「どうにかなっちまったんだな、これが......初めて見る機械でも扱えるって、私立探偵の標準機能なんかな?」
「違うと思うけど。それで、中身は?」
「聴いてもらったほうが早えな。つっても、ここってテープを再生できる設備とかある?」
「あるけど、たぶんもう技師さんが帰っちゃってるかな」
あたしは時計を見上げてそう言った。定時を一時間ほど過ぎているから、もういないだろう。
「そっか。じゃあこれで」
ポルカはそう言って、手帳を開いてこっちに差し出してきた。
見開きのページには、体をくねらせたミミズのような線が何本も描かれている。ただ、それは落書きではなくて、あたしにとってよく見覚えのある物だった。
「これは......グレッグ式の速記記号か」
「わかるんだな。アメ......ウィルソンさんがテープの中身を書き起こしたんだ」
多才な探偵だなあ、と感心しつつ、あたしは抽斗から速記記号表を取り出した。速記官ではないから、
「ポルカには読めねえから、フレアが読み上げてくれ。記憶通りか確認するから」
「わかった」
あたしは手帳と記号表を並べると、最初の単語を口に出した。
1947年の夏も終わる頃。ハリウッドのレストラン、ブラウン・ダービイの席に男たちが集まっていた。
深紅の毛織のセーターに、白衣のような白い上着を羽織った男が席に着くと、男たちは会話を始めた。そしてそれと同時に、彼らの隣の席に一人で着いていた男が、脱いだコートの下に隠したテープ・レコーダーのスイッチを入れた。
隣の一座の首魁と言える男は誰かが裏切る可能性を考慮して、この会談を密かに録音しておこうと考えたのだ。諸刃の剣ではあるものの、他に適当な手段がなければ最後の切り札として切るつもりだった。
「諸君、こちらはハーラン・フォンテーン博士、我々郊外再開発基金の新たな出資者だ」
その首魁、リーランド・モンローは、白い上着の人物を他の男たちに紹介した。続いて、博士に対して居並ぶ面々を紹介していく。
「
「初めまして、先生」
紹介を受けたベンソン副社長が答える。
「レイ・ゴードン、タイムズ紙の社長兼編集長だ」
「どうも、先生」
「そしてあちらがドナルド・サンドラー地方検事に、ウォーレル警察局長」
「皆様、このような素晴らしい経営陣に迎え入れられて、私は悦楽の至りです」
フォンテーンは気取ったフランス訛りの英語でそう言った。それにゴードン編集長が返す。
「先生、あなたのお名前だって大したものだ。特に映画俳優たちからは、よくあなたのことを聞くが」
「ええ、彼らのような所謂芸術的気質の人々は、往々にして精神状態が
「正直に言って先生、あなたのやり方は小悪党を中毒患者に換えているだけだと思うのですがね」
サンドラー地方検事がそう異議を挟むも、フォンテーンはさして気にする様子もなくそれを肯定した。
「正にその通りです。しかしここにお集まり皆さんも、ロサンゼルスが映画産業の栄光の余得に与っているのは、重々承知だとお見受けしますがね?」
居並ぶ面々はそうだとばかりに頷き合い、地方検事も反対しなかった。そこでモンローが葉巻を挟んだ右手をさっと振って、話題を変えた。
「さてさて。まさしくそれこそ、ユニオン
「ところでリーランド、君のところの住宅地の売り上げはいかがかな?」
「絶好調だよ、レイ。建てても建てても追いつかないほどさ」
「それこそが問題の一部だろう、リーランド?」
不動産社長と新聞社長の会話に、地方検事が再び割り込んだ。
「
「勘弁してくれ」
モンローが苛立たし気な口調でサンドラーを遮った。
「公共住宅なんか共産主義者どもの戯言だ。それを無くすために、このクソッタレな戦争をやったんだろうが。毎回言っている通り、公共住宅云々はアカどもが裏から糸を引いているんだ」
「君だって良い所取りはできないぞ、リーランド」
ゴードンが再び口を開いた。
「君が建てている家も、その上を通る予定の高速道路も、どちらも政府のカネで建つのだからな」
「
「いや違うな、カーチス」
ベンソンの疑義に、モンローが濃い紫煙を吐きながら答える。
「どう違うのかね?」
「復員兵たちのカネは、私の
「"私たちの懐"、と言って欲しいな、リーランド。我々全員が出資者なのだから」
「勿論、"私たちの"だとも、カーチス」
不動産社長は若干煩わし気に、保険会社支社長にそう返すと、地方検事に向き直って話題を変えた。
「で、高速道路の予算はいつ頃通りそうなのかね、ドン?」
「もう通っているはずだったのだがね。誰かさんが300億ドルに引き上げようとしたせいで、紛糾してるのさ......」
上に被せてあったコートの裾をキャプスタンが巻き込んで、録音は止まってしまった。レコーダーの脇に座っている男は、その異常に気が付かなかった。
「オーケイ、ちゃんとポルカが聴いたのと同じ内容だ」
あたしが速記文を読み上げ終わると、目をつぶっていたポルカがそう言った。ポルカはあたしが読み上げている間、声の主が変わったタイミングで注釈を入れてくれていたんだ。
「で、ウィルソンさんはどうしたの?」
「事務所に帰したよ。なにか気になることがあって、一人にしてほしいって言われてな。えらく難しい顔をして、速記文の写しを作ってたな」
「ふーん......」
あたしはしばらく考え込んだ。今の録音の中に何か、彼女の注意を惹くものがあったんだろう。
速記文を見直してみたけれど、あたしにはピンと来るものがなかった。
「ま、それはおいおい聞いてみることにしようか。さて、あたしもポルカに見てもらいたいものがあるんだけど」
そう言ってあたしは、
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