H.L. Noire   作:Marshal. K

223 / 250
A Polite Invitation #2

 

 

 私はそのアパートメントの外階段を上る間、杖をついてない右手でスカートを握りしめていた。そうでもしないと、右手が制御できないほどに震えてしまいそうだったから。

 今まで、連中は私の尻尾を掴めずにいた。私が死んでないのはわかってただろうけど、どこで何をしてるかまでは掴んでなかったはずだ。でも、今日からは違う。

 

 アメリア・ワトソンは生きている。

 アメリア・ワトソンはロサンゼルスにいる。

 アメリア・ワトソンは連中を嗅ぎまわっている。

 

 それを知らせることになるのだ。帰ったら例のごろつきたちが事務所で待ってた、なんてことさえあり得る。怖くないわけがない。

 でも、他に道はない。一生リンディ・ウィルソンで通す手もあったし、実際諦めてそうするつもりでいたけれど、機会が巡ってきた以上、それを見過ごすなんてできっこない。

 

 覚悟を決めろ、アメリア・ワトソン。

 

「日曜の朝っぱらだけど、いるかな......大丈夫か、アメリア?」

「え?」

 

 二階の外廊下に出たところで、ポルカからそう声をかけられた。その目は、私の右手を見ている。

 私はスカートから手をはなすと、皺の寄ったところをぱたぱた叩きながら返した。

 

「ええ、ええ大丈夫。それと彼ならいるはずよ、駐車場にキャディがあったから」

「そっか」

 

 長くない廊下を歩いて、突き当りの2号室のドアに行きつくと、ノックしようと腕を上げたポルカに言った。

 

「待って。私にやらせて」

「......わかった」

 

 ポルカは大人しく、ドアの蝶番側に身を引いてくれた。玄関先に見知らぬフェネックが立っているより、私が立っていた方がいいサプライズになるはずだ。

 ほうっと一つ息を吐いてから、私は目の前のドアをノックした。

 ドアの向こうから歩み寄ってくる足音、錠を外す音、そしてドアがさっと開いた。

 

「こんにちは、カーチス!」

「......アメリア」

 

 カーチス・ベンソンの容貌は、まるで変っていなかった。最後に見た紺色の背広ではなくて、青緑色の室内ローブ姿だったけれど。

 ベンソンが私を見た時の顔と言ったら、傑作だった。幽霊を見たような、って正にこんな顔のことを言うんじゃないかしら?

 彼はしばらく口をパクパクさせてから、ようやく意味のある言葉を捻りだせた。

 

「来てくれて嬉しいよ。でもその......今は都合が悪いんだ。また後日来て――」

 

 ベンソンは言い終わる前にドアを閉めようとしたけど、それより先にポルカが出てきてドアを思いっきり蹴り上げた。

 

「があっ!」

 

 跳ね返ったドアがベンソンの顔面に直撃して、彼は鼻を押さえながらよろよろ後ずさった。その隙にポルカが玄関に上がり込み、私もその後に続く。

 

「な、なんだ君は、無礼だぞ」

「尾丸捜査官補、地方検事局(LADA)

 

 ポルカが捜査官(バッジ)をかざして、居丈高に名乗った。

 

「ちょーっと質問したいことがありましてね、ご協力いただけますよね?」

「この、何様のつもりだ、メス畜生」

 

 鼻血を押さえるためにふがふがしながら、ベンソンはポルカに言い返した。

 

「その地方検事(DA)のボスは誰だと思っているんだ? 貴様なんぞ馘にしてや......」

 

 言い終わる前に、ベンソンのお腹にポルカの拳が軽く当てられた。鼻から息を吐いたらしく、鼻血を指の隙間からほとばしらせながら、ベンソンはよろめいてソファの一つに座り込んだ。

 

「じゃ、そこで大人しくポルカの質問に答えてくださいね、ベンソン副社長。アメリア、室内を見て回ってくれる? そこのデスクとか」

「わかった」

 

 言われる前からもう、私はそのデスクに歩み寄っていた。卓上には書類がたくさんあって、足元には彼が通勤の時に使っている書類鞄(ブリーフ・ケース)がある。自宅のデスク、秘密の仕事をするにはうってつけの場所だ。

 そしてその書類の一番上の、いま書き上げたらしい一枚を手に取る。

 

「保険の契約書ね」

 

 

――カリフォルニア火災生命保険株式会社

  カリフォルニア州 ロサンゼルス市

 

  カリフォルニア火災生命社は、年額1105ドルの保険料支払いを条件として、ファウンテン通り5650番地の物件群ランチョ・エスコンディードの損害に対して、その損害の原因を問わず、二十二万一千ドルを上限として、エリシアン・フィールズ不動産開発会社に保険金を支給するものとします。

 

  本契約は公証人立会の下、1947年二月26日に締約されました。

 

  副社長

  カーチス・ベンソン 署名――

 

 

 インクの乾き具合から言って、今朝書かれたものらしい。こうやって契約をでっちあげて、外交部に押し付けてたわけだ。

 

「個々の火災保険だけじゃ飽き足らず、住宅街全体にも保険をかけてお金を取ろうって算段か。どこまでも欲の皮の突っ張った連中ね」

 

 他にも作りかけの契約書がいくつかあったけど、大きな収穫とは言えなかった。

 

「さてと、この鍵のかかった抽斗には何を仕舞い込んでるのかしら?」

 

 ちらっと背後を窺うと、ベンソンはポルカとの問答のために、こっちに背中を向けていた。好都合だ。

 私はコートの内側を探って、ピックとレンチを取り出した。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。