「なあアメリア、ベンソンが言ってた"基金の目標"って、何だと思う?」
カーチス・ベンソンのアパートメントから次の目的地に向かう車中で、あたしは助手席のアメリアにそう訊いた。
アメリアはしばらく考えあぐねてから、ため息と一緒に吐き出すように言った。
「......わからないわ、正直に言って」
「ただのブラフって可能性は?」
「大いにあるわね。ただ、ずっと何かが引っかかってるの」
飛ぶように過ぎ去っていくバーモント通りの街並みを窓越しに眺めながら、アメリアは苦々しい声で続けた。
「何かを、大切な何かを見落としてるって確信だけがあるの。私の職業的なカンね、言うなれば。でもそれが何なのか、まるで見当がつかない......」
「そっか......まあ、ポルカもできる限り考えてみるよ」
「助かるわ」
そう答えた声は半分以上うわの空で、アメリアが再び思考の中に戻っているのがわかったから、あたしはそれ以上声をかけはしなかった。
「失礼、コートニー・シェルドンさんというのは?」
「僕です」
図書館前の階段にたむろしていた学生の一団から、黒い短髪の青年が立ち上がって答えた。生え具合からして、短い髪の毛は
私は名刺入れから、カリフォルニア火災生命に勤めていたころの名刺を取り出すと、シェルドンに差し出しながら言った。
「アメリア・ワトソン、カリフォルニア火災生命で損害調査員をしてるの」
「カリフォルニア火災生命......」
シェルドンは名刺に目を落として、呟くように言った。
ポルカによればこの青年は、かつて同僚だったジャック・ケルソーの戦友らしい。その繋がりを上手い事利用させてもらおうって肚だ。賭けではあるけれど、郊外再開発基金に繋がりがある以上、突破口の一つになるかもしれなかった。なら、当たらないわけにはいかないでしょ?
「いくつか訊きたいことがあるんだけど、今いいかしら?」
「ええ、どうぞ」
シェルドンは学友たちに手を上げると、私をボバード管理棟の方に誘いながら続けた。
「カリフォルニア火災生命には知人が勤めているんです」
「へえ、そうなの。名前は?」
「ケルソー。ジャック・ケルソー」
「ジャックなら知ってるわ、同じ部署だもの。というか、だったと言ったほうが適切ね」
「だった?」
「座らない?」
シェルドンは黙って私の杖を見つめると、プレンティス記念噴水の方に手を振った。二人並んで噴水の縁に腰を下ろしたところで、私は話を続けた。
「ジャックは先月、サン・フランシスコに異動になったの。栄転よ、表向きはね」
ポルカから聞いた情報と、私が知っているケルソーの人となりを基に、あたかも私がまだカリフォルニア火災生命に勤めているかのように話した。時制には特に気を使わなくちゃね。
「ジャックとはどういう知り合いだったの? 彼はほら、あんまりとっつきやすい人じゃないでしょ? 知り合いの話とか、聞いたことがなかったから」
「確かに、ジャックは寡黙ですからね」
声のトーンから、警戒心が若干下がったらしいことがわかった。
「僕は海兵隊の
「あら、あなたは海軍さんだったんだ」
「心は
「良い上官だったでしょう? 彼はとても誠実な人だから。ああでも、女性と見ると誰彼構わず"
「あはは、ジャックらしい」
ひとしきり笑い合ってから、本題を切り出した。
「ジャックを知ってるのなら話は早いわ。ジャックが異動になったので、私は彼が担当していた保険をいくつか引き継いだの。そしてその中に、不審な火災保険があった」
「不審な火災保険?」
「ええ。保険金が異常に水増しされていたの。ジャックはその保険を調べようとして、厄介払いされた可能性が高いわ」
本来の順序は、恐らく逆だ。私の手元にあったクソ保険が、私の"失踪"の後でジャックに引き継がれたんだろう。そしてそれを調べようとしたジャックは、栄転の名目でロサンゼルスから追い出された。
私に使ったのと同じ手をなぜジャックに使わなかったのか、そこは推測するしかないけれど、私"ごとき"を仕留め損ねた以上、あのごろつきたちをジャックに嗾けるのは危険だとベンソンが判断したのかもしれない。
「彼らは、粗悪な建材と手抜き施工で予算を中抜きして、さらにその家もどきを燃やして保険金をせしめているの」
「はあ......でも、それと僕に何の関係が?」
「彼らの名前は郊外再開発基金というの。知ってる?」
「郊外再開発基金?......いいえ、全然」
不思議なことに、その表情を見る限りシェルドンは郊再基金のことをまるで知らないみたいだった。少し引っかかったものの、とにかく話を続ける。
「本当に? あなたは基金の出資者なのに?」
「出資者? 僕は退役上等兵の、貧乏な医学生ですよ。出資とか投資とか、そんな余裕はありません」
「ここに、
コートのポケットから、ポルカから受け取った登記簿を取り出して、シェルドンに渡した。
「そこの一覧に、しっかりあなたの名前が登載されてるでしょ? 二万ドルも出資できるなんて、ちょっとビックリだわ」
「......フォンテーン先生」
登記簿を食い入るように見つめていたシェルドンが、小さく呟くのを私は聞き逃さなかった。
「ハーラン・フォンテーン博士、有名な精神科医よね。彼とも知り合いなの?」
「ええ、その、先生の医院で働いてるんです......パート・タイムの
「それはすごいわ。つまり、フォンテーン先生のお弟子さんってことね?」
「ええ......まあ」
「そしてよっぽど気に入られてるみたいね? じゃなきゃ弟子のために、弟子の名義で、二万ドルも投資したりはしないわよ。ね?」
「......ええ」
今やシェルドンの顔は真っ青だった。どうやら、郊再基金の名前に心当たりはなくとも、フォンテーン医師に絡んだ出資の話には心当たりがあるらしい。
「ねえコートニー、私は保険会社お抱えの私立探偵で、警察官じゃないの。貧乏学生のあなたがどこから二万ドルも手に入れたかなんて、欠片ほどの興味もないのよ」
シェルドンはしばらく逡巡したあと、ぽつりぽつりと喋りはじめた。
「僕は......あるモノを持ってました。それが何かは訊かないでください」
ポルカが確信を持って言っていたところからして、モルヒネだろうな、と想像はついた。ただそれには言及せずに、黙ってうなずいて先を促す。
「除隊するときに軍から......くすねたんですが、それの処分に困ってて......フォンテーン先生がそれを解決してくれたんです」
「それで?」
「それで......先生はその利益で、投資をすると言ってました。
シェルドンはそこで、私の方に身を向けて熱く語りはじめた。
「元はと言えば、僕が軍からブツをくすねたのも、彼らGIのためなんです。彼らはその身も青春も、あらゆるものを国に捧げたのに、それに対する報酬が無さすぎる! だから僕は、何か彼らの為になることをしようとして......まあ、上手くいかなかったんです」
上手くいなかった部分については、口の中でもごもご言う感じにトーンダウンしたけれど、シェルドンは再び熱を取り戻して続けた。
「でも、フォンテーン先生が解決してくれた。僕の投資が家になって、彼らGI達のためになってるんです! 僕は彼らの、役に立てたんです!」
熱のこもったその声は、私には熱病患者のうわごとか、自己陶酔のように聞こえた。
「コートニー、もう一度言うけど、彼らはその家もどきを燃やして、保険金をせしめているのよ。彼らの頭には、GIたちのお金をいかに懐に入れるかって考えしかないの。GIに対する報恩なんて、これっぽっちも考えちゃいないのよ」
私は杖をついて立ちあがると、シェルドンを冷たく見下ろして続けた。
「その登記簿はあげるわ、
私はそのまま彼をおいて、駐車場の方に歩き去った。シェルドンはそれ以上何か言ったり、私を追いかけてきたりはしなかった。