H.L. Noire   作:Marshal. K

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A Polite Invitation #8

 

 

「はい、もしもし?」

 

 昇降機(エレベーター)ホールに行くと、二台ある公衆電話の内、右側の電話機の受話器が外されていた。歩み寄って、送話口に話しかける。

 

「はい、もしもし?」

「ポルカ・オマル嬢かね?」

「ええ。そちらは?」

 

 電話線越しでも、その特徴的な声音が誰かはすぐにわかった。それでも確認のために、相手の名前を訊く。

 

「リーランド・モンローだ」

「これはまた。どのようなご用件で?」

「君と会って、話をしたいと思ってね。私は君を、とても裕福にしてやれる余裕があるのだが、どうかな?」

「光栄ですね、モンローさん。120ドルより高い月給を出してくれるなら、もっと光栄です」

 

 あたしはホールの方を振り向くと、病室からひっそりと様子を窺っていた獅白に、こっちに来るよう目で合図した。

 

「でも、少しばかり性急過ぎませんかね? 普通こういうのは、もっと段階を踏むもんでしょう? クラブのバーで一杯奢ってくれるところから始まり、次はどこかのフランス料理屋で晩餐(ディナー)を御馳走してくれて、で、それから真夜中の電話なんじゃないですか?」

「面白いお嬢さんだ。よく口が回るものだな」

「そりゃどうも」

「今晩九時頃に、私のところへ来たまえ。サンタ・モニカ大通り(ブールバード)5164番地だ。来るね?」

「ええ、喜んで伺います......では失礼します、モンローさん」

 

 受話器を置いて振り返ると、獅白はフレアも連れて来ていた。そのフレアが口を開く。

 

「で、不動産屋さんはなんだって?」

「ポルカを金持ちにしてくれるって。今夜九時、モンローの家で」

「絶対罠だよ」

「わかってる」

 

 廊下を病室に戻りながら、あたしは続けた。

 

「バカなケモノが金に釣られてノコノコ来たところを、ハチの巣にするつもりだろうよ、それくらいわかってる」

「あるいは」

 

 なぜか面白がってる口調で、獅白が口を挟んだ。

 

「一発ぶん殴って気絶させて、足をコンクリで固めてサン・ペドロに沈めるつもりかもよ?」

「どっちにしてもポルカ、あいつらはポルカを殺そうとしてるんだよ? なんでわざわざそこに......」

「モンローの家に入れるからだよ」

 

 入院着を脱いで、綺麗に畳まれていた下着を身に着けながらあたしは続けた。

 

「モンローの自宅、どう考えても証拠の宝庫だ。ピーターセンがどう頑張ったって、そんなところの令状は取れやしねえだろ? ところがご丁寧にも、招待状をくれるって言うんだ」

「招待状をくれる以上、おもてなしの準備はしっかりしててくれそうだね」

「そうだな。紅茶を一杯ってわけじゃねえだろうけど」

「あたしもついて行く」

 

 難儀しながら左腕をコートの袖に突っ込む作業を中断して、獅白の方に目をやった。石色のその瞳は、真剣そのものだ。

 

「ねねちゃんを引き取るって言っておまるんを煽ったのは、他でもないあたしだからね。これぐらいはいいでしょ?」

「ああ、願ってもないよ。お前がいれば、制服の応援が1ダースいるよりも心強いからな」

「もちろんだけど、あたしも行くよ」

 

 これはフレアからだ。

 

「一応、捜査責任者はあたしなんでね」

「いいけど。そういえばフレア、フレアの銃の腕前ってどんな感じなん?」

「二百余年の人生を、安穏と過ごしてきたわけじゃない、とだけ言っておこうか。少なくとも、ポルカよりは上手いよ?」

「あー......」

 

 獅白が何とも言えない目をあたしに向けてきた。やめてくれ獅白、その哀れむような視線はあたしに効く。

 

「一応言っとくけどな、獅白。世間一般の基準から言えば、お前とかフブちゃんの腕前が異常なだけだからな」

 

 ポルカは普通だ。世間一般の基準で言えば。

 

「そうだね。でも獣人の基準ではどっちかって言うとヘ......」

「それ以上言うなぁ!」

 

 

 

 

 

「そこで停めて」

 

 それからしばらくして、あたしはタクシーでアメリアの事務所に向かった。ウィルシェア大通り(ブールバード)沿いで、事務所のある建物から二街区(ブロック)離れたところで自動車を停めさせる。尾けられてはいないけど、念のためだ。

 

「ここでいいよ。いくら?」

「60セントです」

「お釣りはとっといて」

 

 掴み出した50セント銀貨(ハーフ・ダラー)10セント玉(ダイム)に、5セント玉(ニッケル)を一枚加えて運転手に渡した。

 歩道に降りると、すっかり日暮れたウィルシェア大通り(ブールバード)をてくてく歩いて、事務所まで向かう。すっかり秋になったロサンゼルスでは、8時前にはもう、夕焼けは地平線ぎりぎりに少し残っている程度だ。

 

「おお、さぶ」

 

 先週よりも冷たくなった秋の夜風に、あたしは身を震わせてコートの前をかき合わせて、通りを先に進んだ。

 

 

 

 建物の三階に上がると、アメリアの事務所に明かりが点いていた。そのドアの前に立ってノックをしようとして、あたしは凍り付いた。

 把手(ノブ)のネジが緩んで、真鍮製の金具全体が外れかかっている。よくよく見ればドア枠も歪んで、受け金もなくなっているみたいだ。誰かが蹴破ったんだ。

 あたしは手提げ鞄(ハンドバッグ)から9mmブローニング・ハイパワーを抜くと、部屋に向かって叫んだ。

 

「リンディ、いる!?」

 

......返事はない。

 最悪の事態が頭をよぎって、あたしは銃を構えてドアを蹴り開けた。

 

 その次の瞬間、あたしのお腹に重い衝撃が走って、あたしは廊下の向かいの壁に叩き付けられた。

 

 

 

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