「さてと、じゃあ改めて奥さんとオーナーのところに向かいますか」
測量士を乗せた
「シェルトンが言ってた歩道際の男女ってのも気になるしね......どうしたミオ」
ところが、ミオはジトっとした目をこちらに向けて、
「それはいいけど白上さんや、アシはどうするつもりなんだい?」
「うっ......」
そう、私たちが乗ってたパトカーは赤いリンカーンと一緒に市庁舎に頭を突っ込んだまま、市のレッカー車の到着を待っている。ぐしゃぐしゃのボンネットからついさっきまで白い湯気が吹きだしていたあたり、もう使えないことは明白だった。
「あう、えーっと、その......とりあえず署に戻ろっか」
「まあ、そうなるよねえ」
申し訳ねえ、と手を合わせる私にミオは、署が近くてよかったねえ、と言ってすたすた歩いて行く。
私は耳をぺたんと垂らしてとぼとぼその後について行った。
パティソンさんの家はバンカーヒルのすぐに北にある、中流向けの戸建て住宅だった。
「ここだね」
ミオが郵便受けの番地表示を確認して言う。
ポーチに上がって、玄関ドアをノックする。
「はい、どうも?」
まだ夜向けの格好をしている女性がドアを開いた。不審気にこちらを伺う。
「パティソン夫人ですか?」
「夫のことね?」
警察官
「ええ、捜査を担当しています」
「わかったわ。お入りになって」
私たちは玄関の横手にある応接セットに腰を下ろした。
パティソンさんが座るのを待って口を開く。
「事故の詳細を説明しに来ました」
「そう、ありがとう。でも、あなた方が知っていることは私もほとんど知っていることだと思うのですけど、刑事さん?」
なんだろう、なんだか違和感がある。
「彼は自動車に撥ねられた。そして死んでしまった、それだけではなくて?」
「失礼ですが」
横からミオが口をはさんだ。
「随分落ち着き払ってらっしゃいますね?」
それだ。未亡人になったばかりの女性にしては落ち着きすぎている。それに、語り口にも奇妙な自信のようなものが溢れているんだ。
「レスターと私は44年の、彼の帰休中に逢ったの。その週末には結婚していたわ」
身を乗り出して続ける。
「今の人たちにはわからないでしょうけど、当時は珍しくもなかったのよ」
「そうですか。そして今日この日までは上手くやってこれた、と?」
までは、に若干の力を入れて私が質問すると、沈黙が下りた。パティソン夫人の目がすうっと細くなる。
「......何が仰りたいのかわからないわね」
首を振って、
「そろそろお帰りになる頃だと思いますけれど。いまは他にもお客がおりますし、それに......」
「失礼」
パティソン夫人を遮る。
「そのお客もこちらに連れてきていただけますか、ご夫人」
「私は構わないよ」
不意に声が響いて、家の奥から男性が一人出てきた。濃紺の背広に明るい青のシャツ、真っ白な絹のネクタイ。
「リロイ・サボだ」
「なるほど、悲しみに暮れる未亡人を落ち着かせてくれてたわけですか。感謝します」
おちょくるようにニヤニヤ笑いを浮かべて付け加える。
「どうも、サボさん」
「どういたしまして、お嬢さん」
サボは怒りに顔を歪ませて怒気を含んだ声で答えたけど、言葉自体は丁寧な範疇に収めた。
「それで、私が答えられるような"知的な"質問がおありかな」
「ええ。まずは先ほどのパティソンさんの話ですが、お認めになりますか?」
「ああ、レスターはトランプで大負けしてたから。彼は度を失うと手が付けられなくなる質でね」
妙に芝居ががった仕草で手を振りながら、
「辺りを見ようともせずに自動車の前に飛び出したんだよ。それでお終いだ」
「それで、あなたとパティソン夫人のご関係は?」
「友人だよ。良い友人だ」
「それを信じろと?」
身体を反らせて、呆れたようにサボを見やる。
「ちょっと無理がありません?」
「あのね、私は離婚を申し立ててた*1の」
パティソン夫人が口をはさんだ。
「心理的虐待でね。レスターはその、ろくでもないヤツだったから」
「レスターさんはそれを知ってたんですか」
「いいえ。まだ伝えてなかったから」
「そうですか。お二人のランデブーの邪魔をして申し訳ありませんねえ」
主に二人の神経を逆なでするために、再びニヤニヤ笑いを浮かべてから質問を続ける。
「本題に入りますが、自動車はどんな感じでレスターさんを撥ねたんですか」
「彼が自分で、自動車の進路にまっすぐ入って行ったのよ。それだけ」
「あのねえ、ローナさん」
ミオが、これまた大げさな溜め息を吐いて言った。
「そんなのをウチたちが信じると思ってるんですか? ちょっとご都合主義に過ぎません?」
「レスターは薬中ばりの博打中毒だったから。あの時は私どころか世界中に怒鳴り散らしてたわ」
あくまでレスターさんが自分で車道に入ったという点は崩さずに、パティソン夫人は続けた。
「運転手には気の毒なことをしたわ。避けようがなかったもの」
「ひとまず、そういうことにしときましょうか」
ミオが引くのを見て、私も質問を続ける。
「
「私たちはいっつも言い合いをしているもの。それが何か」
「わざとそうしてたんじゃありません?」
不敵な――そう見えてるといいんだけど――笑みを崩さないようにしながら続ける。
「常連さん達に言い合いの内容を聞いてまわってもいいんですよ。一から十までね」
「わかったわよ」
パティソン夫人が手を振って言った。
「彼は裏でポーカーをやってたの。当然負けて、負けを取り返したがったわ」
怒りに顔を歪ませて続ける。
「それで私に賭け金を稼いで来いって言ったのよ。彼の賭け仲間には、"そういう仕事"をしてる人たちがいるからって」
歯の間からシューッと息を吐いて言った。
「だからそう、私はいつもよりも怒ってたかもね。そんな申し出は受けなかった、とだけ言っておくわ」
私が手帳に新しい矢印と文章を書きこんでいる間、応接間に再び沈黙が下りた。
「では、次を。バーテンダーからあなたとリロイが新しい商売を始めようとしていると聞いたんですが」
サボの反応をチラリと窺ってから続ける。
「資金はどう工面されるつもりなんですか」
「私には貯えがありますのよ」
「じゃあなぜ保険金の値上げをなさったんですか? 貯えがおありなら、退役軍人保険の1万ドルで十分では?」
パティソン夫人は急に天井の隅が気になりだしたらしい。そこに油虫でもいるように頻繁に目をやりながら、一つ一つ言葉を紡いでいく。
「それはその、リロイのアイデアなの。レスターはほら、際どい暮らしをしてたから......」
再びこちらに目を戻して、
「彼はいっつも喧嘩してるか、さもなきゃクラップとかピノクルとか、そういうくず博打ばかり打ってたんだもの。こうなってしまった以上、いい助言だったのは間違いないわね」
「そういうのをねローナさん、私たちは動機と故意って呼ぶんですよ」
凄んで見せたけど、パティソン夫人は嘲るような笑みを浮かべて一言で返しただけだった。
「刑事さん、これがひき逃げ事件だってことをお忘れ?」