H.L. Noire   作:Marshal. K

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A Polite Invitation #10

 

 

「ねえ、足元が寒いんだけど」

 

 正確には、寒いというより冷たいのだけれど。

 

「何か暖かい飲み物でも持って来てくれないかしら。紅茶とか?」

 

 私が座らされてる椅子の近くには、二人の男が立ち番をしていた。そのどちらも、答えてくれる気配はない。

 私、アメリア・ワトソンは今、ハリウッドの外れの丘の上に建つ、大きなお屋敷のテラスにいた。もちろん歓待されているわけではない。

 上半身をぎちぎちに縛られた上で椅子の背に縛り付けられ、M1短機関銃(トミーガン)ブローニング自動小銃(BAR)で武装した男たちに見守られながら、両足をコンクリートで固められている状態を"歓待"と呼ぶ性癖があなたにあるなら、話は別だけれど。

 

「残念ながら、君に出せるような茶葉は切らしていてね」

 

 テラスに面したガラス扉を開けて、壮年の男が出てきてそう言った。初対面ではあるものの、その顔はチラシや広告看板(ビルボード)で散々目にした顔で、その声はラジオ越しに散々聞いた声だった。

 

「こんばんは、モンロー社長(ミスター・モンロー)。お招きくださってどうもありがとう」

「礼には及ばんよ、ミス・ワトソン。君には敬意を表さなければと思ってね。君のその愚かさに」

 

 広告看板(ビルボード)で浮かべている笑顔とはまた違う、明らかな冷笑を見せながらモンローは続けた。

 

「せっかく命は助かったのだから、頭を低くしていればいいものを。また我々のことを嗅ぎまわり始めるとは、愚かという他なかろう?」

「ええ、そうね。でもそうするように、私は教わったんだもの。あなたのママに」

「口を慎みたまえ、お嬢さん」

「あら、ちょっと位いいじゃない。ご覧の通り、私は手も足も出ない状態で、もうじき死にゆく身なのよ? 口でくらい反撃させてほしいもの――」

 

 モンローが目配せすると、男の片方が私の頭にトミーガンの台尻を振り下ろした。頭蓋骨からガツンと音が鳴って、目の前に火花が飛び散る。

 

「がっ!......くぅぅ」

「コンクリートが乾くまで、後どれくらいだ?」

「30分程でしょう」

「表面が乾き次第、サン・ペドロまで連れて行け。それまでにはメス畜生の方も来るだろう。ではな、お嬢さん」

 

 ガラス扉の方に戻りながら、モンローは続けた。

 

「残り二時間程度の人生を、精々楽しむといい」

「それはどうかしら?」

 

 これ自体は、一連の私の発言と同じでただの強がりだった。そんな強がりに反応して不審げに振り向いたモンローの目の前で、一本の細身のナイフがトミーガン持ちの喉に突き刺さったのは、なんとも奇跡的なタイミングだった。

 

「ごぽっ」

 

 男が湿った音を立てて崩れ落ちるのと同時に、私の目の前を青いものがさっと横切った。血腥い臭いがつんと鼻を突く。

 一秒の後にはBARを持った――もう取り落としているので持っていた、が適切かもしれない――男も押し倒され、両手両足と喉の切り傷から血を流す中、大型の野戦用(KA-BAR)ナイフが胸元に沈み込むところだった。

 

「なっ......これは一体」

「そのまま動くな、モンロー」

 

 屋敷の横手に広がる庭園の生垣から、片手で拳銃を構えたポルカが現れてそう言った。

 

 

 

 

 

 そのニ十分ほど前。

 ハリウッドの外れの高級住宅街に、一台のキャデラックが路上駐車していた。黒い42年式61型セダンで、この界隈で見るには少々古い車種ではあるものの、磨き上げられてピカピカの車体は、この住宅街の雰囲気に自然に溶け込んでいた。

 

「そのキャディの前に停めて」

「へえ」

 

 あたしの指示に従って、運転手は47年式デソート・サブアーバンのタクシーを、キャデラックの少し前の路肩に寄せて停めた。

 

「ありがとさん。いくら?」

「2ドルちょうどです」

「うげ......」

 

 ちらっとぐらの方に目をやったものの、ぐらは頑なにあたしと目を合わせようとしなかった。

 

「......じゃあ、これで」

 

 仕方なしにポケットを探ると、1ドル札二枚と25セント銀貨(クオーター・ダラー)を取り出して、座席越しに運転手に渡した。

 

「毎度」

 

 懐の寒い思いをしながら降りて、タクシーが走り去るのを見送っていると、背後から自動車のドアが開く音が聞こえてきた。

 

「ポルカ、その人は?」

「アメリアの知り合いだって。ぐら、こっちは不知火捜査官、あたしの上司。で、あっちのスカしたホワイトライオンはポルカの......腐れ縁の獅白刑事」

「誰がスカした、だコラ」

「がうる・ぐら。ぐらって呼んで」

「よろしく、ぐら。あたしのことはフレアでいいよ」

 

 フレアとぐらが握手を交わしてる間に、獅白がこっちにやって来て言った。

 

「おまるん、良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞きたい?」

「良いニュースから」

「おまるんの予想通り、招待はワナだったよ」

 

 横手に立つ石造りの塀――リーランド・モンローの邸宅の塀だ――を指しながら、獅子は続けた。

 

「門から建物まで、庭中武装したごろつきでいっぱいだよ。見知った顔がいくつかあったから、たぶんミッキー・Cあたりから人を借りてるね、これは」

「わー、うれしーなー......悪い方は?」

「ワトソンさんが捕まってる」

 

 傍目にもわかるほどピクリと、ぐらが反応するのが見えた。

 

「屋敷の横手のテラスで、足をコンクリで固められてるところ」

「やっぱり一網打尽計画か......まだ死んではないんだな?」

「うん」

「よし......ここは住宅街だからな、いくら一軒一軒が半マイル(900メートル)近く離れてても、ドンパチやったら誰かしら通報するだろ」

「んで、汚職警官(ダーティー・コップ)たちか駆けつけてきて、あたしたちは第一級侵入罪で捕まるわけだ」

 

 フレアの皮肉な言い方に首肯して、ぐらの方に向き直る。

 

「そこで、心強い助っ人の登場ってわけ。ぐら、ナイフ使いにこんなこと訊くのは何だけど、静かに一人ずつ始末していくことってできるか?」

「静かに素早く?」

 

 ギザギザの牙のような歯を剥きだしにして獰猛な――こっわ......――笑みを浮かべながら、ぐらは続けた。

 

「それこそアタシの得手(メティエ)よ、ポルカ」

 

 

 

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