「おらぁ!」
掛け声とともに立派な観音開きのドアを蹴破ると、そこは広々とした書斎だった。リーランド・モンローは部屋の隅にある金庫の前に屈みこんでいて、手帳のようなものを取り出したところだった。
あたしは書斎の適当な方向に9mmブローニング・ハイパワーを向けると、一発ぶっ放した。
――バァン!
銃声にぎくりと振り向いたモンローの、その顔の真正面に銃口を向けてあたしは言った。
「指一本動かすなよ、モンロー。その手帳を暖炉に投げ込もうとしやがったら、脳味噌を吹っ飛ばしてやる」
金庫の横にある暖炉では書類の束がぼうぼう燃えていて、そっちはもう取り返しがつかなそうだった。
「この薄汚いケダモノどもめ、誰がこの部屋に入っていいと言った。出て行け!」
「やなこった」
あたしは短くそう返すと、モンローに歩み寄って手帳を奪い取った。
「ぐら、このおっさんをそっちの応接セットに」
「オッケー」
アメリアを応接セットのソファの一つに座らせたぐらは、あたしに応じてモンローの両脇を持って引きずっていくと、アメリアから一番遠い肘掛椅子にモンローを放った。
「ナイフを抜いたのはまずい判断ね、ミスター。出血がひどくなるだけなのに」
「うるさい、このヒトモドキが。ああ、早く医者を呼ばんか、失血死してしまう!」
「それを決めるのはポルカで、アタシじゃないの」
手帳の中身は贈賄記録だった。警察だけでもウォーレル局長、コルミャー警部補、ロイ・アール以下の汚職刑事数名の名前があり、他にもサンドラー地方検事や市議会議員数名、タイムズ紙のレイモンド社長の名前もある。金額は一回あたり三桁ドルが基本で、千ドル以上支払われている記録もあった。
「年収の四分の三ポンッとくれたら、あたしでも何でも言う事聞いちゃいそう......」
勿論、本気じゃないぞ?
「さてと、金庫の中身を拝見するか。これは......市警のファイル?」
取り出したマニラ紙の
――ロサンゼルス市警察局 カリフォルニア州
注意報告書
警本情 第 F442P34 号
ハーラン・J・フォンテーン博士の犯罪情報について
ハーラン・J・フォンテーン博士は下記詳述の通り、グレーター・ロサンゼルス郡都市圏において薬物取引に関与しているとみられる。その手法は主として、同人の精神科医としての地位を悪用し、大量の密輸モルヒネを密売人及び顧客に対し、患者への処方と偽って提供することである。――
書類の中身は、フォンテーンが麻薬取引に関与している可能性を示唆する、様々な証言や状況証拠に関する報告書だった。
逮捕された麻薬密売人が、供給元として"ドク・フォンテーン"という名前を挙げたこと。フォンテーンが三回に渡ってミッキー・コーエンと会談していること。会談の後、市内複数個所にあるフォンテーン所有の医院から、仮にその中身がモルヒネであれば、末端価格で合わせて四万ドル相当とみられる荷物が運び出され、コーエンのフロント企業が管理する倉庫に運び込まれたこと等が書き連ねられている。
その上で、報告書はこう締めくくられていた。
――本職はハーラン・フォンテーン医師を、ロサンゼルス市内の麻薬取引事案において枢要たる役割を果たす人物であり、また重要犯罪組織と深い関係性を持つ人物であると認めるものである。
本職の意見としては、この人物はより緊密性の高い監視下に置かれるべきである。その上で、同人を確実に逮捕・訴追することができる司法的状況が整うまで、これが維持されるべきであると考える。
以上
刑事部保安風紀課
部長刑事
ロイ・アール 署名
警察本部複写許可 第 号――
「これがモンローにとっての保険ってわけか。仮にフォンテーンが離反したがっても、これを見せられたら黙らざるを得ないわけだ」
金庫の他の中身は金だった。現金が二十万ドル。それから、無記名の郊外再開発基金の株券が、一万六千株分あった。これは所謂譲渡債券として、誰かを基金に引っ張り込む時に使うんだろう。
「すげえな......額面だけで二百万ドル近くもここにある。ベンソンの隠し財産なんか、これに比べりゃ紙クズみたいなもんだな」
「ポルカ」
ぐらがあたしのところにやって来て、小さな声で言った。
「おっさんの出血がだいぶマズい。質問があるなら、早くした方がいい」
「わかった......さてとモンロー、医者を呼んでもらいたいなら、先に全部吐いてもらうよ。市長との関りとか、トロイの木造住宅のこととか、全部な」
「き、貴様なんぞに止められやせんぞ。う、う、動いている金は、貴様如きにはでかすぎる」
「どんな帝国だって、いつかは滅ぶんだ。
あたしが鼻で嗤ってそう言うと、アメリアが咳払いをして割り込んできた。
「ミスター・モンロー、あなたと基金が何を企んでいたのか、ようやく私にもわかったわ。高速道路の建設予算から何億ドルも掠め取るなんて、壮大すぎてまったく考え付かなかったもの」
あたしはモンローの方に向かって、いかにもわかってるぞって感じで頷いたけど、実際にはまだアメリアから説明を受けてなかったから、あんまりよくわかってない状態だ。
「ずっと引っかかってたの、あなたの住宅地に掛けられた火災保険に。あなた達が企んでるのが保険金詐欺なら、水増しするのは再調達価額だけでいいはず。関係のない時価評価額まで水増しする必要があったのかって」
ベンソンに会いに行く道中で、アメリアが吐露していたことを思い出した。それが無ければ、アメリアも詳しく調べようって気にはならなかったかもしれない、とも言ってたな。
「でも、あったのよね。あなたが州上院に圧力をかけて、時価ベースで取得補償金を払うように変更させたから。保険会社が、自社の損失を覚悟で評価額を偽ることなんて普通ないから、ベンソンが水増しした保険証券が、取得補償金を確定させてくれるはずだったのよね?」
モンローは答えない。顔面蒼白なのは失血のせいとしても、忙しなく動く両目は、なんとか言い訳を考えようとして、考え付いていない時の目だ。
「だから放火も必要だったんだな」
あたしがその後を引き継いで続けた。
「建設予定地の土地の権利者を、土地収用が始まる前に、全部基金に変えておく必要があったから。売却を渋る人たちを追い出すために、チャップマンを使って放火を......」
「チャップマン?......ふ、ふふふハハハハハハ!」
モンローは突然、高笑いを上げた。あたしは肘掛椅子のモンローに歩み寄ると、その目の前にブローニングを突き付けて迫った。
「何が可笑しいんだ」
「チ、チャップマンなんぞではない。ほ、ほ、放火をしていたのは、フォンテーンのヤツが飼っていた狂人だ」
失血死が迫って急いているのか、モンローは止めどなく喋りはじめた。
「フ、フ、フォンテーンはあの
モンローが興奮して叫ぶと、太ももの傷口からドバッと血が溢れた。両手で傷口を押さえて、ふうふう呼吸しながらモンローは続けた。
「い、今じゃフォンテーンも、ヤツの手綱を握れとらん。ぼ、暴走列車は完全に脱線して、街中の家を手当たり次第に焼きはじめておる」
「そいつの名前は?」
「名前なんぞ知るか!」
また血が吹き出して、モンローは少し黙った。それでも銃口を眉間に近づけてやると、絞り出すような声で続けた。
「ウ、ウィルシェア地区の、害虫駆除業者に勤めとったはずだ......これでいいだろう、い、医者を呼んでくれ」
「わかったわかった、ちょっと待て......」
そう言って執務卓の上の電話機に歩み寄ろうとした矢先、ドアが激しく叩かれた。モンローの増援が来たのかと思って、ちょっとぎょっとしたけど、三回、間を置いて二回って叩き方は、事前に獅白と打ち合わせたのと同じ叩き方だった。まずいことが起きたに違いない。
書斎を横切ってドアを細く開ける。手配がかかる可能性を考えて、獅白とフレアがいることをモンローに気取られたくはなかった。
「どうした、獅白」
「
「思ったより早いな......わかった。獅白はフレアを連れて、横手からこっそり出てくれ。ポルカとアメリアとで気を引くから」
「わかった。じゃあ、後は打ち合わせ通りで......死なないでよ、おまるん」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ......ぐら、アメ」
獅白が廊下を歩き去ると、あたしは書斎の中を振り返って言った。
「モンローの犬が来た、とっととずらかるぞ。それでは
「おいオマル! この腐れ畜生めが! 医者を呼ばんかあ!」
モンローが声を限りに喚くのを背後に、あたしたちは書斎を出て、屋敷の