「
ポルカちゃんたちがモンロー邸を襲った翌日昼過ぎ、ウチはハーラン・フォンテーン医師の医院を訪れていた。午後は休診の日だったらしいけど、警察官
「ハーラン・フォンテーンだ。それで用件は何かな、刑事さん?」
執務卓の向こうからウチに客用椅子――ここの場合は患者用椅子かな――を薦めながら、フォンテーンはそう訊いてきた。
「いくつかお尋ねしたいことがありまして。先生は郊外再開発基金という団体をご存知ですか?」
「......ああ、知っている。それで?」
ちょっと不自然なタメがあったものの、不審って言うほどじゃない。ここはまだ、自然に話を続ける段階だ。
「登記簿によるとコートニー・シェルドンという男性が、先生と一緒に出資登記されてます。彼をご存知ですか?」
「ああ......知っているよ。彼は私の弟子だったんだ」
「だった?」
時制に違和感を感じて聞き返すと、フォンテーンは動揺したような表情を浮かべた。執務椅子の上で、落ち着きなく体を揺すっている。
「破門なさったとか、そう言う事ですか?」
「いや、その......言葉の綾だよ。言い間違いだ」
「そうですか。ところでシェルドンさんは今朝、死体で発見されました」
そこで言葉を切ってフォンテーンを見つめると、フォンテーンは執務椅子の上でもぞもぞ身体を動かしてから言った。
「それは......お気の毒に。それで? 君は私が彼を殺したと、そう言いたいのかね?」
「そうは言ってませんよ、先生。ただ、シェルドンさんが亡くなっていたことを、すでに知っていらしたようにウチには思えたので」
「いいや、初耳だったね」
「そうですか......」
手帳を見返すフリをして、間を開ける。まだ質問がある雰囲気を出しつつ、質問そのものを出さずに焦らす、尋問の
「死因は急性モルヒネ中毒でした。その出処について、心当たりはありませんか?」
「さてね」
フォンテーンは大げさなほどに天井を仰いで言った。
「彼は医学生だったわけだからな。後で在庫を調べさせるが、私の医院からくすねたのかもしれんし、大学から盗んだのかもしれん。あるいは路上で売人から買ったか」
「先生から見て、彼に慢性的なモルヒネ中毒の兆候などはありませんでしたか?」
「いや......いや、なかったと思うね。あったら、それこそ破門にしていたよ」
それは事実だろうし、本音でもあるんだろう。マルも常用の痕跡はなかったって言ってたし。
「検屍の結果、常用の痕跡はありませんでした。とすると、色々不自然な点が出てくるんです」
「と言うと?」
「先生はご存知だと思いますけど、シェルドンさんは
「自殺、という可能性はないのかね?」
フォンテーンが身を乗り出して提案してきた。
「それは必ずしも否定できないと思うが。戦場でのトラウマから、自ら命を絶つ退役軍人を私は何人も見てきたし......」
「検屍官は自殺を否定しています」
言下にフォンテーンの提案を退けて続ける。
「ウチたちは、シェルドンさんは何者かに殺害されたとみて捜査してます」
「......ほう」
執務椅子をゆるゆると回しながら、フォンテーンは緩慢に反応した。
「よければ、根拠を教えてもらえるかな?」
「注射された場所です。モルヒネの注射は、頚静脈から行われていました。自分で注射するときには、あまり選ばない場所ですよね?」
「まあ......そうだな」
「加えて、彼の爪の下に繊維片が残っていました。注射される際に抵抗したようです......どうされました、先生?」
「あ? ......いや」
フォンテーンは――おそらく無意識に――自身の左腕に目をやった。赤い毛織りのセーターの左腕に、若干のほつれが見える。
「いや、なに......君が私を疑っているのがはっきりしたのでね」
「ウチが? なぜですか」
「見ての通り、私の袖がほつれているからね。シェルドンくんの詰めの下から赤い毛糸が見つかっている以上、君が私を疑うのも道理と言うものだ」
「毛糸?」
胸の内でちょっとほくそ笑みながら、ウチはそれが表情に出ないようにしながら続けた。
「ウチは繊維片とだけ言いましたけど。赤い毛糸なんて、詳しいことは言ってないんですけどね」
「それは......」
「フォンテーン先生、よければ続きは署の方で伺いたいんですけど」
「待て、待て待て」
ウチが患者用椅子から立ち上がると、フォンテーンも慌てて立ち上がりながら言った。
「違うんだ、脅されただけなんだ、私は」
「脅された。誰にですか?」
「リーランド・モンローだ。証拠もある」
そう言って、フォンテーンはウチの背後にある書類
フォンテーンは棚からマニラ紙の
「これを見てくれ、ここにモンローからの指示がある」
書類挟みをめくると、エリシアン・フィールズ不動産開発のレターヘッドが押されたメモが何枚も綴じ込まれていた。それはモンローがフォンテーンに、放火を命じた動かぬ証拠になるものだった。
ただ、シェルドン殺しに関する指示はない。それでも、思わぬ証拠を差し出されたウチはついそれに夢中になってしまった。
一番最後に綴じ込まれていたカルテに目を通そうとしたところでウチの耳が、何かが風を切る音を拾った。反射的に書類挟みを放り出して後頭部を覆うと、腕に衝撃が、次いで全身に爆発したような感覚が走って、目の前が真っ白になった。
「うああああああぁぁぁ!!!」
絞り出すような悲鳴を上げているのがウチ自身だと気が付いたのは、額が絨毯にぶつかるのを感じた後だった。
「そろそろ着くはずなんだけどな......」
盗んだキャデラックのハンドルを握るあたしは、一向に終わりの見えない道の先を見ながら、思わずそう独り言ちた。未舗装の道をかれこれ30分近く走っていて、いかに高級車キャデラックといってもそろそろお尻が痛くなってきたころだ。
「もう着くはずよ。あれを見て」
後部座席から、アメリアが身を乗り出して言った。その指の先を追うと、暗闇の中に一基の風車が見えた。牧場の井戸とかによく使われてるやつだ。
「やっとか。いてくれるといいんだけどな」
「いなくてもいいんじゃない?」
アメリアが
「こんな人里離れたところだもの。証拠を探すにはうってつけだと思わない?」
「まあ、そりゃそうだけど」
逮捕して自白を録れればそれが一番早いって、あたしは思うんだけど、探偵さんはもっと慎重らしい。そんなことを考えてる間に、前方に朽ちた柵と門のようなものが見えてきた。