思った通りの餌に食いついてくれて、フォンテーンは胸の内でほくそ笑んだ。目の前の女刑事は警戒心が高かったものの、モンローの関与を示す決定的な証拠を見せてやれば、数瞬でもそれに心を奪われるだろう、という読みは大当たりだった。
彼女がファイルを繰っている間に、フォンテーンは足音を立てないように――高級で毛足の長い絨毯が、それをさらに容易にした――移動すると、興奮した患者を鎮圧する最終手段として用意してあった
患者用椅子の背後に回って警棒を振り下ろすと、ミオは最後の一瞬に反射神経を見せつけて打撃を防いだものの、電撃までは防ぎきれなかった。
「うああああああぁぁぁ!!!」
肺の中の空気を全部絞り出すような悲鳴が上がって、ミオは体をくの字に折り曲げた。それを追いかけて、警棒をしっかり彼女の右肩に当て続ける。
たっぷり5秒数えてから警棒を離すと、ミオは椅子から崩れ落ちて、床の上で横になって丸まった。
フォンテーンはそこに追い打ちをかけるように、もう一度警棒を押し当てた。ミオの体はビクンと痙攣したものの、もう悲鳴を上げることもできなかった。
再び5秒数えると、フォンテーンは警棒を脇に放ってミオを仰向けにして、表情を確認した。両目は開いているものの、琥珀色の瞳は焦点を合わせようと小刻みに動き続けている。もっとも、瞳孔が完全に収縮してしまっているから、どう頑張っても何も見えないだろうが。
頬を叩いたりつねったりして、概ね意識が消失しているのを確認すると、フォンテーンはミオの
心臓への道筋を確認すると、フォンテーンは一旦その場を離れて診察室の奥へ向かった。薬箪笥や寝椅子の置かれたその部屋には、一振りの太刀が飾られていて、フォンテーンはそれを手に戻ってきた。
ミオの上に馬乗りになり、鞘から抜いた太刀をその胸に突き立てようとしたまさにその時。
――ガチャーン!
執務卓の背後にある巨大な見晴らし窓が、粉々に割れた。驚いて振り向いたフォンテーンの目の前で一人の大男が、蹴破った見晴らし窓から室内に躍り込んできた。彼は一気にフォンテーンの許へ駆け寄ると、大きな両手をその首に掛けた。
「うおおおぅぅ......」
フォンテーンは悲鳴を上げようとしたものの、強大な握力が気管を潰してそれを妨げた。窒息で意識を失うよりも早く、フォンテーンは自らの頸椎が粉砕される音を聞き、それが彼の、この世での最後の記憶となった。
「この世は全て、仮初めなんです、先生」
男は、首がありえない角度に曲がって息絶えているフォンテーンを見下ろしながら、そう呟いた。
「あなたの罪は、来世で赦されるでしょう......」
「先生? どうされました?」
診察室と前室を繋ぐドアがノックされて、秘書がドア越しに声をかけた。男はぎょっとして慌てて逃げ出そうとして、床の上に倒れているミオに目を留め、困ったような表情を見せた。
彼は自らの
「ポルカ! ポルカぁ!」
牧場に建つ大きな家は、人が住んでいる痕跡はあったものの明らかに無人だったので、勝手にお邪魔して中を調べさせてもらっていた。あたしと、アメとぐらの二手に分かれて、あたしが明らかに使われていない寝室群を調べていると、縦に広い居間を挟んで反対側の部屋からアメリアの悲鳴じみた声が聞こえた。
慌てて駆けつけると、アメリアは一番奥の部屋の入口で固まっていた。アメリアを支えているぐらも、部屋の中を凝視したままその場に凍り付いている。
「アメリア、どうした?」
「これ......これ」
てっきり死体でも見つけたかと思って部屋の中を覗き込んだあたしは、二人と一緒に絶句した。
その部屋は、大量の
暗い部屋の中、懐中電灯の明かりに照らされた鶴たちは異様としか形容しようのない雰囲気を湛えて、あちこちから吹き込む隙間風に揺られていた。
「これは......千羽鶴か?」
「センバヅル?」
「日本のおまじないみたいのもんだ......鶴の
「千羽......あってもおかしくなさそうね」
アメリアが部屋の中を見回しながら言った言葉には、あたしも同感だった。流石に数えはしないけど、千羽あったとしてもおかしくないほどの量だったんだ。
「ちょっと気味悪いけど、ここが活動の場なのは間違いねえな」
「そうね。鶴以外に何があるのか、見てみましょう」
不気味な鶴の大群をかき分けて、部屋の中に入る。鶴は吊られているだけじゃなくて、床にも机の上にもたくさん散らばっていた。
「暇さえあれば鶴を折ってたって感じだな......放火の現場でも折ってたわけか」
モレッリ邸の火事や、その後の放火現場でフブちゃんが拾った鶴たちも、そんな感じで折られた一羽だったんだろう。
「それにしても、ホントに鶴ばっかだな......あ、こりゃなんだ?」
壁に貼られた大きな青い紙が、あたしの目を引いた。それはこの部屋にある中では数少ない、折られてない紙だった。
「これは......
張り出されていたのは、ダウンタウンに降った雨水をロサンゼルス川に放流するための雨水渠の見取り図だった。
「この家にいねえなら、ここに隠れててもおかしくなさそうだな」
「ポルカ、ちょっと」
部屋の反対側から、さっきとは違って落ち着いた声でアメリアが呼んだ。
「これ。この写真を見て」
アメリアが見ていたのは、壁に掛けられた一葉の写真だった。鬱蒼とした森を背景に、十人ほどの野戦服の男たちが並んで写っている。
あたしは、その中でも一際背の高い男を指して言った。
「こいつが、ポルカたちが探してる南部男かな?」
「たぶんね。ポルカ、彼が持ってるのが何かわかる?」
「いや、わからん」
他の男たちのほとんどは、手に手に
「火炎放射器よ。隣の部屋に実物があったわ」
「火炎放射器?......しかも持って帰ってるのか」
「よっぽど思い入れがあるみたいね。で、これがコートニー・シェルドン」
アメリアは火炎放射器の男の隣に立っている、他より少し背の低い青年を指した。目が深く落ち窪んでいて、さながらイースター島の石像のような写真写りになっている。衛生兵らしく他の連中よりたくさんのポーチを持っていて、代わりに武器は拳銃だけらしい。
「そしてこっちがジャック・ケルソーよ」
眉の太い、精悍そうな顔立ちの男を指して、アメリアはそう締めくくった。
「こいつはシェルドンと同じ部隊だったんか。フォンテーンとの繋がりはそこか」
ここの住人が一連の放火の実行犯とみて、まず間違いなさそうだった。そしてそいつの行き先も見当がついた。
あたしは鶴の森を抜けて居間に出ると、