H.L. Noire   作:Marshal. K

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A Different Kind of War #4

 

 

「はい、不知火捜査官」

「あたしだ、ポルカだ」

 

 あたしはまず、郡裁判所庁舎(ホール・オブ・ジャスティス)のフレアの直通番号にかけた。これなら電話交換室のネズミどもに盗み聞きされる可能性は低い。電話会社まで息がかかってたらどうしようもないけど。

 

「信頼できる副保安官と一緒に、ランチョ・リンカーンの農家に来てくれ。保護と護送が必要な証人がいる」

「わかった。晩ご飯食べたら見に行くよ」

 

 能天気な声音での回答に一瞬面くらったけど、どうやらオフィスに誰か――信頼できない誰か――がいるらしいってすぐに気が付いた。なら、あたしが気にする必要はない。

 

「それと1番街橋の下にある放流路に、ピーターセンを寄越してくれ。たぶん、あいつが必要になる」

「そうだね。その柄でいいんじゃないかな」

 

 わかっちゃいるけど、一々電話口でずっこけそうになるな、これ。

 

「じゃ、探偵さんは頼んだぞ、フレア」

 

 返事を聞かずに掛け金(フック)スイッチを叩いて電話を切ると、あたしは続いてウィルシェア警察署の電話番号を廻した。呼出信号が鳴っている間に、自分がつい先日まで勤めていたことを思い出して、慌ててハンカチーフを取り出して受話器にかぶせる。

 

「あぶねえ、ホプキンズ警部補が出たりしたら流石にバレる......」

「はい、ロス市警(LAPD)ウィルシェア署です」

 

 ホプキンズ警部補だった。心臓が跳ね上がったものの、努めて落ち着いた声で受話器に話しかけた。

 

「不知火捜査官、地方検事局(LADA)。火災犯課の白上刑事をお願いします」

「少し待て」

 

 あたしの身分詐称がバレなかったかどうか、自信はなかった。警部補の声は事務的なまんまだったけど、あたしに手配がかかってるのを知ってて、あえて知らんぷりをした可能性もあるし。

 かなり待たされて身の危険を感じ始めたところで、受話器が持ち上げられて相手が出た。

 

「白上、火災犯課(アーソン・スカッド)

「フブちゃん。あたしだ、ポルカ」

 

 フブちゃんは電話の相手がフレアだと思ってたからだろうけど、電話越しでも息を呑む気配が伝わってきた。

 

「はい、そうです。それで用件はなんですか、捜査官」

 

 フブちゃんは取り澄ました声でそう言った。フレアに続いてこちらも、近くに信頼できない誰か――たぶん警部補だろうけど――がいるらしく、こっちがフレアの体で話を続けている。

 

「放火犯の居所の目星がついた。ロサンゼルス川の雨水渠だ。1番街橋の下にある放流路で合流しよう。いいか?」

「わかりました。それと、こちらからも一つ。大神刑事が失踪しています」

「ミオしゃが......?」

 

 失踪? 一体どういう......

 

「白上は該451被疑者による207だと思料しています。場所的に、雨水渠に一緒にいる可能性が高いです」

「わかった。じゃあ現地で」

 

 電話を切って、ちょうど鶴の部屋から出てきたアメリアに向かい合った。

 

「フレアが部下を連れてここに来る。アメリアはここで、そっちと合流してくれ」

「でも......」

「アメ」

 

 不服そうなアメリアをぐらが遮った。

 

「気持ちはわかるけど、今のあんたははっきりいって足手まといだよ。アタシはアメの杖の代わりにも銃の代わりにもなるけど、同時に両方をこなすのは難しいし」

「こっから先は、脳味噌よりも銃の方がものを言う段階だからな。後々証言台(スタンド)に立ってもらうためにも、アメリアはここで外れてもらうぞ」

「......わかった」

 

 アメリアはぐらを促して、暖炉の前にあるぼろぼろのソファに座ると、こちらを真っすぐに見据えて言った。

 

被告人席(ドック)の彼を、証言台から眺めるのを楽しみにしておくわ。グッド・ラック、ポルカ」

「楽しみにしててくれ」

 

 

 

 

 

「あれ、これって......」

 

 シェルドンの死体が発見された日の夕方、私は南リノ通り256番地に捜査用車のハドソンを停めた。殺人課のラスティ・ギャロウェイ刑事に呼び出されたからなんだけど、パトカーや検屍局の寝台車が並ぶ路肩に見覚えのある自動車が駐まってたんだ。

 

「やっぱり。これ、私のクライスラーだ」

 

 小豆色(マルーン・レッド)の46年式クライスラー・サラトガは、私の私物だ。今はミオが捜査用車として使ってるんだけど。

 

「ミオが死体を見つけたとか、そんなのかな......どうも、ラスティ」

 

 二階建ての個人医院(クリニック)――フォンテーン医師の医院の一つだ――の玄関から出てきたラスティに、挨拶して続ける。

 

「誰が亡くなったんですか?」

「フォンテーン医師だ。ここの診察室で、首の骨をへし折られてな」

 

 脂ぎったくっさい煙を漂わせている安葉巻で、医院の方を指しながらラスティは続けた。

 

「秘書によると、最後に医師と面会したのはオオカミ刑事だそうだ。だが、お前さんのクライスラーはそこにあるのに、本人はここにいない」

「いない? ミオはここにいないんですか?」

 

 イヤな感覚が、ぞわぞわっと背中から後ろ頭に這い上がってきた。ラスティはそんな私を気にしない様子で、玄関の方に誘いながら続けた。

 

「ああ、いない。秘書によると頭の禿げた大男――ここの患者らしいんだが――が、オオカミを抱きかかえて走り去るのを見たそうだ」

「現場を、見せてください」

 

 震える声でそう言うのが、私にはやっとだった。宙に浮いているような、少しでも気を抜いたら地面を突き抜けて永遠に落ちて行ってしまいそうな感覚に襲われていて、それを耐えるのに精いっぱいだった。経験から言うと、これは失神の前兆だ。

 それで私の顔色はすっかり悪くなってたらしくて、ラスティはしばらく心配そうに私の表情を見ていたけど、やがて医院の方に葉巻を振って言った。

 

「こっちだ。入って左に行って、その一番奥だ」

「どうも、ラスティ」

「しばらく一人にしてやろう。精神科医とのプライベートな会話を楽しむと良い」

 

 ラスティなりの気遣いだったのかもしれない。あるいは単に、失神する女の近くにいたくなかっただけかも。後者の方がラスティらしい気がした。

 何にしても私は、ラスティに言われた通りの道を辿って無人の秘書のデスクや、看護婦詰所(ナース・ステーション)を兼ねているらしい前室を通り抜けて、その診察室に足を踏み入れた。

 

 

 

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