「うわあああぁぁぁ!!!」
片手で
「ポルカぁ!」
私の呼びかけは、水槽の下から響いてきた大きな水音で遮られた。
私は梯子を一番下まで滑り降りた。着地――というか着水――と同時に大きな波が立って、さっきのような水音が響き渡る。水槽の水位は、もう肩のあたりまで来ていた。
「ポルカ! 落ち着いて、ポルカ!」
ポルカちゃんはバシャバシャと波を立てて暴れていた。誰がどう見ても溺れている。振り回されてる腕をなんとか掴んで、肩を引き上げる。
「落ち着けポルカ! 暴れないで、しっかり息して!」
「げほっ! げほっ! げほっ! げっ、ひゅーっ、ひゅーっ」
「大丈夫だから落ち着いて。ゆっくり息を整えて」
実のところ、あんまり大丈夫でもなかった。水はもう、顎に触れるくらいまで上がってきている。
「大丈夫? 梯子登れそう?」
「だいじょぶ......だいじょぶ」
1インチくらいの差だけど、若干身長の低いポルカちゃんを先に登らせて、私もその後に続く。二人ともつま先から耳のさきっちょまでびしょ濡れで、上まで体を引っ張り上げるのが一苦労だった。
通路に上がって、服やしっぽを絞っていると、ポルカちゃんが咳き込みながらぽつりと言った。
「げほっ......ごめんフブちゃん、また足引っ張った」
「大丈夫だよ。あいつはしっかり倒してくれたんだし」
私はそう言って、落ちる直前にポルカちゃんが発砲した男の方を指した。
「白上は下からじゃ対処できないからね。ちゃんと当ててくれて助かったよ」
「そっか......でもフブちゃんの
「そうだね」
私は梯子を登る間、トミーガンを背中に背負っていた。そしてそのままポルカちゃんを助けに飛び降りちゃったから、トミーガンは私自身と同じくらいにびしょ濡れだった。
「それに、拳銃ももうダメそう」
「あたしのもだ」
二人の拳銃も同様だった。雷管や炸薬も濡れちゃってるだろうし、銃腔に水が入ってる状態で発砲したら、暴発してとんでもないことになっちゃう。
「それでも、こけおどしくらいには使えるでしょ。あとは、彼から銃を奪えばいいかな」
拳銃の薬室から弾を抜いて、間違っても暴発しないようにすると、私はポルカちゃんが倒した男の方に歩み寄った。
「......これ、
「フブちゃん、こっちに」
ポルカちゃんが、この男が出てきた小部屋の方に一旦入って、その中から私を呼んだ。
「なに?......うわ」
室内には、軍艦色に塗られた
他のいくつかのクレートには、とても見覚えのあるステンシル文字が施されていた。
――運送船クールリッジ積載
医療物資
合衆国第10陸軍医務部――
開けてみると、ステンシルの施されたクレートは空だった。それでも、これの中身については確信があった。
「ここ、モルヒネ強盗たちの
「みたいだな。ミッキー・コーエンが血眼になって、ついぞ自力じゃ見つけられなかったヤサが、
「たぶん、シェルドンだよ。彼はアイラ――放火犯ね――のことをとても気にかけてたみたいだから、ここのことを教えて分け前をあげようとしてたんじゃないかな」
「なるほど......」
ポルカちゃんはクレートを漁って、トミーガン1丁と装弾済みの弾倉をいくつか強奪した。
「これでいいだろ。あいつはたぶん、この先のポンプ室にいるはずだ。そこまでもう、そんな距離はないし」
実際その通りだった。ポンプ室までの道のりはあっけないほど短くて、汚職警官もマフィアもいなかった。しいて言えば、焼殺体がもう一体――ポルカちゃんも流石にもう反吐さなかった――あったくらいだ。
室内には巨大なポンプが何基も並んで、轟々と音を立てて稼働していた。この下のジャクソン貯留管に貯まった雨水を吸い上げて、さっき私たちが通ってきたサンタ=フェ・ジャクソン調圧水槽に送り込んでいるんだ。
そんなポンプの一基に、ミオがもたれかかって座っていた。
「ミオ!」
ミオを見た途端、もうだめだった。BARをそこに放り出して、私はミオに駆け寄った。
「ミオ! ミオ! 大丈夫?」
「......フブキ?」
ミオがゆっくりと目を開けて、その琥珀色の瞳で私を見た。
「ミオ! よかった!」
「うげ」
私が思いっきり抱きしめると、ミオは自動車に轢かれたカエルみたいな声を上げた。
「フブキ、くるしい......」
「ご、ごめん。ミオ、立てそう?」
「なんとか」
ミオに肩を貸して、二人で立ち上がろうとした時、ポルカちゃんが隣のポンプの向こう――一歩引いたところにいるポルカちゃんのところからは射線が通る――に銃を向けながら叫んだ。
「その場を動くな!」
「あ、ポルカ待って!」
ミオが制止の声を上げて、ポルカちゃんが一瞬こっちに視線を向けた。二人でポルカちゃんのところまで歩いて行くと、ポンプの向こうにいる人物がよく見えた。
薄暗いポンプ室で、彼は海兵隊の野戦服に身を包んでいた。頭には偽装網の付いたM1ヘルメットを被っている。そして、その背中には火炎放射器を背負っていた。両手にノズルをしっかりと握っていて、こっちに向けてこそいないものの、やろうと思えば私たち三人を丸焼きにしてしまえる状況だ。
そんな中で、ミオはポルカちゃんのトミーガンの銃口を押さえて下に向けさせた。
「待ってポルカ。この人は、ホブグームさんはウチをフォンテーンから守ってくれたの。ウチを殺すつもりなら、とっくにやってるよ」
「でもミオしゃ......」
「あんたらは、彼女を殺しに来たんじゃないのか。他の連中みたいに」
ホブグームがそう訊くと、私が口を開くより先にポルカちゃんが、ホブグームを睨みつけながら答えた。
「助けに来たんだ。他の連中とは反りがあわなくてな」
「彼女を助けに来たのか......俺じゃなくて」
最後に小さく付け加えられた言葉は、揚水ポンプの轟音の中に消えていった。落胆を含んだその言葉は、こちらに聞かせるつもりはなかったんだろうけど、生憎こっちは三人とも獣人だった。
「ああ、あんたを助けに来たわけじゃない。でも一緒に来て、証言台には立ってもらうぞ」
ポルカちゃんはホブグームに、冷たくそう言い放つと、怪訝そうな目をして続けた。
「そんな服着こんで、そんなもの持ち出しやがって。戦争はとうの昔に終わったんだぞ」
「知ってるさ。俺は俺の戦争をやってるんだ。
「ポルカ、この人は戦争で......正気を失くしちゃったんだよ」
ミオが言葉を選んでそう言うと、ポルカちゃんはそっちにぐりっと首を向けて、ホブグームに向けてたのと全く同じ視線でミオを刺しながら言った。
「だから?」
「ウチは彼の......苦しみを終わらせてあげたい」
「......フブちゃんは?」
「白上は......」
フォンテーンの医院で見た問診記録が脳裡に蘇った。タイプ打ちされた無機質な文字列になってさえ、ホブグームのトラウマは私の心を抉った。
「白上も、私もこれ以上彼を苦しませたくない」
「そっか......」
ポルカちゃんは呟くようにそう言うと、トミーガンにかかっていたミオの手を払いのけて、銃口をホブグームに向け直した。
「悪いけど、できない相談だ。あたしはこいつを捕まえる。そう約束したからな」
「待って、ポルカ!」
ミオが再び手を伸ばそうとするけれど、ポルカちゃんはそれを避けてホブグームの方に歩み寄りはじめた。
「いいや待たない。アイラ・ホブグーム、それを下において、両手を上げて後ろを向け」
「いいんです、もういいんですよ、軍曹」
ホブグームはミオの方に視線を向けてそう言った。誰かを幻視しているのか、それともミオが自分の身の上を話したんだろうか。
「本当はずっと前に、こうしておくべきだったんです」
そう言うと、ホブグームは火炎放射器のノズルを下に向けた。
そして、そのまま放出トリガーを引いた。
「うわっ!?」
ノズルからホブグームの足元にゲル化ガソリンがまき散らされると、ポルカちゃんが怯んで後ろに下がった。
「待っ......」
ミオと私が駆け寄ろうとした瞬間、ホブグームは点火トリガーを引いた。
ヘルメットの下の悲し気な笑顔は、瞬く間に轟然とした炎に包まれて見えなくなった。