H.L. Noire   作:Marshal. K

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A Different Kind of War #9

 

 

「うわあああぁぁぁ!!!」

 

 片手でM37速射散弾銃(イサカ)をぶっ放したポルカちゃんは反動に耐え切れずに、梯子からサンタ=フェ・ジャクソン調圧水槽へと落ちて行ってしまった。ケガをした左腕だけじゃ体を支え切れなかったみたいだ。

 

「ポルカぁ!」

 

 私の呼びかけは、水槽の下から響いてきた大きな水音で遮られた。

 私は梯子を一番下まで滑り降りた。着地――というか着水――と同時に大きな波が立って、さっきのような水音が響き渡る。水槽の水位は、もう肩のあたりまで来ていた。

 

「ポルカ! 落ち着いて、ポルカ!」

 

 ポルカちゃんはバシャバシャと波を立てて暴れていた。誰がどう見ても溺れている。振り回されてる腕をなんとか掴んで、肩を引き上げる。

 

「落ち着けポルカ! 暴れないで、しっかり息して!」

「げほっ! げほっ! げほっ! げっ、ひゅーっ、ひゅーっ」

「大丈夫だから落ち着いて。ゆっくり息を整えて」

 

 実のところ、あんまり大丈夫でもなかった。水はもう、顎に触れるくらいまで上がってきている。

 

「大丈夫? 梯子登れそう?」

「だいじょぶ......だいじょぶ」

 

 1インチくらいの差だけど、若干身長の低いポルカちゃんを先に登らせて、私もその後に続く。二人ともつま先から耳のさきっちょまでびしょ濡れで、上まで体を引っ張り上げるのが一苦労だった。

 通路に上がって、服やしっぽを絞っていると、ポルカちゃんが咳き込みながらぽつりと言った。

 

「げほっ......ごめんフブちゃん、また足引っ張った」

「大丈夫だよ。あいつはしっかり倒してくれたんだし」

 

 私はそう言って、落ちる直前にポルカちゃんが発砲した男の方を指した。00B散弾(ダブルオー・バックショット)の大部分がしっかり彼に当たったらしく、点検用通路(キャットウォーク)の上であおむけにぶっ倒れている。

 

「白上は下からじゃ対処できないからね。ちゃんと当ててくれて助かったよ」

「そっか......でもフブちゃんのM1短機関銃(トミーガン)、もう使えねえな」

「そうだね」

 

 私は梯子を登る間、トミーガンを背中に背負っていた。そしてそのままポルカちゃんを助けに飛び降りちゃったから、トミーガンは私自身と同じくらいにびしょ濡れだった。

 

「それに、拳銃ももうダメそう」

「あたしのもだ」

 

 二人の拳銃も同様だった。雷管や炸薬も濡れちゃってるだろうし、銃腔に水が入ってる状態で発砲したら、暴発してとんでもないことになっちゃう。

 

「それでも、こけおどしくらいには使えるでしょ。あとは、彼から銃を奪えばいいかな」

 

 拳銃の薬室から弾を抜いて、間違っても暴発しないようにすると、私はポルカちゃんが倒した男の方に歩み寄った。汚職警官(ダーティー・コップ)にしろマフィアにしろ拳銃はもってるだろうし、彼の傍らには大きなライフルが転がっている。

 

「......これ、ブローニング自動小銃(BAR)か。どうしてこんなところに」

「フブちゃん、こっちに」

 

 ポルカちゃんが、この男が出てきた小部屋の方に一旦入って、その中から私を呼んだ。

 

「なに?......うわ」

 

 室内には、軍艦色に塗られた木箱(クレート)が山積みにされていた。いくつかの蓋が開けられていて、中にトミーガンやBAR、弾薬箱などがぎっしり詰まっている。

 他のいくつかのクレートには、とても見覚えのあるステンシル文字が施されていた。

 

 

――運送船クールリッジ積載

  医療物資

 

  合衆国第10陸軍医務部――

 

 

 開けてみると、ステンシルの施されたクレートは空だった。それでも、これの中身については確信があった。

 

「ここ、モルヒネ強盗たちの隠し場所(ヤサ)だったんだ」

「みたいだな。ミッキー・コーエンが血眼になって、ついぞ自力じゃ見つけられなかったヤサが、倉庫街(ウェアハウス・ディストリクト)の地下だったなんてな......でも、なんで放火犯がここの地図を持ってんたんだ? こいつは先に除隊になってて、クールリッジには乗ってなかったんだろ?」

「たぶん、シェルドンだよ。彼はアイラ――放火犯ね――のことをとても気にかけてたみたいだから、ここのことを教えて分け前をあげようとしてたんじゃないかな」

「なるほど......」

 

 ポルカちゃんはクレートを漁って、トミーガン1丁と装弾済みの弾倉をいくつか強奪した。

 

「これでいいだろ。あいつはたぶん、この先のポンプ室にいるはずだ。そこまでもう、そんな距離はないし」

 

 

 

 

 

 実際その通りだった。ポンプ室までの道のりはあっけないほど短くて、汚職警官もマフィアもいなかった。しいて言えば、焼殺体がもう一体――ポルカちゃんも流石にもう反吐さなかった――あったくらいだ。

 室内には巨大なポンプが何基も並んで、轟々と音を立てて稼働していた。この下のジャクソン貯留管に貯まった雨水を吸い上げて、さっき私たちが通ってきたサンタ=フェ・ジャクソン調圧水槽に送り込んでいるんだ。

 そんなポンプの一基に、ミオがもたれかかって座っていた。

 

「ミオ!」

 

 ミオを見た途端、もうだめだった。BARをそこに放り出して、私はミオに駆け寄った。

 

「ミオ! ミオ! 大丈夫?」

「......フブキ?」

 

 ミオがゆっくりと目を開けて、その琥珀色の瞳で私を見た。

 

「ミオ! よかった!」

「うげ」

 

 私が思いっきり抱きしめると、ミオは自動車に轢かれたカエルみたいな声を上げた。

 

「フブキ、くるしい......」

「ご、ごめん。ミオ、立てそう?」

「なんとか」

 

 ミオに肩を貸して、二人で立ち上がろうとした時、ポルカちゃんが隣のポンプの向こう――一歩引いたところにいるポルカちゃんのところからは射線が通る――に銃を向けながら叫んだ。

 

「その場を動くな!」

「あ、ポルカ待って!」

 

 ミオが制止の声を上げて、ポルカちゃんが一瞬こっちに視線を向けた。二人でポルカちゃんのところまで歩いて行くと、ポンプの向こうにいる人物がよく見えた。

 薄暗いポンプ室で、彼は海兵隊の野戦服に身を包んでいた。頭には偽装網の付いたM1ヘルメットを被っている。そして、その背中には火炎放射器を背負っていた。両手にノズルをしっかりと握っていて、こっちに向けてこそいないものの、やろうと思えば私たち三人を丸焼きにしてしまえる状況だ。

 そんな中で、ミオはポルカちゃんのトミーガンの銃口を押さえて下に向けさせた。

 

「待ってポルカ。この人は、ホブグームさんはウチをフォンテーンから守ってくれたの。ウチを殺すつもりなら、とっくにやってるよ」

「でもミオしゃ......」

「あんたらは、彼女を殺しに来たんじゃないのか。他の連中みたいに」

 

 ホブグームがそう訊くと、私が口を開くより先にポルカちゃんが、ホブグームを睨みつけながら答えた。

 

「助けに来たんだ。他の連中とは反りがあわなくてな」

「彼女を助けに来たのか......俺じゃなくて」

 

 最後に小さく付け加えられた言葉は、揚水ポンプの轟音の中に消えていった。落胆を含んだその言葉は、こちらに聞かせるつもりはなかったんだろうけど、生憎こっちは三人とも獣人だった。

 

「ああ、あんたを助けに来たわけじゃない。でも一緒に来て、証言台には立ってもらうぞ」

 

 ポルカちゃんはホブグームに、冷たくそう言い放つと、怪訝そうな目をして続けた。

 

「そんな服着こんで、そんなもの持ち出しやがって。戦争はとうの昔に終わったんだぞ」

「知ってるさ。俺は俺の戦争をやってるんだ。全く別の戦争(A Different Kind of War)を、神に仕える戦争を......」

「ポルカ、この人は戦争で......正気を失くしちゃったんだよ」

 

 ミオが言葉を選んでそう言うと、ポルカちゃんはそっちにぐりっと首を向けて、ホブグームに向けてたのと全く同じ視線でミオを刺しながら言った。

 

「だから?」

「ウチは彼の......苦しみを終わらせてあげたい」

「......フブちゃんは?」

「白上は......」

 

 フォンテーンの医院で見た問診記録が脳裡に蘇った。タイプ打ちされた無機質な文字列になってさえ、ホブグームのトラウマは私の心を抉った。

 

「白上も、私もこれ以上彼を苦しませたくない」

「そっか......」

 

 ポルカちゃんは呟くようにそう言うと、トミーガンにかかっていたミオの手を払いのけて、銃口をホブグームに向け直した。

 

「悪いけど、できない相談だ。あたしはこいつを捕まえる。そう約束したからな」

「待って、ポルカ!」

 

 ミオが再び手を伸ばそうとするけれど、ポルカちゃんはそれを避けてホブグームの方に歩み寄りはじめた。

 

「いいや待たない。アイラ・ホブグーム、それを下において、両手を上げて後ろを向け」

「いいんです、もういいんですよ、軍曹」

 

 ホブグームはミオの方に視線を向けてそう言った。誰かを幻視しているのか、それともミオが自分の身の上を話したんだろうか。

 

「本当はずっと前に、こうしておくべきだったんです」

 

 そう言うと、ホブグームは火炎放射器のノズルを下に向けた。

 そして、そのまま放出トリガーを引いた。

 

「うわっ!?」

 

 ノズルからホブグームの足元にゲル化ガソリンがまき散らされると、ポルカちゃんが怯んで後ろに下がった。

 

「待っ......」

 

 ミオと私が駆け寄ろうとした瞬間、ホブグームは点火トリガーを引いた。

 ヘルメットの下の悲し気な笑顔は、瞬く間に轟然とした炎に包まれて見えなくなった。

 

 

 

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