H.L. Noire   作:Marshal. K

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Epilogue
Epilogue


 

 

「紳士淑女の皆様、本日はこの、二人の警察官にとって名誉ある式典にお越し下さり、ありがとうございます」

 

 中央警察署に隣接するロサンゼルス市警察本部庁舎。その五階に位置する大会議室は十月のこの日、叙勲式の会場として使われていた。演壇の上で喋っているのは、ロサンゼルス市長のフレッチャー・ボーロンだ。

 客席の最前列、まさに受勲者のための席に座る白上フブキ刑事は、何の感情もない視線を壇上の市長に向けていた。隣に座る大神ミオ刑事ともども、背広型の上着にスカート、チロル風官帽からなる婦人用制服に身を包んでいる。式典のため、警察官(バッジ)は左胸のやや高めの位置に付けられ、その下には従軍中に受けた勲章の略綬が並んでいた。

 カメラのストロボが絶え間なく焚かれ、大勢の記者たちが市長の言葉にペンを動かす中、フブキは半月前に地方検事局の不知火フレアと交わした会話を思い出していた。

 

 

 

 

「手打ちって、どういうことなの」

 

 郡裁判所庁舎(ホール・オブ・ジャスティス)八階の大会議室は、市警本部のそれよりもずっと広かったが、その日そこにいたのは三人だけだった。革張りの椅子の一つに座った不知火フレア捜査官は、平坦な声でフブキに告げた。

 

「そのまんまの意味だよ。訴追されるのはベンソンだけ。今回の事件の黒幕は、モンローとフォンテーンの死人二人組で、郊外再開発基金は体よく隠れ蓑にされただけ。他の役員たちは訴追されない」

 

 フレアはフブキとも、その隣に立つミオとも視線を合わせず、黒檀の立派な机に向かってしゃべり続けた。

 

「二人に口を噤んでもらうために、二人には年金付きの勲章が授与される。タイムズ紙は二人のスキャンダルについて、"誤報だったと認めて謝罪する"記事を大々的に掲載して、その上で二人を圧力に屈しなかった英雄として称える。他に何か、要望はある?」

「あるよ」

 

 フブキはフレアに詰め寄ると、ギリギリまで顔を近づけて続けた。

 

「全部公表する。何もかも洗いざらいぶちまけて、膿は綺麗さっぱり絞り出す。ピーターセン検事補の望みはそれじゃなかったの?」

「ピーターセンの望みは、地方検事になることだよ」

 

 頑なに視線を合わせずに、フレアは続けた。

 

「汚職の一掃は、そのためのカンバンに過ぎないよ。フブちゃんたちが放火犯を連れ帰ってたら、話はもうちょっと変わってたかもしれないけどね」

「それは......」

 

 言い返せずに、フブキは口ごもった。アイラ・ホブグームは自殺したが、どのみち彼女はあの場で止めを刺すつもりだったからだ。

 その後ろから、ミオが憤懣やるかたない声で訊いた。

 

「もし、ウチたちが喋ったら?」

「誰も信じやしないよ。この事件の証拠や証人の大部分は地方検事局(LADA)が――もっと言えばピーターセンが――握ってるってことを忘れてない? フブちゃんたちに与えられた選択肢は、このまま色情狂として一生精神病院で過ごすか、英雄としてロサンゼルスを去るか、その二択だけだよ」

「そんな汚い勲章なんか、私はいらない」

 

 フブキが啖呵を切ると、変わらず冷めた声でフレアが答えた。

 

「じゃあ精神病院行く? 言っとくけど、もみ消しを黙認するって選択肢は無いよ。拘束具付きのベッドと電撃警棒がいやなら、勲章を受け取って大っぴらに共犯者になってもらわなくちゃいけない。二つに一つだ。あたしは正直、どっちでもいい。お二人さんのことだからね」

 

 会議室に、鉛よりも重い沈黙が降りた。

 

 

 

 

 

「......二人にはまた、従軍歴もあります。日系の出自でありながら、彼女らは祖国アメリカのために、忌まわしき枢軸国のファシスト達と戦い、誉れ高い勲章を受けました」

 

 演壇の人物は代わって、今はウォーレル警察局長が祝辞を述べていた。市長のそれと同じくらいか、それ以上に長く、大仰な演説が続く。

 

「しかしながら悪意ある攻撃により、二人の名声は穢されることになりました。残忍なる偽善医師、ハーラン・フォンテーンは、彼のモルヒネ密売を隠蔽すべく、二人を破廉恥な性癖を持つ変質者に仕立て上げ、彼女らを社会的に抹殺しようとしたのです」

 

 若干しわがれているものの、ウォーレルの声は朗々と会議室に響き渡った。その演説が虚飾の塊だと知っている数名を除けば、列席者の誰もが感じ入らざるを得ないような、説得力に満ち溢れた声だった。

 

「それでも尚、彼女らは諦めませんでした。フォンテーンの共犯にして不動産界の貪欲なる暴君、リーランド・モンローがその卑劣な犯罪を隠すため、政治的、社会的な圧力をかけてもなお、二人は捜査を続け、遂にその紳士的な微笑の下に隠された非道なる正体を、白日の下に晒したのです」

 

 リーランド・モンローは退役軍人たちの金を懐に入れ、さらに合衆国政府とカリフォルニア州政府に詐欺を働こうとした祖国の裏切り者である。しかしその野望は自らも退役軍人にして、彼らにその名誉を貶められた英雄によって暴かれ、打ち砕かれた。それがタイムズ紙の論調であり、ミラー紙やインクィジター紙、タブロイド各紙も同調していた。

 いささか過熱気味な報道――恐らくわざとだろうが――によって、ミオもフブキも街を出歩きにくい状況が続いていた。道を歩けば口笛を吹かれ、陽気な敬礼をされ、見ず知らずの日系人や獣人たちから次々と握手を求められるようでは、ちょっとした散歩でさえ帰り着くころにはくたくたになっていた。

 

「今日、それを成し遂げた警察官に警察戦闘十字章*1を授与できることを、私は誇りに思います。合衆国に、カリフォルニア州に、ロサンゼルス市に、そしてそこに住む全ての人々に代わって、彼女らの保護と奉仕の精神に感謝を。ミオ・オオカミ刑事とフブキ・シラカミ刑事!」

 

 万雷の拍手の中、ミオとフブキは立ちあがった。式典に臨む警察官特有の無表情――少なくとも、多くの列席者はそうであると認識した――で、演壇のあるひな壇の上に登る。

 大判の星条旗とカリフォルニア州旗の前で、ウォーレルが二人の制服の胸、軍から贈られた略綬の列の下に、青いリボンで吊られた十字のメダルを留めた。

 

「おめでとう、刑事」

 

 ウォーレルが笑顔で手を差し出し、フブキも笑顔でそれを握り返す。

 

「ありがとうございます、局長」

 

 二人の握手の様子は、数百の稲妻が同時に落ちたようなストロボの嵐で照らされた。後年の研究者は、この時の二人の目が全く笑っていないことを指摘している。

 授与の感想を述べるため、フブキが演壇に立った。多くの警官――ほとんど見知らぬ顔であるものの、カラザース検屍官、ピンカー技師、レアリー警部やビコウスキー刑事などの顔も見られた――からの喝采を受けながら、フブキの胸に到来していたのは虚無感だった。

 彼女がこれから述べる感想も、市長や警察局長の演説と同じ虚飾の塊に過ぎない。自分たちの人生のために死人の顔に――塗られて当然の物とはいえ――泥を塗り、中身のない栄誉を受ける。どこをとっても自分たちと、ボーロンやウォーレルとの間に違いを見出すことができなかった。

 

 しかしフブキが口を開いたとき、列席者たちはその言葉から、彼女の胸の裡の虚無感を感じ取ることはなかった。

 

 

 

 

 

 1948年が訪れると、ロサンゼルスには様々な変化があった。

 47年11月のロサンゼルス郡地方検事選挙では、民主党候補のレオナルド・ピーターセンが共和党候補に大差をつけて圧勝した。現職で共和党候補だったドナルド・サンドラーは、10月に州司法長官*2代行就任の打診を受け、地方検事選挙を辞退した。突然かつ直前の辞退に共和党側はまともな候補者を用意することができず、ピーターセン圧勝の原因の一つとなった。

 48年1月からピーターセン地方検事配下となったロサンゼルス郡地方検事局(LADA)には、エルフの姫君と呼ばれたハーフ・エルフと、彼女が引き込んだ獣人の捜査官補の姿はなかった。

 

 カーチス・ベンソンは連邦と州に対する詐欺と共同謀議で起訴されたものの、有罪答弁を行い、モンローがマフィアを使って脅迫したという主張も認められたため、求刑も判決も寛大な物だった。彼は二年程度を連邦刑務所(アルカトラズ)で過ごし、十年以内に州立刑務所(サン・クエンティン)の門から出て来れるだろう。しかし彼は会社を解雇され、株券は紙屑と化し、配当金に相当する額の罰金刑も併科された。

 州議会は取得補償額の見直しを迫られ、高速道路建設はまたもや延期されることとなった。

 

 ロサンゼルス市警察(LAPD)では密かな動きが進んでいた。連邦捜査局(FBI)州警察(CSP)がジャック・ドラグナやミッキー・コーエンを脱税――マフィアやギャングを挙げるお決まりの手段――で検挙する動きを察知するや、ウォーレル局長は秘密裏に犯罪組織課(ギャング・スカッド)を設立。ギャング検挙の動きを、少なくとも形だけでも取っていた証拠を残そうとした。初代課員の中にはライオンの獣人刑事や、その助手のフェネックの制服巡査の姿があった。

 

 英雄たちは街を去り、故郷メイン州の田舎町で署長職に就いたが、カリフォルニア州でその消息を知る者はほとんどいなかった。1月の半ばには、大衆の感心はすでにマンテル空軍大尉の墜落事件*3に移っていた。

 

 

 

 

 

 ベンジャミンはバー・カウンターの上の、空になったパイント・グラスを眺めていた。もう一杯呑みたいところだったが、懐具合が心許なく、注文するか席を立つか迷っていたのだ。

 彼はカリフォルニア火災生命保険の従業員だったが、社内で麻薬を売りさばいていたのがバレて解雇されていた。今の彼は一泊25セントの木賃宿(フロップ・ハウス)住まいで、物乞いと麻薬密売――主に後者――が生業だった。そんな彼にとってビール1パイントの料金60セントは、なかなか大金だった。

 と、むっつりとグラスを見つめていた彼の前に、ビールで満たされたパイント・グラスが一杯滑ってきた。

 

「頼んでないぞ」

 

 ベンジャミンがそう言うと、顔なじみのバーテンは肩をすくめて答えた。

 

「あちらのお客さんからだ。"試供品"のお礼だと」

 

 バーテンの指す方に目をやると、杖をついた金髪の女が店から出て行くところだった。酒と麻薬のやりすぎですっかり悪くなったベンジャミンの視力では、それが誰なのかさっぱり見当がつかなかった。

 

 

 

 

 

「いいわ、出して」

 

 アメリア・ワトソンは路肩に待たせていたタクシーに戻ると、運転手にそう言った。キャバナーズ・バーの前に停まっていたデソート・サブアーバンのタクシーが動き出し、アリソ通りをアラメダ通りの方に向かい始めると、運転手ともども後部座席で待たされていた鮫の獣人が言った。

 

「んで? ニューヨークに帰ってくるのはいいけど、仕事のアテでもあるの?」

「ないわ」

 

 アメリアはさらりと返して続けた。

 

「探偵を続けよっかな、って考えてるところ。ちょうどあなたはお巡りなんだから、免許とか諸々はあなたをアテにしてるんだけど」

「無理ね。アタシ、バッジは返しちゃったから」

「辞めちゃったの?」

 

 タクシーがアラメダ通りを北上し始めた。目的地はもうすぐそこだ。

 アメリアの怪訝そうな問いかけに、ぐらはじろっとアメリアは睨んで答えた。

 

「誰かさんが、アタシのパトロンを失脚させちゃったからね」

「それは......ごめん」

「週給30ドルぽっちじゃ、とてもじゃないけどアッパー・イーストに住み続けられないでしょ? だからもっと割のいい仕事を見つける必要があったし、実際に見つけた」

「それは?」

 

 アメリアの問いかけにぐらは目を合わせず、ロータリーをのろのろ進むタクシーの車窓からユニオン(ステーション)の駅舎を眺めながら答えた。

 

「......私立探偵(PI)

「あなたが?」

「悪い?」

 

 彼女がコートの下に隠し持っているナイフ並みに鋭い声で、ぐらは刺すように返した。

 

「悪いなんて言ってないわ。その......助手を募集中だったりしない?」

「そっちの手は足りてる。市警の賃金基準に不満がある人達を何人か雇ったから」

「そう......」

「着きましたよ」

 

 駅の正面玄関に付けて、タクシーが停まった。アメリアはちらっとメーターを確認して、荷物分のチップ込みでも2ドルでいいな、と判断した。

 

「ただ、共同経営者(パートナー)が欲しいかな、とは思ってる」

 

 タクシーから降りようとしたアメリアに、ぐらは相変わらず目を合わせずに言った。

 

「探偵の仕事がわかってて、アタシと気心が知れてて、いざって時に連帯責任を取ってくれそうな人が」

「足が悪くて片目が見えなくてもいいなら、是非応募したいんだけど」

 

 アメリアがそう言ってから、ゆっくりと運転手の手を借りて自動車から降りると、ぐらはその後ろからひょいっと飛び降りた。駆け寄ってきた黒人ポーターに、運転手が開けたトランクを指し示し、切符を見せて25セント銀貨(クォーター・ダラー)を渡すと、アメリアの方を笑顔で振り返って言った。

 

「じゃあ、汽車の中で面接といこうか」

 

 

 

 H.L. NOIRE

 

 Fan Fiction Originated by L.A. Noire and Hololive

 

*1
ロス市警で二番目に名誉ある勲章

*2
司法長官は公職であり、前任者の任期満了までは長官代行が職務を代理する。通例、長官代行は次の選挙で正式に長官に就任することが多い

*3
海軍の実験気球を追いかけて飛行不可能高度に達し、失神して墜落した。偵察気球は当時の最高機密であり、海軍が公表したがらなかったため、当初この事件は謎に包まれたセンセーショナルな事件として扱われた

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