「今日の当直検屍官は誰ですか?」
ウィルシェア警察署に隣接するウィルシェア救急病院に入ると、あたしは当直の衛生主任にそう訊いた。金網の張られた受付デスクの向こうから、制服に白衣を羽織った主任が答える。
「クリッパー検屍官だ。この時間はまだ、霊安室で解剖中だろう」
「どうも」
ダウンタウンの
おまるんがいるところでは絶対に言わないけど、この薄暗い、消し切れない死の匂いが沁みついた廊下が、あたしは苦手だった。なんとなく心細い思いをしながら、霊安室の重いドアを開けて中に入った。
浅黒い肌のクリッパー検屍官は、その肌の色より若干濃いめの焦茶の背広に黄色の毛織のベストを合わせていた。背広の上着は目下、部屋の入り口の衣裳掛けに掛かっていて、検屍官は替わりに白衣を羽織っていた。袖口に血が若干飛び散った痕がある。
二台の解剖台に横たわっている、Y字切開を施された死体を見て、あたしは言った。
「昨日の、ウェストレイクの下宿の
「ああ、あの二人ならちょっと前に終わって、閉じたばっかりだよ。いま、処置室で解剖助手が清拭してるはずだ。担当?」
「そう。所見は?」
「ナイフによる刺殺だな。直接的な死因は失血死、二人ともだ。頸部に、恐らく腕による扼痕が見られるが、その上で胸部を一刺ししてとどめを刺している」
「首を絞めて、たぶん意識を奪ってからってこと?」
「そうだろう。鑑識課には行ったか?」
「いま、おまるんが行ってる」
話してる間に手袋を捨てて手を洗っていたクリッパーは、書類挟みの一つを取り上げると、挟まれた写真の一つを見せながら説明してくれた。
「向こうで実物を見せてくれるだろうが、このクッションが肝だ。クッションを胸に当てて、その上から刺している。創口に羽毛の一部が入っていたから間違いない。相手に意識がある状態でこういうことをするのは、難しかろう」
「そうだね。凶器は現場にあった?」
「いや、無かった。刺切創から見るに、刃渡り4インチ程の、折り畳みナイフか飛び出しナイフだろう。金物店とかで買える、よくあるタイプのやつだ」
「なるほどね」
「それと、メイドの方は首を絞められたときに抵抗したらしい。紺色の繊維が爪の下に残っていたよ」
「てことは、犯人は――少なくとも袖の部分が――紺色の、袖にほつれのある上着を持ってる?」
「そう言えるだろう。無論、もう繕ったりつぎを当てたりした可能性もあるが」
「あるいは、捨てた可能性もね」
「そうだな」
あたしがメモ帳に色々な可能性をメモする間、霊安室にはちょっと沈黙が下りた。
「......これでよし。死亡時刻は?」
「昨夕4時ごろだ。二人ともそう間をおかずに殺されているが、現場で検屍したマルが言うには、現場での血の固まり方を見る限り、女主人が先に殺された方に一票だそうだ」
「固まりきってなかったの?」
「らしいな」
「ふうん......現場から凶器は出たの?」
「さあな......」
クリッパー検屍官はそう言って、手許の書類をぱらぱらめくった。
「......ふむ、現場で凶器らしいのが出たら、鑑識課から成創検査の依頼が来るだろう。私の手元にはないから、見つからなかったんじゃないかな」
「まあ、おまるんに訊けばいいか......ありがとね、タイリー」
「どういたしまして」
「血が固まりきってなかった?」
ウィルシェア警察署に戻ると、おまるんは署の廊下に据え付けられたベンチの一つに座って、なにか考え事をしてるみたいだった。それを横から邪魔して、クリッパーから聴いたことを説明すると、おまるんは開口一番そう言ったんだ。
「マルがそう言ってたらしいよ」
「ふうん......」
「おまるん、そっちの説明」
「おっと、悪りい悪りい」
おまるんがメモ帳をめくって、鑑識課で聴いてきたことを説明し始めた。
「レイ自身はいなかった。ダウンタウンの方で婦女殺しがあって、そっちの現場鑑識に出てるんだと」
「それたぶん、今朝フブちゃん達が割り振られてたやつだよ」
「ポルカもそう思う。ともかく、レイがいなかったから所見は聴けなかったんだけど、モノと写真は見てきたぞ」
「続けて」
「メイドのそばに血の付いたクッションが放り出してあった。片面に血がべっとりついてて、刺し傷が二つあった。綺麗な側にも、刃器の血を拭ったらしい痕があった。血液型は検査中だそうだ」
「タイリーの所見と一致するね。血飛沫対策かな?」
「たぶんな。それから、短い黒っぽい髪の毛が採取されてる。
「エドワードの髪かも?」
「それは本人に会ってみないとな。それから、聞いて驚け......」
おまるんは、なんだかひどく得意そうな顔で続けた。
「レイが見つけたらしいんだけど、
「ミレーの落穂拾いだね」
「それだ。それが扉みたいに開くんだそうだ。その下に立派な壁金庫が埋め込んであるんだと」