「誰の足だったんですか?」
「アンナだった。彼女がいつも履いてるスリッパが見えて......貧血でも起こしたのかと思って、様子を見に行ったんだ」
「それから?」
現場の様子を思い出してか、クラレンスはぶるりと身震いした。
質問をし、メモを取りながら、あたしがクラレンスに抱いた印象は"小心者"だった。人を二人殺してお金を盗もうなんて、たとえ思いついても実行に移せる胆力があるとは思えない。
ただ、そんな人物がなにかのはずみで一線を超えてしまうことも、殺人課にいればよく目にする光景だった。だから予断は禁物だ。
「様子を見に行ったんだ......アンナが倒れてて......胸から、血がたくさん流れてて......」
「それから?」
ラミちゃんに何回も同じことを訊かれたからか、具体的な質問を出さなくても、先を促すだけでクラレンスは様子を話してくれた。これなら後から弁護士のアホに、誘導尋問がどうだ利益供与がこうだと騒がれなくて済む。
「警察に電話しようとしたんだ。廊下には共用の公衆電話があるけど、ポーター夫人の居間にも電話があったから、部屋に入った。そしたら奥の方で
言葉は尻すぼみに消えていった。
「それから?」
「それから、居間の電話から通報したよ。それでおしまいだ」
「ふむ。で、"落穂拾い"の裏の隠し金庫からお金を取ったのは、いつ?」
露骨にあたしから視線を逸らしていたクラレンスは、がっくりとうなだれた。
「あのね、あんたからさっきまで話を聴いてたお巡りさんがそこにいるでしょ? 変なごまかしをしたってすぐわかるんだから、彼女に話したことは洗いざらい話すこと。いい?」
「わかったよ......最初は盗むつもりなんてなかったんだ。ただ、ポーター夫人があそこに何かしら隠してるのは知ってたから、ちょっと覗いてみようと思って。それで開けてみたら......」
「開けてみたら?」
「......お金がたくさん入ってた。二万ドルか、三万ドルくらい。それに株券だか国債だかもいっぱいあった」
「で?」
「......魔が差したんだ。どうせこの隠し場所のことを知ってる人間なんて限られてるから。ポーター夫人は死んだし、天涯孤独だって聞いてたし、盗っても誰も困らないと思って」
「盗んだんだね?」
「ああ......」
手帳のページをぱらぱらめくって、今までメモした内容を見返した。筋は通っている。
彼は紺の上着を着てないし、領置された所持品にも、凶器になりそうなナイフはなかった。仮にラミちゃんとラドクリフ巡査が現着する前に、それらを首尾よく始末したんだとしても、それなら金と証券類もどこかに隠せるだろう。
あたしはしばらくメモ帳をながめてから、居心地悪そうにもじもじしだしたクラレンスに訊いた。
「あんたはどうやって、隠し金庫のことを知ったの?」
「去年の今頃かな......俺の部屋はあの居間の上にあるんだ。窓からモカンボの紙マッチを落としちゃって、下の花壇を探してた時に、ポーター夫人が金庫を開けるところをたまたま見たんだ。たぶん、俺が外にいることに気付いてなかったんだと思うけど」
「それで、お金がそこにあるのを見た、と」
「いや、見てないよ。遠すぎたし、
すっかり観念しているのか、クラレンスに嘘を吐いているような兆候は見られなかった。クラレンスの背後のおまるんも、特に口をはさむ様子はない。
「なるほど。じゃあもう一つ。さっき、隠し金庫のことを知ってる人間は限られてるって言ってたよね。あんたの他に、誰が知ってるの?」
「まあ......あれを見た後、もう一人の止宿人にそのことを話したんだけど、彼はもともと知ってたみたいだった」
「それは誰?」
「ニック・サムナーっていう、なよっとした感じの男だ。ブロードウェイ・ダウンタウンで、飾りつけか何かの仕事をしてるって聞いてる。先週からラス・ヴェガスかどっかに出張に行ってて、まだ帰ってきてないけど」
"なよっとした感じの男"はクラレンス自身にも当てはまると思ったけど、それは口に出さずに質問を続けた。
「他には?」
「死んだアンナもたぶん知ってたと思う。それくらいじゃないかな......いや、待って」
手を口に当てて、クラレンスは何事か思い出したようだった。
「半年くらい前、友人と呑んだ時に、彼にも喋ったかもしれない」
「それは?」
「いや、いや、彼に限って強盗殺人なんてするはずないよ!」
ぶんぶん手を振って、クラレンスは言った。
「いいやつだ。大学で法学をやってて、検事になるんだって言ってた。正義感が強いんだ。こんなことに関わり合いになるなんて思えない」
「本当にそいつの正義感が強いんならな、」
おまるんが壁から離れて、そう言いながらクラレンスの肩に手を置いた。大きくはないけど、ドスの効いた声を耳元で囁く。
「あんたがポルカたちに、そいつの名前をしっかり教えることを望むと思うけどな? お?」
「......わかったよ。でも、あいつはやってないと思う。それだけは言わせてくれ」
「わかったよ。で、名前は?」
「ロッド・シムズ。ダウンタウンの、フラワー通りのアパートメントに住んでるって聞いたけど、番地までは聞かなかったな」
あたしはそれをメモすると、手帳をぱんと閉じて椅子から立ち上がった。
「質問は以上です。エドワード・クラレンス。故エレノア・ポーター夫人に対する重罪窃盗で告訴します」
「じゃ、俺は殺してないって認めてくれたんだな?」
「まだだよ」
椅子から腰を浮かせたクラレンスの肩を、おまるんがひっつかんで座らせた。
「保留してるだけだ。捜査の結果あんたがやったってなったら、その時はしっかり第一級殺人で告訴してやる。楽しみにしとけ」
「でも、俺はやってないんだ!」
「どうかな。ラミィ、こいつを留置場に戻しといてくれ」
「それが終わったら、玄関まで来て」
あたしは、おまるんからラミちゃんへの指示に付け加えた。
「正義感が強いシムズさんに、一緒に話を聴きに行こう」