電話が鳴って、私は目をさました。
頭をふるふると振ってしゃっきりさせようとする。カーテンの隙間からアパートメントに射し込む日の明るさからして、9時は回っているようだ。
なんとか寝室から這い出て、一向に鳴りやむ気配のない居間の電話機のもとへ行く。
「ふぁい、もしもし......」
「シラカミ巡査ですか?」
相手は事務的な、知らない女性の声だった。
すぐに目が覚めた。階級をつけて呼ばれるということは、警察絡みのことで間違いない。
「はい、白上です」
「私は
検事局と聞いて、ずっしりと胃が重くなった。聴聞の話だろう。
監察官聴取は終わっていたけど、
「明朝10時よりあなたの聴聞を行います。5分前までに地方検事局にお越しください。場所はおわかりですか」
「はい。郡裁判所の中ですよね?」
「そうです。受付で証票を提示して、聴聞に来たと言ってください。廷吏が案内します」
「あの」
「なにか?」
「制服で行ったほうがいいですか」
言ってしまってから、なんともまぬけな質問だと思って恥ずかしくなった。
捜査官はしばらく黙ってからこう言った。
「私服で構いません。もちろん、バッジの無い制服でもいいとお考えならそれでもいいですが」
「片付いたね」
「なんとかね」
ミオとふたりでパトカーに寄り掛かってぼうっと現場を眺める。
ウェストレイク貯蓄融資銀行の前にはパトカーと救急車がぎっしりと駐まっていて、ある種の"統制された混乱"の中にあった。巡査と衛生巡査が忙しげに行きかい、検屍官の部下の副保安官たちが死体を調べて記録を取っている。
先ほどまで、私とミオの二人は検屍官に付いて射殺した死体の説明を行っていた。
説明が終わると検屍官は私たちが執行射撃に使った銃、つまり私の拳銃とミオがパトカーから持ち出したショットガンを副保安官に回収させた。
「フブキ、たぶんあれだよ」
そして私たちは人待ちをしてたんだけど、どうやらお相手のお出ましらしい。
その自動車は42年式の黒いスチュードベイカー・コマンダーで、捜査用車におなじみの赤色
ドアが開いて濃紺の背広の男たちが二人降りてくると、現場にいる警察官たちが――副保安官たちも――一斉に動きを止めて、暗い感情のこもった目つきで二人を見つめた。
ドブネズミのお出ましだ、と巡査の誰かが呟いた。
二人は現場をさっと見回すと私たちに目を留め、ずんずんと歩いてきた。
「シラカミ巡査とオオカミ巡査?」
「そうです」
ミオが毅然と答える。
「
「はい」
ミオが答え、私も監察部員――たぶん警部補だ――に向かって頷いた。
「シラカミ巡査、声に出しなさい」
「はい、初めてです」
「よろしい。では市警規則に則り、ここで君たちのバッジと銃を預かる」
衝撃が体を走り抜けた。足から力が抜けて、地面に膝をつきそうになった。
いや、規則は知っている。警察官が被疑者を射殺した場合には監察官聴取まで自宅待機になって、その間警察官
それでも実際に"バッジと銃を預かる"と面と向かって言われた時に、ここまでショックを受けるとは予想外だった。
「それって......ウチたちは停職処分ってことですか......?」
ミオが震える声で聞いた。
「違う、自宅待機だ。ツィンマーマン巡査が君たちをウィルシェア署まで護送する。以降はホプキンズ警部補の指示に従うように。監察官聴取まで市外への外出を禁ずる。その必要がある場合には、事前に監察部に連絡して許可を求めるように」
監察部はそこでちょっと表情を変えた。
「誰にでも初めてというものはある。この現場にいる警官の大半は、今君たちが置かれているような立場になったことがあるはずだ」
監察部の後ろに控えるツィンマーマン巡査が不快そうな顔を浮かべつつも小さく頷くのが見えた。
「だから考えすぎないことだな、巡査。自分たちのやったことが正当だと思えるんなら、自信をもって監察官にそう言うことだ。私からは、それ以上は言えん」
震える手でバッジのピンを抜いて制服のシャツから取り外し、監察部に渡す。
ミオもバッジを、拳銃入れから取り出した警察標準リボルバーと一緒に渡した。
監察部は一つ頷くと後ろを向いて言った。
「ツィンマーマン巡査」
「はい、警部補」
「二人を護送しろ。わかっていると思うが、護送中は交談禁止だぞ」
「了解しました」
監察部は検屍官の方へ歩み去り、ツィンマーマン巡査はついてくるよう合図してスチュードベイカーを先導してきたパトカーの方へ歩き出した。
あの時、一体どうやってアパートメントまで帰ってきたのかよく覚えていない。
あの後のことは映画のダイジェストのようにしか思い出せない。重苦しい沈黙が下りた車内――監察部は交談禁止を命じるまでもなかった。誰も喋るような気分ではなかったから――、物憂げなホプキンズ警部補の指示、署内の同情的な視線、昼間の路面電車......
あれからミオに会っていない。ホプキンズ警部補は"手続き的なことで何も心配はいらない"って言ってはいたけど、二人で会ったり電話で話したりするのが聴取や聴聞で不利になるんじゃないかと思うと、どうしてもできなかった。
私が馘になるのは全然構わない。でも、ミオまで巻き添えにするのは......
「でも会いたいよ、ミオぉ......」
自分が随分甘えん坊なことに自分でも嫌気が差す。
それでもベッドに戻ると枕に歯を立て爪を立て、ほとんど泣き寝入りするような形で、私はまた眠りに落ちた。