「......次、シラカミとオオカミ。新しい事件を任せる。女性が二人、飲酒運転被疑事案だ。だた、被疑者は一服盛られて殺されかけたと言っている」
朝の会議室で、レアリー警部がウチたちの方を指して言った。
フブキが控えめに手を挙げて聞く。
「現場はどこですか」
「聞いて驚け、署の向かいだ」
「はあ?」
開いた口の塞がらないウチたちに、レアリー警部が笑いながら続ける。
「シェビー*1・スタイルラインが崖から飛び降りて、そこの1番街とヒル通りの角にあるコーラ・キングの
「はえ~、ホントだ」
二人で署の玄関から交差点の方を眺める。スタイルラインかはわからないけど、青い自動車が
カメラのストロボが瞬いて、現場写真係が仕事をしているのがわかる。
「ほらフブキ、いつまでもここで口開けてないで、行くよ」
「おっとっと、待ってミオ」
署の前に駐めてある、修理から戻ってきたビュイックの捜査用車に乗って、看板のある丘を回り込むように1番街を西に進む。
オリーブ通りの方に右折してちょっと行くと、パトカーが路肩に停まっていた。巡査がこちらを捜査用車と見分けて――赤色
砂利道をガタガタ進んで行くと、現場保存バリケードがいくつも立てられたところに着いた。
バリケードの一つに鼻先を付けてビュイックを駐める。
「ねえ、あの人見たことある気がするんだけど」
ウチはバリケードの内側に駐まっている"
テールゲートに女性が一人腰かけていて、フブキはそっちに目をやるとああ、と呟いた。
「ジューン・バラードだね、"アマゾンの戦士"でターザンの妹役を演ってた。マカフィー元警部と結婚したんじゃなかったかな。マカフィーはベガスに移っちゃったけど......」
まだ続きそうなフブキのゴシップを途中から受け流して、崖際のレッカー車の横で下を眺めている巡査に話しかける。
「オオカミ、交通課」
「ゴンザレス巡査です」
「エンリケ・ゴンザレス?」
フブキが横から口をはさんだ。
「ミドル級元チャンプの?」
「そうです」
「市警にいたんだ。知らなかったな」
「フブキ、ストップ。ゴンザレス巡査、説明を」
放っておくとサインを求めだしかねない勢いになったフブキの頭をはたくと、ゴンザレス巡査に向き合う。
「自動車はあそこの空いてる駐車ロットから走ってきて、この何もないところから下に落ちたって感じです。彼女が――」
救急車の方を指して、
「――言うには、映画監督が一服盛って、彼女と友人を殺そうとしたらしいんですが」
「ケガ人は?」
「運転手は見ての通り。打撲はありますがピンピンしてます。同乗者はジェシカ・ハミルトン、ありゃまだ子供ですよ。彼女は怪我がひどくて、中央救急病院に運ばれました」
「治りそうなの?」
「大丈夫だと思いますよ。この辺りを見て回るんなら、救急車は留めときますが」
「そうして。ありがとう」
勾配の急な小径を辿って、
どんな時でも頼りになるマルコム・カラザース検屍官がこちらを見ると、先頭を行くフブキに話しかけた。
「やあシラカミ刑事、トランクの上におもしろいものを置いてるよ。良いもの、とは言えんがね」
トランクの上には緑色のマットが敷いてあって、その上にハンドバッグと白い布が置かれている。
「へ~え」
ウチにはそれが何の布かわからなかったけど、フブキはすぐに察したらしく微妙な声を上げて布をつまみ上げた。
一方、広げられたそれを見たウチはつっかえつっかえの発言になってしまう。
「うえっ!? そ、それっておパ......」
「パンツだね」
フブキがためらいなく言った。
それは白地に青い花柄が入った、女性用の下着だった。左の腰の部分とクロッチが引き千切られている。
「手でちぎったみたいだね。マル、これどこで見つけたの」
「同乗していた若いお嬢さんのハンドバッグに入っていた」
ふーん、と言うなりフブキはそれを顔に近づけるとすんすんと匂いを嗅いだ。
ウチは固まった。検屍官も固まった。現場写真係はこちらを見てなかったらしく、動き回る音とバシッとストロボを焚く音が続いていた。
「精液の臭いはしないね」
「......あ、ああ、その痕跡はない。一応持って帰って検査はするが」
マルが何とか我に返って言った。
フブキはとてつもなく重たくなった場の空気に気が付かないのか、パンツの残骸を置くとそのままハンドバッグを調べ始めた。
「手紙だ」
フブキは口紅やらなんやらの中から一枚の便箋を抜き出すと、広げながら言った。
ウチも肩越しに覗き込む。
「"可愛いジェシー、どうか、どうか、お願いだから帰ってきて......"」
「これはお母さんからの手紙みたいだねえ」
「みたいだね。発送元は、ウィスコンシン州ミルウォーキー。ずいぶん遠くから出てきたんだな」
手紙をたたんで鞄に戻すと、フブキは検屍官に向かって言った。
「あのぐしゃぐしゃのボンネットを見る限り、死んでてもおかしくなかったと思うんだけど、なんで軽傷で済んだの?」
「意識がなかったんだろうな。身体から力が抜けていると、外力に対して高い柔軟性で対応できるんだ」
「じゃあやっぱり飲酒運転かな」
「たぶん違うな」
ウチの推測を検屍官がばっさり切り捨てる。
「なんで?」
「これだよ」
検屍官が取り出したのは頭だった。ハンドボールくらいの大きさで、濃いこげ茶に白で模様が描かれている。
「インディアンの干し首を模したものだな。石膏でできてるし、映画の小道具の類だろう」
「で、これが何か関係あるの?」
「アクセルペダルを床に固定するための、楔として使われていた。外す前にロジャーが写真を撮ってある」
現場写真係の名前を挙げて、続ける。
「誰であれこれをやったやつは、ご婦人方に死んでほしかったと見えるな」
「ありがとう、マル。ミオ、運転手の話を聞きに行こうか」
「ねえフブキ、さっきはなんであんなことしたの?」
小径を崖の上に戻る道すがら、フブキに尋ねる。
「あんなことって?」
「その、パ、パンツの匂いを嗅いだじゃんか」
「だって、千切れてたんだよ?
「よしフブキ、考えてみよう。男の刑事が被疑者――どうやら被害者みたいだけど――の女性のパンツの匂いを嗅いだ。それを傍から見ててどう思う?」
「変態だと思う」
即答だ。
「そう。それがさっきのフブキを見たウチの感想。たぶん検屍官も同じ意見だと思うけど」
「そっかそっか......そっかぁ~......」
フブキは小径の途中で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。
「どうみたって白上変態じゃん......やらかしたぁ~......」
人間だったら耳まで赤くなるところなんだろうけど、フブキには赤くなるような耳はない。かわりに白いキツネの耳が頭にぴったり張り付くように伏せられていて、本人の羞恥を表している。なんだこの可愛い生き物。
「大丈夫だって! ほら、ロジャーは見てなかったみたいだし、マルはこういうのを言いふらすような人じゃないってフブキも知ってるでしょ?」
「知ってるけどさあ......白上にも一応体面というか、そういうのが......」
「あの、刑事?」
ハッと顔をあげると、ゴンザレス巡査が若干当惑気味の顔で立っていた。そりゃまあ、刑事の一人が顔を覆ってしゃがみこんでいたら当惑するわな。
「なに、巡査」
「救急医がかなり焦れてきてます。あの救急車は警察のじゃないもんで、そろそろ聴取を始めてもらえると......」
「わかった、すぐ行く」
ゴンザレス巡査が行ってしまうと、フブキがようやくのろのろと立ち上がった。
「お、立ち直れた?」
「とにかく、たぶん
「ふーん、でもほっぺがまだちょっと赤いぞお?」
「言うなあ!」