H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Fallen Idol #2

 

 

「マカフィー夫人、いくつか質問をしてもかまいませんか?」

 

 私は救急車のテールゲートに腰かけている、オレンジ色の服装の女性に話しかけた。正直まだほっぺが赤いんじゃないかって気はしてたけど、救急車が行ってしまう前に仕事はしなきゃいけない。

 

「ジューン・バラードよ。旧姓の方が好きなの。私の演った作品をご存知?」

 

 マカフィー夫人、もといバラードさんが危なっかしくテールゲートから立ち上がった。

 失礼にならない程度に、微かに鼻を動かす。お酒の匂いはする。でも匂いのわりに、バラードさんは酔いすぎているように見える。目を細めているのは眠たいのか、瞳孔が開いていて眩しいからなのか、ちょっと判別がつかない。

 どっちにしても一服盛られたというのは確かそうだ。

 

「いくつかは。何があったか説明してくれますか」

「ねえ、あなたお巡りさんにしては可愛らしいわね」

「かっ、かわっ!?」

 

 顔が再び真っ赤に染まるのが、自分でもよく分かった。

 

「真面目さんみたいだし。あら、顔が真っ赤ね」

「まだ事故の影響が強いようですね、マカフィー夫人?」

 

 口をぱくぱくさせて何も言い返せなくなった私を見て、バラードさんがクスクス笑う。

 一方ミオが咳払いをして、私に代わって質問を始めた。すまん、ミオ。私はまだ穴があったら入りたい気分だよ......

 

「一服盛られたと巡査に主張したそうですね。誰に盛られたのか、心当たりはありますか」

クスリとお酒のカクテル(ミッキー・フィン)よ、あのネズミ野郎。私、ひどく眠たくて......なにも思い出せないわ」

「捜査中の警察官に隠し事をすると、それも犯罪になるんですよ、奥さん(マーム)

 

 なんとか頑張って口をはさむ。

 酔っぱらっているからか、ジューン・バラードは女優という職業のわりに、嘘が顔に出ていた。

 

「ジューンって呼んでって言ったでしょう。なんだかお婆ちゃんみたいな気分になっちゃうもの」

 

 私のほっぺを撫でようとしたバラードさんの手をやんわりと払いのけると、バラードさんはまたくすくす笑ってから続けた。

 

「それに、あなた方の手を煩わすまでもないわ。マーク・ビショップには夫が仕返しをするでしょうから」

「マーク・ビショップ?」

 

 ミオがオウム返しに聞く。

 

「ええ、そうよ」

「その人物に、こんなことをされる覚えがあるんですか?」

「映画監督よ。彼のことはただ、私と夫に任せてくれればいいわ」

「それでも二重殺人というのは普通じゃありませんよ。あなたとそのビショップさんの間に何があったんですか」

 

 バラードさんは少し考え込むような風で――といっても、薬の影響でどれだけまともに考えられているのかわかんないけど――言った。

 

「ビショップはね、私に自分の映画への出演をオファーしてきたの。そしてその後撤回した。本当のところね、私たちは取引しようとしたの。それで彼に圧をかけたら、この様よ」

 

 言い方は自虐的だったけど、その声には紛れもない怨みが見て取れた。鎮静剤(トランキライザー)かなにかの影響下にあることを考えると、遺恨は深そうだ。まあ殺されかかったんだから当然ではあるかな。

 なんとか落ち着きを取り戻してきたので、ミオがメモを書き終わるのを待って私が質問を出した。

 

「同乗していた若い女性について教えてくれますか」

「ジェシカ・ハミルトンよ。可哀想なジェシカ、彼女にとってはひどい日になっちゃったわね。彼女は映画の役を得ようと死に物狂いなのよ」

「......他には?」

「これ以上言うことがあるの?」

「事故の前に何かあったんでしょう?」

 

 薬の影響か、消えないうすら笑いを浮かべているバラードさんの目を真っすぐに覗き込む。

 

「ハンドバッグの中に入っていたハミルトンさんの下着は、どうみても引き千切られてます。何もなかったと考える方が不自然でしょう」

「彼女は役を欲しがってたのよ、だから紹介してあげたわ。その後にあったことは彼女とマーク・ビショップの問題で、私の知ったことじゃない」

 

 またマーク・ビショップだ。彼女はビショップさんに擦り付けをしようとしてるんだろうか?

 いや、そのために薬を服んで崖から自動車で飛び降りるのは、あまりにも危険すぎる。

 考え込んだ私に代わって、ミオが次の質問をした。

 

「あなたの自動車から干し首の模型を見つけました。映画の小道具のようですが、なにか心当たりはありますか」

「あなたは知らないかもしれないから言っておきますけど、私は役者なのよ」

 

 誇るように胸を張って続ける。

 

「そして役者は小道具とか舞台とか、そういうものには関わらないものなの。マーク・ビショップは小道具小屋を持ってるんだから、彼に聞いてみるべきね」

 

 気を悪くしてるようだけど、これは単に隠し事云々というよりは自分の仕事に対するある種のプライドから来るものみたいだ。

 

「ご協力ありがとうございました、マカフィー夫人。ゴンザレス巡査が中央救急病院まで付き添います。もし他に思い出したことがあれば、巡査に知らせてください」

「すぐによくなるわよ。私が弁護士と一緒に文屋とおしゃべりしたら、すぐにうちに帰るわ」

「マカフィー夫人、あなたはまだ薬物の影響下にあるんです。もうじき離脱症状で辛くなってくると思いますよ」

 

 なので病院で安静に、と言おうとした私をバラードさんが遮って言った。

 

「あなた、かわいい顔して薄情なのね。お近づきになれて光栄でしたわ」

 

 憤然としてそう言うと、脇で煙草を何本も灰にしていた救急医に救急車を出すように合図した。

 

 

 

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