「KGPLから2K11。2キング11、
捜査用車を空き地からオリーブ通りに出したところで、無線電話がカリカリと引っ掻くような音を立てて呼び出しを始めた。
フブキが送話器に手を伸ばして応答する。
「2キング11です、
「2K11、衛生主任から伝言です。自動車事故の被害者が意識を取り戻した。場所、中央救急病院。短時間であれば聴取可能。伝言は以上」
「2K11了解。今から向かう旨、中央救急病院に通報願います」
「KGPL了解。以上KGPL」
「......目を覚ましたみたいだね。よかった」
送話器を置いてフブキが言った。
「でも、たぶん離脱症状があるんじゃない? 聴取を短時間に区切ってるのもそのせいだろうし」
対向車の流れの間に割り込むようにして、1番街に左折して続ける。
「バラードさんも途中からどんどん機嫌が悪くなっちゃったしね」
「うーん、それもあるし話の内容も考えると、どんどん気が重くなってくるな......」
それはそうだ、とウチは頭の中で同意しつつ、ビュイックを中央警察署前の駐車スペースに停める。頭から離れない破れたパンツのことを振り払うようにエンジンを切って、フブキに声をかける。
「ほらフブキ、お仕事お仕事」
「......そうだね」
ふーっと鼻から息を吐いて自動車から降りる相勤を待って、歩を進める。
署には入らずに横手にあるピロティ形式の通路を抜けると、中央救急病院と署の兼用駐車場に出た。救急外来の玄関はここに面している。
中に入ると、警察医を見つけてフブキが話しかけた。
「すみません先生、白上刑事です。自動車事故で運び込まれた若い女性を担当してるのは誰ですか?」
「私だ。彼女は意識を取り戻したようだが、まだ大して思い出せないんじゃないかな。薬の影響からまだ脱し切れていないようだし」
「一服盛られてたんですね?」
「間違いなくね。私は抱水クロラール*1だと睨んでいる。それと、暴行を受けた紛れもない痕跡もある。彼女はまだ未成年なのに」
警察医がやり場のない怒りを声ににじませる。
「法定強姦*2を隠すために二重殺人を目論んだ、ってこと?」
ウチはそう声に出して、すぐに付け加える。
「やっぱりしっくりこないなあ。
「7年の他にも失うものがあるなら、話は変わってくると思うけどね」
フブキは何やら考え込むようにそう言うと、警察医に病室の場所を聞いてその場から離れた。
「気分はどうですか、ジェシカさん」
"ジェシカ・ハミルトン"と殴り書きされた紙がドア脇のプレートに挟まれているのを確認すると、フブキが声をかけながら病室に入った。
「ましになったわ。まだ頭がふわふわするけど」
「ジェシカさん、ウチは大神ミオっていいます。警察官です」
ベッドわきの丸椅子に腰かけて、やさしく聞こえるように努めながら声をかける。
「事故のことで色々聞きたいことがあるんだけど、大丈夫そうですか?」
「あの......大丈夫よ」
「まず、どんなことを覚えているのか、思い出せる範囲でいいから教えてくれる?」
「昨日のことはなんだかぼんやりしていて......何もなかったわ、昨日は何もなかった」
ゆっくりでいいからね、と付け加えようとしたけど、ハミルトンさんはやや食い気味に答えた。ちょっとぼんやりした感じの声とは裏腹に、目線はあっちにこっちにと目まぐるしく動いている。
「ジェシカさん、嘘を吐くのはダメですよ」
「嘘じゃないわ、昨日は何もなかったの!」
「ハミルトンさん、覚えているなら話してもらわなくちゃいけません」
ウチの背後からフブキが言った。感情を排除した、冷たい声だ。
「破れた下着を見つけました。何が起きたのか、説明してもらわないといけません」
「辛いだろうけど、あなたにとってもウチたちにとっても、大事なことなの。ゆっくりでいいから、ね?」
「......お医者様が教えてくれたわ、私が何を、されたのか」
シーツの端をぎゅっと握って、ハミルトンさんはゆっくり話しだした。
「こんなことしたかったわけじゃないの。私はスターになりたかった、映画に出たかっただけなのに」
語尾を震わせたハミルトンさんが一度息をついて続ける。
「ジュニー伯母さんに話したの。何をされたのか。そうしたら伯母さんは、"慣れなさい"って。スターの座はタダじゃないんだって」
「ジュニー伯母さんのフルネームを教えてくれる?」
「ジューン・バラード。ハリウッドの女優なのよ」
「あのクソババア、自分の姪っ子に枕営業なんかさせたの!?」
ウチは喉元まで出かかった冒涜的な言葉をなんとか飲み込んだけど、
「ジュニーのせいじゃないの! 私も初めてじゃなかったし、故郷に彼氏がいたの。でも、お父さんに見つかっちゃって、その、してるところを」
手紙によれば、"お父さんも怒っていない"らしいけど、本当かは疑わしい。
「あのねジェシカ、あなたがどう思っているにせよ、あなたはまだ未成年なの。枕営業をするのもさせるのも、どっちも犯罪なんだよ。ウチたちはご両親になにがあったか、説明しなきゃいけないの」
「その必要はないわ。両親はジューン伯母さんのことを信じて、送り出してくれたから」
大嘘もいいところだ。ミルウォーキーで書かれた手紙には、ジューン・バラードへの不信感も綴られていた。バラードさんは妹と、恐らくその旦那さんからも嫌われているようだった。
「ハミルトンさん、私たちは手紙を読みましたよ。あなたは家出人ですよね」
その指摘に目をそらすのを見て、フブキはさらに畳みかける。
「あなたを保護して、ウィスコンシン州警や地元当局に引き渡すこともできます、向こうでも探してるでしょうから。ただ、もし私たちの捜査に協力してもらえるなら、あなたの意志を尊重しようと思いますけど」
「......ジュニーと一緒に変なところに行ったの。場所はよく覚えてないけど」
本当なのよ、とフブキの方に念押しして続ける。
「誰かが私に飲み物をくれたの。緊張してるみたいだねって言って。それを飲んだら、めまいがして、その後気絶したんだと思うわ」
「場所は思い出せないんですか」
フブキが一歩踏み出して圧をかける。
「お願い、本当に怖いの。あの後のことを考えるのは。あの時のことを思い出させないで」
「ちょっとフブキ」
「大丈夫、ここにはもう、そこにいた人達はいないから。安心して」
震える肩に手を置いて、ゆっくりさすってあげる。
「ゆっくりでいいから、なにか特徴的なこととか印象に残ったこととか、些細なことでも思い出したら教えてくれる?」
「......人魚がいたわ」
「人魚? 映画の大道具かなにかかな」
「建物よ。大きな人魚の前に自動車が停まったの」
看板だろうか。あるいはモニュメントの類かな。でも、ハミルトンさんの様子を見るに、これ以上は無理そうだった。
「ありがとうジェシカ。ウチの名刺を渡しとくね。なにか思い出したり、聞きたいことがあったら電話して」
「ありがとう、そうするわ」
「それと、体調が良くなるまでは地元に戻ってた方がいいと思うけど」
「そんなことできないわ、お巡りさん! 役が回ってきたとき、この街にいなかったらどうするの!」
「ジェシカ! ほら落ち着いて、叫んじゃだめだよ」
病室のドアがぱっと開いて、さっきの警察医が入ってきた。
「聴取は終わったんでしょ? それならさっさと出てくれ、ほらほら!」
警察医はウチたちを病室の外に追い立てると、鼻先で勢いよくドアを閉めた。