H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Fallen Idol #4

 

 

「ふぅー......」

 

 昇降機(エレベーター)のドアが閉まって籠がゆるゆると1階に下り始めると、私は大きく溜め息を吐いた。怒らせ気味になっていた肩から力が抜けて、すとんと落ちる。

 

「思った以上にきつかった......風紀課とかには行きたくないな」

「確かにきつかったけど、どの課もきついことはいろいろあると思うよ。殺人課の近親者告知とか」

「それは確かに。でも性犯被害者の聴取って、他の被害者の聴取と比べると......」

 

 チン、と到着ベルが鳴ってドアが開くと、ちょうど目の前を見覚えのあるオレンジの服が横切って行った。あのクソババアだ。

 

「フブキ、見た?」

「見た、向こうは全然こっちを見てなかったけど。一緒にいた背広は誰だろ」

「ウチは弁護士だと思うよ。彼女を迎えに来たんじゃないかな」

「わざわざ?......尾けようか」

 

 玄関のドア越しに駐車場を窺うと、ジューン・バラードとミオが弁護士と見当をつけた男が、空豆色の自動車に乗り込むところだった。39年式のリンカーン・ゼファーだ。

 リンカーンが駐車場から出ると二人で走って、署の前に駐めていた捜査用車に乗り込む。ミオが素早くエンジンをかけて、シボレーの前に割り込むようにして1番街の交通に乗った。

 

「間に三台。ちょうど理想的だね」

「朝っぱらで助かったね、自動車が多くて。......それにしてもあんなに急いでどこに行くんだろ」

 

 リンカーンはスプリング通りとの交差点を右折して、南へと向かった。

 ミオもその後についてスプリング通りにビュイックを走らせる。

 

「あれ、まだ剥がさないのかな」

 

 ミオが言ったのは、通りに張り渡された連邦下院議員選挙の横断幕のことらしい。いかにも愛国的な三色で構成されていて、候補者の名前――NIXON(ニクソン)*1――がでかでかと掲げられている。

 彼は去年11月の選挙で、現職で民主党のボーリス議員を破って当選した。今頃はボーリスが引き払ったキャピトル・ヒルの議員事務所で、月末の開会式に向けて準備をしているところだろう。

 

「尾行がバレてるのかな?」

 

 リンカーンが3番街に右折して元来た方角に戻ろうとすると、ハンドルを握るミオが言った。

 

「いや、気づいてないっぽいけど警戒はしてるみたいだね」

 

 リンカーンはその後信号を無視して、警笛(ホーン)と罵声の嵐を浴びながら大通り(ブロード・ウェイ)に左折した。

 

「フブキ、サイレン使おう」

「ほい」

 

 赤色投光器(スポットライト)を点け、サイレンのスイッチを小刻みに入れたり切ったりして、交差点の自動車にだけ聞こえるようにする。

 これまた抗議の警笛(ホーン)を浴びつつも、ミオは捜査用車を大通り(ブロード・ウェイ)に曲がらせた。

 

「あれ、停まってる?」

 

 空豆色のリンカーンは、大通り(ブロード・ウェイ)と4番街の交差点の手前で路肩に寄せて停まっていた。後部座席からオレンジ色のクソババアが降りて、歩道沿いの喫茶店(カフェ)に入っていく。

 

「ミオ、そのシェビーの後ろに停めて」

「おっけー」

 

 ミオがビュイックを、リンカーンの後ろに駐まっているシボレー・フリートマスターの後ろにつけると、私はドアを押し開けて歩道に降りながら言った。

 

「中を確認してくる。こっちを撒くつもりかもしれないし。ミオはエンジンかけたまま、あの弁護士を見てて」

「よし、任された」

 

 

 

 

 

 4番街と大通り(ブロード・ウェイ)の角にほど近いマロリーズ・カフェは程よく混んでいた。念のため、入り口周辺を見渡す。"WHITE ONLY(白人専用)"や"NO FURRY(獣人お断り)"の掲示はない。

 入り口から店内を窺うと、バラードが公衆電話の前に並んでいるのを見つけた。前の男が電話機の上に小銭を山積みにしていて、その長電話に苛立っているように見える。

 バラードが腕時計に目をやった隙に店内に入り込むと、入り口わきのスタンドから適当な新聞を一部取って奥の席に腰を落ち着けた。バラードの視界に入らないように観葉植物に身を寄せて、耳は電話コーナーの方に向けつつ昨日付のロサンゼルス・ヘラルド=エクスプレスに目を通し始めた。

 

 昨日行われたエリザベス・ショートの解剖の結果を読み、昨夕にエグザミナーとヘラルドがすっぱ抜いた被害者の風評を半分まで読んだところで、電話コーナーからようやく受話器を置く音が聞こえた。自分の意識を、死後真っ二つにされた東部人の女性から引きはがして、電話コーナーの方に集中させる。

 

"......長距離をコレクト・コール*2でお願い。ネバダ州クラーク郡よ"

 

 クラーク郡はラスベガスの所在地だ。十中八九、ガイ・マカフィーへの電話だろう。自分の名前と相手の局名、電話番号を告げてから、受話器を置く音がした。

 一分ほどで電話機の呼出電鈴(ベル)が鳴って、バラードが受話器を取って会話を始めた。

 

"......"

"......いいえ! 思い知らせる必要なんかないわ。どういう意味か解ってるでしょ"

 

 もともと電話の声が遠いのと、程よく混んだ店内の騒音とで相手の声は聞き取れない。

 

"......"

"じゃあ他の誰かにさせなさいよ! まだ他にも知り合いはいるんでしょう? 早く電話して!"

"......"

"それなら後で説明するわ。とにかく、あなたがしないなら......"

"......"

"ウィルソンズホテルよ。マーク・くそったれ・ビショップ様は803号室にお住まいだわ"

"......"

"ええ、もちろん出るわよ!"

 

 最後の部分を嬉しげに言うと、バラードは電話を切って店を出た。ヘラルドを持ち上げて、出入り口から自分が、というか耳が見えないようにする。

 バラードは来た時とは打って変わって周りを全然気にせずに退店すると、弁護士のリンカーンに乗って立ち去った。

 

 

 

*1
後のニクソン大統領のこと

*2
電話代を着信者持ちにするサービス

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