H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Fallen Idol #6

 

 

「さてと、玄関から見て回るか」

 

 KGPLに護送車(Bワゴン)を要請する電話を掛け終わってから、私はビショップ邸の家探しをして回ることにした。どのみちビショップ夫人が落ち着くまでまだ時間がかかるだろうし。

 玄関ホール(ホワイエ)はめちゃくちゃだった。もっとも、ざっと見た限りは家じゅうが荒らし回られているようだったけど。

 映画監督として受け取ったらしい記念品たちが床に散らばり、一部は私とミオが激突したサイドボード共々粉砕されてしまっている。ちょっと申し訳ない気分になった。

 床で伸びているごろつきたちの懐を探ったけど、小額紙幣と小銭が入った財布が出てきただけで、身元や糸を引いてるやつに繋がりそうなものは何もなかった。ガイ・マカフィーは手下にも妥協を許さないタイプらしい。

 倒れていた鞍を起こすと、台座の銘板が目に入った。

 

 

――映画"ゲイのカウボーイ達"を記念して

  銀幕(シルバー・スクリーン)小道具店から感謝を込めて

  マーク・ビショップへ――

 

 

 小道具。検屍官は干し首の模型について、映画の小道具らしいって言ってたな。この小道具店に何かあるかもしれない。

 

「この部屋は......夫婦の寝室かな」

 

 玄関ホール(ホワイエ)脇のビショップ夫妻の寝室に入る。洋服やら映画のパンフレットやらが散乱していて、それを一つ一つ拾い上げて見ていく。

 

「自分が監督した映画のパンフレット全部取ってんのかな、この人。......なんだこれ、小切手?」

 

 さっき私がごろつきを蹴っ飛ばして粉砕した本棚を調べていると、アルカディア銀行(バンク・オブ・アルカディア)の小切手が胡散臭いペーパーバックの本の下から出てきた。マーク・ビショップと名前が印字してあって、銀行が彼に発行した小切手用紙の一枚らしい。

 

 

――受取人 ローナ・ホプグッド 宛に$20,000-

  二万ドル/ お支払いください。

  振出人 M. ビショップ 署名――

 

 横線や裏書はない。券面は擦れやインク染みが多くて、手書きの額面や署名も筆跡が震えている。酔っぱらった状態で書いたのか、あるいは――

 

「フブキ、ちょっといい?」

 

 寝室の入り口にミオが立っていた。手に写真立てを持っている。

 

「いいけど、奥さんはもう大丈夫なの?」

「もうだいぶ落ち着いたよ。それよりこれ」

 

 写真立てを受け取る。

 写真には二人の男性が映っていた。シャツに蝶ネクタイ姿の額の広い男と、細いストライプの背広に身を包んだガタイのいい男だ。二人ともカメラに向かって、いい笑顔で笑っている。

 でもそれより気になるのは......

 

「人魚だ。これは看板?」

「みたいだね。奥さんによると、写ってるのは旦那さんのマーク・ビショップ――背広の方――と、マーロン・ホプグッドっていう小道具屋さんだって。で、後ろがホプグッドの店で、屋号は......」

「シルバー・スクリーン小道具店?」

「それ。何で知ってるの?」

「玄関の記念品に書いてあったんだ。じゃあミオにはこれ」

 

 写真立てと一緒に小切手を渡す。

 

「なにこれ、きったない小切手......ホプグッド?」

「同姓の無関係な人かもしれないけどね。それでも2万ドルは大金だし、手がひどく震えてるのも気になる」

「酔っぱらてたのかな。あるいは......何かを怖がってた?」

「何かに怒ってたのかもしれないよ? ともかく、奥さんに話を聞いてみようか」

 

 

 

 

 

「奥さん、気分はいかがですか?」

「ええ、だいぶ」

「さっきのごろつきたちですが、白上たちはガイ・マカフィーの手下だと睨んでます」

 

 私は横倒しになっていた一人掛けのソファを起こすと、奥さんが座っている長いソファの前に据えて奥さんと向かいあうように座った。

 

「ガイ・マカフィーってご存知ですか」

「いいえ。知っているべきなの?」

「ジューン・バラードの結婚相手です。彼女のことは?」

「尻軽よ」

 

 ビショップ夫人は怒りに顔をゆがめて、吐き捨てるように言った。

 

「私の夫を誑かそうとしてたのよ。何日にも渡ってね」

「マカフィー夫人が言うには、旦那さんが昨晩彼女とその友人を殺害しようとしたそうです。なにかご存知のことはありますか」

「夫は映画監督なの。たぶん、新作の映画絡みのことだと思うわ。彼、仕事のことは私に話さないから」

「ジューン・バラードは旦那さんと電話越しに喧嘩した、とウチたちは聞いています」

 

ミオが口をはさんだ。

 

「その電話を聞いたりしませんでしたか?」

「それなら、マークは"No"を繰り返してたわ。ジョーン・レスリーを充てるつもりだって。その方が儲かるから*1って、そう言ってたわ」

 

 夫人がふうっと息を継いで続ける。

 

「彼女はいろんな脅しをかけてきて......私にも。とっても無礼だったわ」

「ジューン・バラードとは知り合いだった?」

「何年か前に同じ映画に出たの。そこで夫と出会ったのよ」

 

 ミオがメモに書き込み終わるのを待って、次の質問に移る。

 

「その旦那さんなんですが。今どちらに?」

「現場に行くって言ってたわ。それ以上のことは知らないの」

「白上たちが見つけるか、マカフィーの手下が見つけるかです、奥さん」

 

 身を乗り出して、奥さんの目を見つめる。

 

「旦那さんの身の安全のためにも、何か思い出してもらえませんか」

「彼のことは心配よ、本当に。でも私は何も知らないの。ホプグッドさんなら何か知ってるんじゃないかしら」

「ホプグッドさんというのは、マーロン・ホプグッドさんですか」

「ええ」

「ではローナ・ホプグッドさんというのは?」

「マーロンの前妻のことかしら。ローナって名前だけど」

「旦那さんはローナ・ホプグッドに2万ドル支払ってます。それはご存知でした?」

「本当に? なにか証拠があるのかしら?」

「小切手です」

 

 奥さんの反応を窺いながら、汚い小切手をひらひらさせる。明らかに小切手から目をそらした。知ってるな。

 

「2万ドルは大金ですよね。旦那さんは誰かに強請られてたんじゃありませんか? 例えば、ガイ・マカフィーとか」

 

 どんどん険しくなる奥さんの顔を眺めながら続ける。

 

「それならマカフィーを巻き込むのを承知で殺人事件――未遂ですけど――に及んだ理由も解ります。でもそれなら、支払先はマカフィーになるはず。奥さん、ホプグッドはこれにどう噛んでるんですか?」

「知らないわ、本当に。ホプグッドに直接聞いてみることね。ローナはハリウッドの小切手換金所で働いてたはずよ」

「ローナの勤め先は旦那さんもご存知だった?」

「ええ勿論」

 

 小切手換金所。となると、話は変わってくる。

 よほどの事情がない限り、銀行は2万ドルポンっと下ろさせてくれたりしない。急遽大金が現金で必要になった時、一番早いやり方は小切手換金所宛に――正確には換金所の従業員宛に――小切手を振り出して、それを換金してもらうことだ。横線がなかった理由も説明が付く。

 

「じゃあそれはホプグッドさんに聞いてみることにしましょう」

 

 シルバー・スクリーン小道具店を訪れる理由がまた一つ増えた。

 

「じゃあ最後に、旦那さんは昨日、若い女の子のオーディションをしてました?」

「いいえ、私の知る限りでは。夫は撮影場所を探してました。オーディションはずいぶん前に終わったはずです」

「被害者は人魚を覚えてましたよ。小道具店の看板です」

 

 もちろん、まだ確証があるわけじゃない。でも誇張と脅しには使える。

 

「何かご存知なら話した方がいいですよ、奥さん」

「......この街(ハリウッド)は病気よ」

 

 ビショップ夫人は長々と溜め息を吐いてから、話しだした。

 

「本当にお知りになりたいの? じゃあ教えてあげる。夫はね、若い娘に目がないの」

「あの、あなたはそれでいいんですか、奥さん?」

 

ミオが再び口をはさんだ。本気で戸惑っているみたいだ。

 

「彼と初めて会った時、私はいくつだったと思う? ......16よ」

 

 背後から、ミオが息をのむ音がした。私はなんとか無表情を保ったけど、かなり難儀した。

 

「彼を天才だと思ったわ。映画の魔法使いだって」

 

 ビショップ夫人は遠い目をして、かつて憧れていた映画監督の幻影を思い出すように言ったかと思うと、ふとこっちに目を戻して続けた。

 

「......彼がただのB級映画の虫に過ぎないって気づいたのは、20を過ぎてからだったわ。でもね、一流の映画スタジオにいるような怪物に比べたら、彼は無害なほうよ。思うに、バラードは彼女の小さなお友達を自分の取引のダシに使ったんじゃないかしら」

 

 この街(ハリウッド)じゃ大抵の娘たちが経験することだわ、とビショップ夫人は虚ろな諦めを含んだ目で言った。

 

「......ありがとうございました、奥さん」

 

 これ以上無表情を繕っていられる自信を失くして、私は立ちあがって暇を告げた。

 

「あなたがもうちょっと協力的なら、私たちにとっても旦那さんにとっても良いことだったんですけどね」

 

 どうにも我慢できなくて直截な皮肉をぶつけると、夫人も立ち上がって、挑むような目で言った。

 

「ここをどことお思いなの、刑事さん? ハリウッドよ。ここでは取引や駆け引きは当たり前なの。それがたとえ、どれほど汚いものだったとしてもね」

 

 

 

*1
ジョーン・レスリーは実在の女優。契約方針を巡ってワーナーと訴訟沙汰になった上、締め出しを食らった彼女は'47年からB級映画に出るようになっていた。しかしそれまでに培った人気は確固たるもので、とうに盛りを過ぎたジューン・バラードを充てるよりレスリーを充てたほうが確実に儲かるだろう

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