「オオカミ。
ウチはウィルソンズホテルのロビーにある公衆電話から、
フブキは背後の
「ご用件をどうぞ」
「シルバー・スクリーン小道具店の住所をお願いします」
「少々お待ちください」
受話器の向こうで作業をしている音を聞くとはなしに聞いていると、
向こうが受話器を再び取り上げる気配があって、ウチは電話に注意を戻した。
「シルバー・スクリーン小道具店。3番とフィグエロアの角です」
「ありがとうございます」
受話器を置くと、丁度フブキがこちらにやってきた。背後の
「"用が済んだら、さっさとみすぼらしい自動車をどけてくれ"ってさ」
「なんとまあ」
想定していた通りの言いようにちょっと笑うと、フブキに言った。
「言う通りにするのも癪だけど、ウチたちもさっさと次に行こうか」
「次って?」
「小道具店。3番とフィグエロアの角だって」
「なるほど、確かに人魚だね」
シルバー・スクリーン小道具店に着くと、開口一番フブキが言った。
金ぴかの人魚はどうやら
ドアを押し開けて中に入ると、お店の中は薄暗かった。ドアにも窓にも日除けが下ろしてあるからだ。
受付デスクの上に卓上灯が置いてあって、それが室内の数少ない光源の一つなっている。
この薄暗い室内なら、どんな安っぽい小道具――例えば受付デスクの脇に置いてある甲冑とか――でもそれっぽく見えそうだ。
「シラカミとオオカミ、
フブキが受付デスクの奥の椅子に座っていた男に話しかけた。
この薄暗い室内でも、その男が写真に写っていたマーロン・ホプグッドさんだと見分けがついた。
「ジューン・バラードさんとジェシカ・ハミルトンさんの殺人未遂事件を捜査しています」
「なんてこった! マーロン・ホプグッドです、どんなご用で?」
「ここでオーディションをやったりとかしますか?」
「......どうお聞きになったのか知りませんが」
ホプグッドが明らかに知られたくなかった、という口調で言った。
「裏にちょっとした防音スタジオがありまして、そこで」
「案内してください」
ホプグッドは渋々、といった体でウチたちを奥に招き入れた。
事務所の奥は大道具の倉庫になっていて、数も種類も雑多な家具やら調度品やら、いろいろなものが所狭しと並べられている。
ホプグッドはウチたちを隅にある裏口に導いた。裏口の周りには東洋風のものがまとめておかれている。孔子だか誰かの銅像、日本風のウキヨエ、銅鑼......
「へくちっ」
外に出ると明るい太陽の光が差していて、薄暗い倉庫との明暗差で鼻がむずむずした。そしてウチは我慢したけど、フブキは耐えられなかったとみえて、背後から可愛らしいくしゃみが聞こえてきた。
フブキの方を振り返ると、ハンカチを畳んでポケットに戻すところだった。ニヤニヤ笑いを向けると、顔を真っ赤にして、
「笑うなこんにゃろう」
ぽすぽすと背中を叩かれながら中庭を横切る。
中庭には背景に使うらしい大きな絵がいくつも並べてあった。湖と入道雲、砂漠、草原......
中庭の反対側にコンクリート造りの建物があって、ホプグッドはその建物の重々しい防音扉を開けてウチたちを招き入れた。
「こちらがそうです」
スタジオの中に入ると、ホプグッドが両腕を広げていった。
「ミオ、ホプグッドさんを見てて」
そう言うとフブキは狭いスタジオの中の家探しを始めた。
スタジオにはいろいろな小道具――インディアンの楯とか苔生したように見える柱とか――が置いてあってフブキはそれを一つ一つ丹念に調べていたけど、酒瓶が並べられた棚のところまでくると、ホプグッドが急にそわそわし始めた。
「フブキ、その棚になんかない?」
「待ってくださいよ、お二人さん。そこにあるのは小道具の酒瓶だけで、密造酒とかそんなのは一切ありませんよ」
フブキはホプグッドを無視して棚の一段一段、瓶の一本一本を丁寧に調べだした。
「お?」
フブキが酒瓶の間から小さな茶色の瓶を一本抜きだした。ラベルをじっと読んでいる。遠見に見ても、それが酒瓶じゃなくて薬瓶の類なのはすぐにわかった。
「抱水クロラールだ」
フブキがそう言って、瓶を投げてよこした。
ラベルには確かに抱水クロラール錠と書かれている。ストーンマンとかいう医師が処方したものらしい。正規の調剤番号も押されている。
これは小道具ではなくて本物のようだ。
15歳の女の子に一服盛ってオーディションの最中に襲うなんて――
「頭がイカレてるんじゃないの?」
思わず口に出してしまってホプグッドからは怪訝な目で見られたけど、悪いという気持ちは全く起きなかった。
フブキのほうは棚の反対側の壁にかけられている鏡に興味がわいたらしい。熱心に眺めまわして指でつついたりしていたけど、やがてこっちを向いて言った。
「ホプグッドさん、明かりを消してもらえますか?」
「何か気になることでも?」
室内を見渡すと、"照明"と書かれたナイフ・スイッチを見つけた。
ウチは明らかに非協力的なホプグッドに代わってスイッチに歩み寄ると、ハンドルを引っ張って刃受けから電極を外す。スタジオ内が一気に暗くなった。
「フブキ、これでいい?」
「おっけーおっけー......ふうーん」
再びホプグッドのところに戻ると、フブキは例の鏡を見ながらにやにや笑っていた。
「マジック・ミラーだよ、ミオ」
「それって、署の取調室についてるやつ?」
「それそれ。この向こうにもう一部屋あるみたいだね」
フブキはステージの上からぴょんと飛び降りると、ウチの方を向いて言った。
「白上はちょっと入り口探してくるよ。何が出るか楽しみだね」
「ウチはあんまり楽しみとは言えないかなあ」