私はホプグッドをミオに任せると、隠し部屋の入り口を捜しに中庭に出た。
建物の裏手にあるかもしれないけどそっちは敷地の外だから、隠し部屋の入り口をそんなところに造ってる可能性は低そうだ。
「ここは塗装場かな......?」
中庭の、背景のキャンバスが所せましと置かれたところとは反対側に、
塗料の缶やいろんな種類の刷毛があって、道具類に塗装を施すところみたいだ。
「......おやおやぁ?」
いくつも転がっている木製の小道具を拾い上げる。塗装の進み具合はまちまちだけれど、台の上で乾かしてるそれは、とても見覚えのある干し首だった。
「あとで持って帰ってマルに見てもらおっと......あいてっ!」
作業場から防音スタジオの横手に入ろうとした私は、何かに鼻を思いっきりぶつけてひっくり返った。
「あててて......あれ、なにもない?」
鼻をさすりながら向こうを見るけど、なににぶつかったのかよくわからなかった。
ドラム缶や木材が置かれた通路が突き当りの塀まで伸びている。
手を伸ばすと、指先が何かに振れた。ざらざらしていて、まるで油絵具の乗ったキャンバスのような......
「......幼稚ィ!」
自分への照れ隠しもかねて大声を出しながら蹴り飛ばすと、ちょうど木の骨組みに当たったらしく、大きな音を立てて背景キャンバスが倒れた。
明らかに空の色が違う。こんなのに引っかかって鼻をぶつけたところをミオに見られたりしたら、私はしばらく穴から出てこれなくなっちゃうよ......
キャンバスの奥には絵と同じような通路が延びていた。違いは、建物の横手にドアがあること。
羞恥なのか怒りなのかよくわかんない感情に任せてドアを蹴破る――どうせ施錠されてるにきまってるし――と、結構広めの隠し部屋に出た。
「うわぁ......」
部屋に入った私は何とも言えない声を上げてしまった。
正面のレンガ壁は一部が崩されていて、そこに例の特注ガラスがはめてある。その手前におそらく8mmフィルムの撮影カメラが三脚に載せておかれている。
そして壁中に写真が貼り付られていた。女性があられもない姿で、あられもないポーズを取っている。彼女たちはこの写真の存在を知ってるんだろうか?
「これは......"マーク・ビショップとジェシカ・ハミルトン"?」
脇のデスクに二人の名前が書かれたフィルム缶が置かれていた。持ち上げると、サイズのわりに軽い。
「やっぱり空か」
一応蓋を開けて確認したけど、中には何も入ってなかった。"お宝はちょうだいした!"みたいなメモもない。
「こっちは?......ビショップ
現像済みフィルムの缶を手に取る。ずっしりしていて、こちらは中身があるらしい。
ラベルにはジャングル・ドラムスという題名と、撮影場所の住所があった。8番街とフランシスコ通りの角、以前バビロニアの映画が撮影されたセットだ。今はもう廃墟になってるはずだけど*1。
ひょっとして、ここに隠れてるのかな。
部屋の中を見渡すと、特注ガラスをはめた窓がもう一つ見つかった。真正面に便器があるのが見える。トイレだ。
「......変態覗き魔め」
ここで用を足さないようにミオにも言っておこう。今は撮影できないだろうけど、変態どもの妄想の余地を広げてやる義理はない。
私はマーロン・"出歯亀"・ホプグッドをどう尋問するか考えながら、変態の巣を後にしてスタジオに戻った。
「マーク・ビショップと仕事をしたことがありますか」
スタジオに戻ると、ホプグッドは相変わらずそわそわしながらこちらを待っていた。
ある程度緊張してくれてる方がこちらにも都合がいいので、そのまま聴取を始める。
「映画スタジオとの仕事がうちの主軸でね。RKOとかリパブリックとか、ワーナーとか。だからそう、彼がそういうスタジオのために映画を撮るときには、一緒に仕事するね」
「最後に彼を見たのはいつです?」
「彼の次の映画製作に携わってるところでね。その、まだプリプロだが......ここ最近は見てないな」
「プリプロってなんですか?」
ミオが質問を挟んだ。
ホプグッドの機先を制して確認を取る口調で聞く。
「プリ・プロダクションの略だよ、ミオ。つまりまだ準備段階で撮影には入ってない、ってことですよね」
「ああ。よく知ってるね」
「ついでにあなたが嘘吐きだってことも、今知りましたよ」
「おい、君たちは令状なしでここまで押し入ってきた上に、今度は私を嘘吐き呼ばわりするのか?」
「ジェシカ・ハミルトンが、」
うっすらと冷や汗の臭いを漂わせ始めたホプグッドに、こちらは表情を変えずに淡々と告げる。
「正面の人魚を覚えてましたよ。飲み物に何かを混ぜられて、乱暴されたことも証言してくれました。警察医は抱水クロラールによる昏睡だと判断してます。抱水クロラール、さっきあそこの棚にありましたね?」
なにか言い抜けをしようとしたらしいホプグッドに喋らせずに、さらに続ける。
「法定強姦ですから、逮捕状は簡単に出ますよ。子供に手を出すような人間が警察署でどういう扱いを受けるか、知らないわけないですよね? それが嫌なら......」
「ああいたよ、確かにビショップは昨晩、ジューン・バラードとさっきの女の子といた。映画監督とか制作統括とか、そんな連中がいっぱいうちを使うんだ。連中が何をしたって、私の責任じゃない」
あんな部屋まで設えておいて厚かましい言い草だ。
とはいえ、今重要なのはこの覗き魔よりもビショップの所在だ。
「マカフィーの手下がビショップを捜してます。私たちは連中より先にビショップを生け捕りにしたいんです。どこに隠れてるか、心当たりありませんか」
「彼が本当にマカフィーの奥さんを殺そうとしたんなら、私は彼にこの州から出るよう勧めるね。少なくとも市外に」
ホプグッドが顔を顰めて言う。
確かにそれはもっともだ。州外――ただし、ネヴァダ州以外――に出れば、マカフィーの影響力はぐっと下がる。メイン州の山奥とかまで行けば、ほぼ確実に見つからないんじゃないかな。
もう一つ、さっきフィルム缶を見て思いついたことを聞いてみよう。
「ビショップは8番とフランシスコの角の、バビロニアのセットを使ってるんですか?」
「ああ、彼はまだあの廃墟を撮影に使うことがあるんだ。あそこはとても危険なんだが......そう、隠れるにはうってつけのところかもしれんね、君が聞きたいのがその事なら」
ホプグッドが考え込むような仕草で答えた。これも嘘はなさそうだ。次。
「ジューン・バラードとはどうですか。一緒に仕事したりしないんですか」
「なあ、私はしがない小道具屋なんだよ」
ホプグッドからついさっきまでの思慮深げな声が消え去って、代わりに大げさに手を振ってステージ上の小道具類の方を指した。
「そういう俳優とかとは滅多に会わないんだ。剣とか何とか、そういうのを特別に誂えるようなことがなきゃね」
「本当に? 裏の隠し部屋を見ましたよ。ジェシカのフィルム缶がありましたね」
顔色の悪くなったホプグッドに、ミオがビショップのアパートメントから持ってきた小切手を見せる。
「あなたの前妻宛の小切手もあります。あなたとバラードで組んで、ビショップを脅してたんじゃないんですか?」
「違う、そんなことはしてない!」
ホプグッドが手を振り回して釈明しはじめた。
「取引があるのは見世物小屋とか個人
ちょっと軽蔑したような笑みを浮かべて続ける。
「映画界の連中は、自分のペニスをスクリーンに映すのが好きなんだよ」
ミオの顔がぱっと真っ赤になった。私も表情に出ないように頑張りはしたけど、赤面しなかったかどうかはかなり怪しい。
ホプグッドはそんな私たちの反応を――ちくしょう――満足そうに見渡してから続けた。
「本来は顔は映さないって取り決めなんだが、今回私はビショップの顔も撮った。バラードはそのフィルムを、自分の取引の保険にとっておきたかったみたいだな。自分の顔が正面から撮られてるって気づいたとき、彼は発狂したみたいになってたよ」
「そのフィルムは今どこに?」
私はホプグッドが得意げに話してる間になんとか平静を取り戻して、質問を続けた。
「マカフィーの手元だよ。他にどこがあると?」
「じゃあこの小切手はなんなんですか?」
ミオが小切手をひらひらさせて聞いた。再び職業的な無表情に戻ってるけど、首許はまだ赤いし、しっぽをいつもよりキツく太ももに巻き付けているみたいだ。
やばいな、恥ずかしがってるミオ、すごいかわいい。
「この2万ドルはあなたの分の分け前なんじゃないんですか?」
「私がビショップから二万掠め盗るなら、映画の予算から盗るね。私の前の妻は小切手換金所で働いててね、ビショップもそれを知ってる」
こつこつ、と靴のつま先で床を叩きながらホプグッドは物憂げに言った。
「バラードは映画に出られればそれでよかったみたいだが、マカフィーは金を欲しがったんだ。彼は現金主義者でね。手早く現金を手に入れる方法は、小切手を換金所の知り合い宛に振り出すこと。そうだろう?」
ふーっと息を吹いて、付け加えた。
「私は普段この手のフィルムを売るときの平均的な額を、手数料として受け取った。それだけだ」
「よくわかりました、ホプグッドさん。ご協力ありがとうございます」
ようやく帰ってくれるのか、って喜びが顔一面に広がったホプグッドに続けて言う。
「マーロン・ホプグッド、法定強姦と脅迫の共同謀議で逮捕します」
一転してぎょっとしたホプグッドに、手錠を出しながら歩み寄る。
「おっと、そこまでだお嬢さん方」
ちょうどそこで、背後から待ったがかかった。