「そこまでだ、お嬢さん方」
フブキと二人で背後にあるスタジオの入り口に目をやると、お洒落な背広に身を包んだ男がスタジオの中に入ってきた。
この男は知ってる。刑事に昇格した初日に中央署の大部屋で会ったアイツだ。
「ロイ・アール、
ホプグッドにニヤッと笑いかけてから、続ける。
「俺の情報屋をあんまり手荒く扱うなよ」
「ホプグッドは風紀課の情報屋なんですか?」
フブキがいかにも承服しかねる声で聞くと、部長刑事はさっと振り向いて、キツい視線を向けて返した。
「
先ほどまでとは打って変わって三下じみた優越感が出ているホプグッド――さん付けなんてしてられるか――の顔を、部長刑事がぺちぺち叩く。
「この二人に随分やり込められたみたいだな、マーロン?」
「手を引け、ってことですか?」
我慢できずにウチも聞いた。どう考えても、ホプグッドはこの街の癌の一部だ。
「お前たちがやるべきことを、きちんとやった方がいいって俺は言ってるんだ」
部長刑事が再び鋭い目になってその視線をウチたちに突き刺す。
「俺が聞いたところじゃ、お前たちのやるべきことは、怒り狂った旦那に殺される前に映画監督を捕まえることじゃなかったか?」
「でも!」
「ミオ」
食い下がろうとしたウチをフブキが制した。挑むような視線を向けて、冷ややかな声で言う。
「このことは警部に報告します」
「そうしな、お嬢さん。しっかり手続きを踏めるなんて、えらい子だな」
「......いこっか、ミオ」
厳しい顔つきのフブキと、鋭い目以外は笑顔の部長刑事とのにらみ合いは、フブキが視線を切って終わった。
「刑事さん?」
小道具店から出ると、横から声をかけられた。
駐車場に赤いリンカーン・ゼファーが停まっていて、亜麻色の背広に身を包んだ男が煙草片手に自動車にもたれかかっている。こちらを呼ばったのはその男らしい。
柄が悪いし、服飾の趣味も悪い。ネクタイには大きな錦鯉か何かが泳いでいる。
「なにかご用ですか」
フブキが不機嫌なのを隠そうともせずに言って、男の方に歩み寄った。
「俺はジョニー・ゴールドバーグ。そう、あんたがたに用があるんだよ」
「ああ、ミッキー・コーエンの手下の?」
フブキが鼻を鳴らしそうな調子で言うと、ゴールドバーグはとても不愉快そうな顔をした。
フブキはそれに全然かまわずに言葉を続ける。
「今朝がたビショップ夫人の家に押し入ったならず者について、なにか知ってたりしません?」
質問の形を取った、知ってるに決まってるでしょ? という確認だったけど、ゴールドバーグはそれを受け流して答えた。
「いやいや、我々じゃないよ。俺たちはそういう荒事はしないんでね。なあ?」
リンカーンの中にいるもう一人の男――痩せぎすで紺色の背広を着ている――に声をかけた。
彼は何も言わずにふるふると首を振った。同意してのことなのか、ゴールドバーグのごまかしに呆れてのことなのかはよくわからなかったけど。
「俺たちが用があるのは旦那の方なんだ。場所の検討が付いてるんなら、俺たちにも教えて......」
「これは、警察の仕事です」
ウチはゴールドバーグを遮って言った。
「司法妨害で逮捕されたいっていうんじゃなければ、どうぞお引き取りください」
「やってみてもいいぜ、その逮捕を。大した脅しじゃないな」
ゴールドバーグは若干蔑みの混じった挑むような視線をこちらに向けて言うと、無作法にチュッと唇を鳴らした。
「すぐお前たちのところにに戻れるぜ」
「もういい、行こうミオ。御託は終わりですよね?」
「ビショップはこの世の仕組みってやつがわかってたんだ」
どうやらまだ続くらしい。
立ち去ろうとしたウチはゴールドバーグの方に向き直ったけど、視界の端にちらちら白いしっぽが映るところを見ると、フブキは立ち止まるだけにとどめたみたいだ。
「マカフィーの奥さんは彼に映画の出番を無心してた、まあ毎日のようにな。だがビショップはやりすぎた。そしてマカフィーの連れ合いを消そうなんてバカな真似をしたんだ。で、当然の結果としてガイは激怒した」
ウチは小馬鹿にしたように煙草をくるくる回すゴールドバーグに質問をぶつけてみることにした。
「なんでビショップがここに、この小道具店にいると思ったんですか」
「ヤツがホプグッドにも同じような"事故"を企んでるんじゃないかって当て込んだんだ......」
紺色の背広がリンカーンから降りてきて言った。ウチのほうを真正面から見つめて、
「どうも、まだ継続中の仕事を抱えてるみたいだしな。なあお嬢さん、ビショップを見つけたら俺たちに知らせてくれんか。ガイ・マカフィーは気前がいい男でもあるんだ。そいつにしっぽが生えてようが女だろうが、使えるやつには甘いんだよ」
どうやらウチのことを買収したいらしい。ずいぶん安く見られたもんだな、ウチは。
フブキがぱっと振り向いて口を挟んだ。
「もう一度だけ警告します、これは警察の仕事です。白上たちがビショップを連れて行くのは留置場で、怒り狂った元警部のところじゃありません」
「はっ、見ろよジョン、丁寧な奴だ」
紺色の背広が鼻で嗤って言った。
「丁寧な奴だ、獣らしくアホだが」
「じゃあウチはフブキほど礼節があるわけじゃないから、」
ウチの口がひとりでに動いて言った。
「あんたらみたいな出来損ないのでくのぼうでもわかるような言い方をしてあげます。あんたらがまだ鉄格子の後ろに入ってないのは、ウチたちにとって小蠅に過ぎないからだよ。で、ウチたちはいそがしいから小蠅にかまってる時間なんてないんだ」
紺色の背広にずいっと歩み寄ると、相手は気圧されたように一歩下がった。
ふつうこんなことを白人に言おうものなら袋叩きだけど、ゴールドバーグも相方も、手を出すどころか口を挟もうともしない。
「ビショップから、それとウチたちから離れろ。これくらい簡単ならのうたりんでもわかるでしょ? わかったら、とっととボスのところに帰ったらどうなの。帰ってしっぽをふって愛想振りまいて、頭をナデナデしてもらったら? ウチたちより得意でしょ、そういうの」
一気にまくし立ててから最後の一言を吐き捨てるように付け加えると、回れ右をして捜査用車の方に足早に戻った。
向こうは返す言葉もなく立ちすくんでいて――獣人にここまで言われて怒りのあまり声が出ないのかもだけど――、フブキが後ろからついてくる足音だけが聞こえた。
「へへ、嬉しいなあミオ」
「なにが?」
捜査用車に乗り込むと、急にいつかのような浮かれぽんちモードになったフブキの方を見やりつつ、始動キーを
「だっていまミオが怒ったの、白上がアホ呼ばわりされたからでしょ? それだけ白上のこと大切に思ぅあっ!」
窓ガラスの割れる音がしてフブキが悲鳴を上げた。
真っ赤な血が、