6番街のシルバー・スクリーン小道具店の前一帯はパトカーとバリケードで封鎖されていた。巡査たちが野次馬を遠ざけ、警察医は負傷者の、検屍官は死者の面倒を見ている。
レッカー車が一台、穴ぼこだらけになったウチたちの47年式ビュイックを引っ張って市の車庫へ向かった。別のレッカー車はレンガ壁に突っ込んだビュイック・セダネットの写真記録が終わるのを待っている。
ウチが頭を潰した紺色の背広――マルによるとフランク・シュタイナーって名前らしい――についてマルに説明を終えると、ウチは検屍手続きから解放されてようやくフブキのところへ行けるようになった。
「......いたいた。フブキ、怪我はどんな感じ?」
バリケードの近くに駐まっている救急車に歩み寄ると、テールゲートにフブキが腰かけていた。今朝がた似たような光景を見たばっかりなんだけど、それもずいぶん昔のように感じてしまう。
警察医か衛生巡査が処置のために右袖も切り取ってしまっていて、フブキの
「悪くないよ。言ったじゃん、かすり傷だって」
「かすり傷、で済ますのはちょっと......」
わきにいた衛生巡査が口を挟んだ。
「止血処置は取りましたが、一旦署の方に戻って縫合したいと思います」
「じゃあそれでお願い」
「ちょっとミオ!?」
頭越しに進んだ話に抗議するようにフブキがぱっと立ち上がった。
「今からホプグッドのところに行くんでしょ! 白上抜きじゃ行かせないよ......」
フブキはまだ何か言い募ろうとしたみたいだけど、途中で右腕を上げようとした途端、顔を顰めて黙り込んでしまった。
「まだ動かしちゃだめです!」
衛生巡査が一喝すると、フブキの肩を押さえてまた座らせた。
「入院するわけじゃないよね?」
「ええ、壊疽の兆候がなければですけど」
「ほらフブキ、別に長くかかるわけじゃないんだからさ」
一瞬異議を挟みそうになった衛生巡査をにらんで制止して続ける。
「ちゃんと処置を受けたらウチと合流すればいいじゃん。それに、服も着替えたほうがいいと思うよ」
「それは、確かにそうだけど......」
「それに、ウチも一人で乗り込もうなんて思ってないからね。ここから誰か連れてくから」
「おいちょっと、ミオぉ!?」
また立ち上がりそうになったフブキの肩を抑え込む。
「ウチをフブキ以外と二人きりにするのが厭なら、さっさと処置を受けて戻ってくること。言っとくけど、ここでぐずって警察医の先生に迷惑かけるなら、ウチが締め落してでも搬送させるからね」
衛生巡査は"それはちょっと......"って感じの顔をしてたけど、賢明にも口を挟まなかった。
フブキはもぞもぞ救急車の車内に入ると、ウチの方にふくれっつらを向けて言った。
「うぐぅ......このことは一生恨むぞミオぉ......」
「はいはい、そうしてそうして」
「仲がよろしいようですね」
「うひゃあ!」
後ろから急に声をかけられて、ウチはみっともない声を上げて飛び上がってしまった。慌てて振り向くと、ポルカがチェシャ猫みたいなニヤニヤ笑いを浮かべて立っていた。
フブキを人質に取ろうとした暴漢をパトカーで撥ね飛ばしたのはこの子で、以前の
「フブキ先輩にはポルカが付き添います。処置が終わり次第、その映画監督のところに連れてきますよ」
「そうしてくれると助かるよ」
救急車の中からフブキが言った。一転してポルカと同じような笑顔を浮かべているあたり、フブキはどうやら後ろからポルカが近づいてることに気が付いてたらしい。なんだかわからないけど、してやられた感じで悔しい。
「それはいいけどポルカ、自分の相勤はどうするの?」
「あたしはミオ先輩に付き添いますよ」
「うにゃあ!」
いつのまにかウチの背後に今度はぼたんちゃんが回り込んで、救急車にもたれかかっていた。なんかウチ、後輩に遊ばれてない?
「獅白の銃の腕前は折り紙付きですよ、ポルカが保証します。コーエン・ギャングを相手にするんなら尚更です」
ポルカはそう言って救急車に乗り込むと、衛生巡査に自動車を出すように合図した。
「行くんなら早くした方がいいですよ。映画監督がセットの廃墟に隠れてるらしいってのは、もう制服たちの間で噂になってます。さっそくミッキー・Cか元警部のところにご注進に行くやつがいてもおかしくないですよ」
「ここがその廃墟ですか」
パトカーのエンジンを切って窓の外を眺めながら、ぼたんちゃんが言った。窓の外には映画セットの廃墟が高々とそびえ建っている。古代の石造りの建物、を模した木造の建築物はすっかり朽ちて、いまにも崩落してしまいそうだ。
ウチはちょっと考えてから無線の送話器を取った。
「2キング11からKGPL」
「2キング11、どうぞ」
「KGPL、現在187未遂事件の被疑者を徒歩追跡中、応援を求めます。場所、8番とフランシスコの角、映画セットの廃墟です。
「KGPL了解。KGPLから各局......」
「よかったんですか?」
送話器を置くと、ぼたんちゃんが聞いてきた。というのもウチたち、つまり刑事無線11号車がマーク・ビショップを追っているのは、コーエン・ギャング達もその手先の
もし、汚職警官が全員たまたまこの無線を聞き逃していたとしても、どのみち家庭用の中波ラジオで聞けるんだし、コーエン・ギャングが聞き損ねるわけがない。
「いいんだよ、この場で取り逃がしちゃうのが一番面倒だし。ビショップもコーエン・ギャングじゃないにしても、ガイ・マカフィーの手下に追われることは承知してるわけだから、ちょっとは武装してるかもしれないでしょ?」
ぼたんちゃんの方を向いて、にっこり笑って付け加える。
「なにより市警が全員腐敗してるわけじゃないし、それならまともな警官が応援に来てくれる可能性に賭けてもいいかなって」
「......なら、急ぎましょうか」
ぼたんちゃんはあんまり納得した感じじゃなかったけど、ドアを押し開けて外に出ながら言った。
「コーエン・ギャングや汚い警官が来る前に片づけられたら、それが一番いいんじゃないですか」
「そうだね、いこっか」
「あ、あそこ!」
廃墟の敷地に入ってちょっともしないうちに、大階段の陰から男が一人出てきた。マーク・ビショップだ。どうやら自動車の音と話し声を聞いて、様子を見に出てきたらしい。
「
ビショップはおっかなびっくりって顔でこちらを窺ってたけど、声を上げたぼたんちゃんの制服と彼女が持ってきた
「ああもう、おとなしく捕まってくれればいいのに!」
ウチは一気に駆け出して、ビショップの後を追いかけた。
ごちゃごちゃと放置された大道具や、倒れた木材なんかの間を縫うようにしてビショップが逃げていく。
そこまではよかったんだけど、彼は階段でセットの上の方へ登ろうとするという、致命的なミスを犯した。以前のリロイ・サボの時もそうだけど、獣人相手にそれは基本悪手だ。
「そぉ、れっ!」
階段の登り口から一気に飛び上がると、振り返らずに逃げ続けるビショップの背中に思いっきり飛びついた。
「うわっ!」
ビショップが悲鳴を上げて階段に倒れ込む。大丈夫だよね、頭打ったりしてないよね?
それは杞憂だったようで、逃げ出そうとじたばたもがくビショップの腕をひねり上げると、後ろ手に手錠をかけながら言った。
「マーク・ビショップ、ジューン・バラードに対する殺人未遂、及びジェシカ・ハミルトンに対する強姦と殺人未遂で逮捕します!」
「いたたたた! わかった、わかったよ! 抵抗はしない、だから殺さないでくれ!」
「そこは安心して、ウチたちはあんたをブチ込むために捕まえに来たんだから」
「じゃあとっととここから出ないと。お前たちが私を見つけたってことは、マカフィーの手下どもも同じだろう」
「わかってる。パトカーはあっちに駐めてるから......」
言いかけた途端に、今入ってきたほうから銃声が響いた。
「自分で走って!」
ビショップを引っ張り起こすと言った。
「ウチはあんたを担いで回る余裕はないから。ちょっとでも逃げようとしたら、ウチがマカフィーの手下の代わりにあんたを殺すからね!」
正面の広場に戻ると、ぼたんちゃんが倒れた石柱――コンクリートかなにかで作った模造品――の陰に隠れて、優に半ダースはいる暴漢を相手にイサカと38口径警察標準
夕暮れの空にどこからともなくサイレンの音が響いていて、少なくとも三台以上のパトカーが近くまで来ているようだった。
「おまたせ! 陸軍の到着だぞ!」
励ますように言ってビショップともども石柱の陰に滑り込むと、ぼたんちゃんはにやっと笑って言った。
「騎兵隊もそろそろ来るみたいですよ。それまであたしたちが持つかはわかりませんけどね」
「持たせるんだよ! 持たなかったら、このアホをきったない留置場にブチ込むこともできないでしょうが!」
言ってる途中でぼたんちゃんがぱっと立ち上がって、不用意に近づいてきた暴漢の一人にイサカをぶっ放した。ウチからは見えなかったけど、相手は声一つ上げずに吹っ飛ばされたようだ。
「おい、ちょっと」
ウチがコートの下から
「あそこに赤いドラム缶があるだろ。あれを狙ってくれ」
「なんで?」
聴覚照準で一人――トミーガン持ちだ――を撃ち倒すと、ビショップに聞き返した。
「あれは前に撮影した時に使った、演出用のガソリンの缶なんだ」
「ははーん、なるほど」
ビショップが指す方を見上げる。赤いドラム缶がひときわ大きい石柱もどきの根元に並んでいた。あれを爆破したらあるいは......
「じゃああたしがやりますよ。ミオ先輩、耳塞いでてください」
そういうなりぼたんちゃんは警察標準リボルバーを構えて、一発撃った。
慌てて耳を塞いだウチを、とんでもない衝撃が揺さぶった。
本日二回目の出動になったカラザース検屍官が、石柱もどきの残骸の下敷きになった暴漢を検案していた。救急車ではウチが捕まえた時に額に痣ができたビショップを警察医が診ている。応援に駆け付けたパトカーと
「ミオ先輩、来ましたよ」
黒いスチュードベイカー・コマンダーの公用車が廃墟の敷地に入ってくると、ぼたんちゃんが言った。
二人で停車した公用車に近づいていく。助手席ドアが開いて降りてきたのは......
「ふふっ、フブキ、なにその恰好」
ウチはフブキの格好を見て笑いを抑えきれなかった。
フブキは制服を着ていた。それも警官が式典用に大抵署に常備している、一張羅の制服だ。紺色のシャツは糊が効いていて、ズボンの折り目はナイフの代わりになりそう。靴も帽章も顔が映り込みそうなくらいピカピカに輝いている。この廃墟にはあまりに場違いだ。
「ロッカーに私服の替えを補充しとくの忘れてて......これしかなかったんじゃい!」
フブキがヤケクソ気味に叫んだ。
「いいじゃないか、似合ってるぞ、シラカミ刑事」
スチュードベイカーの後部座席からレアリー警部が降りてきてそう言って、ウチは慌てて姿勢を正した。まさか直接現場に来るとは思ってなかったんだ。
「ふむ、これこそ"結果"と呼ぶにふさわしいものだな」
「マーク・ビショップ、元・映画監督はお縄について、法定強姦と殺人未遂で
からからと笑ってから、真面目な顔に戻って警部は続けた。
「シラカミ刑事が礼装なのはある意味ぴったりかもしれん。二人とも、本部での評判は上々だ。私がもはや手許においておけなくなるくらいにな。昇進だよお二人さん、盗犯課だ」
ぽかんとしているウチとフブキ――警部は車中でフブキに話したりしなかったみたいだ――の方を名残惜しそうに見て、警部は言った。
「署に戻って、報告書を書きなさい。上がるころには正式に辞令が届くだろう。良い働きだったぞ、お二人さん」
警部が笑顔で差し出している手を、ウチは固く握り返した。
警部の手は思った以上に固くごつごつしていて、ふと、ウチは父親の手を思い出した。
The Fallen Idol -Case Closed-