「これが販売記録の写しだ。買い取った時の権利書もある」
あたしがデスクの客用椅子にかけると、さっそくクームズさんが抽斗から書類を出して、デスクの上に置いた。まずは権利書から手に取る。
――1947年カリフォルニア州自動車登録済権利証
所有者:ジーン・アーチャー
住所 :ロサンゼルス市北フリモント通り146番地――
ジーン・アーチャーか。この女性が自分で売りに来たんだろうか。
裏返すと、こちらは権利移転の部にも書き込みがされていた。
――移転登録部
売主氏名:ジーン・アーチャー 署名
住所:ロサンゼルス市北フリモント通り146番地
買主屋号:クームズ自動車商会
買主記名:リチャード・クームズ――
続いて領収書の写しを開いた。内容はハリソンが持っていたものと同じで、感圧複写された屋号の印影も、色がマラカイトグリーンに替わっただけで同じ場所に押されているようだ。
とりあえず、ハリソンはシロめかな。
「クームズさん、いくつか質問させてもらいますよ」
書類を置いてオーナーの方に向き直って言う。
「どうぞどうぞ、なんなりと」
「この自動車を売りに来た人のことを教えてください」
「女の子だったよ。そこの通りを行ったり来たりしてたんで、声をかけたんだ」
「自動車に不自然な点は無かったんですか?」
「まあ、私がいつも扱ってるようなのとは違ったけどね」
確かに、カイザー・フレイザーはここの売り場に並んでいるような自動車に比べると、だいぶ見劣りする。
「でも適正な価格で買い取ったと思っとるよ。かわいい娘だったが、濡れネズミ並みに狡猾そうだったな」
「支払いは小切手でした、それとも現金で?」
「小切手で。彼女は現金がよかったようだが、押し通したんだ。男ってのは現金収支をしっかりしとくもんだからな」
「横線*1で?」
「ああ。
後で手配を掛けといた方が良さそうだ。
「そのジーン・アーチャーさんってどんな人だったか、説明してもらえますか」
「ブルネットだ。歳は25か、26くらいかな? ぽっちゃり気味だったが、そう不細工ってわけでもなかったな」
「なるほど。なにか印象に残ったこととかあります?」
「ひどく急いていて、不安そうだったな。早くどっかに行かなきゃならんが、行く当てがないって感じだった。わかるだろ?」
よくわかる。この仕事をしてると制服だろうが刑事だろうが、そういう連中を相手にすることが多いんだ。あたしの場合は、物心ついたときからそういう連中の多い場所にいたわけだけど。
手帳にジーン・アーチャーなる人物の特徴を書き込んで、次の質問に移る。
「その権利書を刷ってる会社をご存知ですか」
あたしは事前に確認した。
さっき裏面の下に"印刷者:マーキー印刷会社 発行者:自動車庁"って書いてあるのを確認してたんだ。
「いいや。知ってるべきなのかい? 俺の仕事には関係なさそうだが」
「マーキー印刷って言うらしいんですが、聞いたことは?」
「マーキー?......ああ、あそこか。お役所書類は大体あそこのだよ。アリソ通りのサンペドロらへんにあったはずだ」
「さっきの小切手ですけど、振り出したのは正確に、いつごろでしたか」
「金曜日の、閉店間際だったかな」
「なんで現金払いにしなかったんですか」
クームズさんの目を正面から覗き込んで聞く。
「その時間帯なら、むしろ小切手払いの方が厄介じゃないですか? ウラがあるってわかってて、保険をかけたんでしょ?」
「ああそうだよ、なんか臭うなとは思ってたさ」
イライラと手を振り回してクームズさんが続ける。
「だから小切手払いにしたんだろうが、あんたらが追っかけやすくするためにな」
ありがたく思えよ小娘、とまでは言わなかったけど、口調はまさにそんな感じだった。
「それに、いざとなれば支払いを止められるし?」
「ああそうだ」
しばらく考えた後、手帳を閉じてから質問を付け加えた。
「これで全部ですか?」
「ああ、もちろん」
「本当に? 毎日自動車を扱ってるあなたなら、この権利書が偽造だって見抜けてもおかしくないんじゃないですか?」
もちろん見抜けてなくても問題はない。この権利書はとても精密だ。あたしたちも盗難車だって知らなかったら、この権利書を偽造だとは思わないくらいに。
「あのな、俺が扱ってるのは中古車で、無記名債券とかの類じゃないんだ。俺にそんな舐めた口をきき続けるならな、まともな協力がもらえるとは思わないこったな、小娘」
デスクをバンバン叩いて怒鳴るクームズを観察して、嘘はないと結論付けた。どのみちダメ元の質問ではあったし。
「失礼しました、クームズさん。質問は以上です、ご協力に感謝します」
「ハリソンさんをあんたの仕事から除外してやりなよ、お嬢さん。あいつはボウリングボール並みに鈍感だ。あまりに出来損ないすぎて、変化球を捕れるほど器用じゃなさそうだぞ」
「善処します。良い日をお過ごしください、クームズさん。では」
外に出ると、おまるんが顔を顰めて事務所の壁に寄り掛かっていた。
「話聞いてるだけで頭痛がひどくなった」
「質問側に立たなくてよかったね、おまるん」
二人並んで店を出ながら、おまるんに聞く。
「これでハリソンさんは放免かな」
「だな。次はジーン・アーチャーか。ポルカが自動車回しとくから、獅白はそこの
「あいよ」
歩道に立ってる電話函に鍵を差し込んで蓋を開く。受話器を取って、受令台を呼び出すために
「受令台です。名前と
「シシロ。
「用件をどうぞ」
「
「手配します」
「ありがとう」
電話を切って、すぐ脇の路肩に移動してきてた捜査用車に乗り込むと、おまるんが無線と喋っているところだった。
「......に関連があると思料されます。現在、担当刑事の取調べ待ちです」
「2K44了解。あー、帰庁の際に改めて通報します」
「KGPL了解。以上KGPL」
「なんて?」
「ジェイムズ・ベラスコってやつが自動車泥棒で捕まったんだって。フライシャー警部補がこっちの件と関係あるらしいって知らせてくれたんだよ」
「なるほど。じゃあ次は中央署?」
「いや」
おまるんはギアを入れて、フランシスコ通りの自動車の流れにビュイックを入れた。
「先にジーン・アーチャーの登録住所に行ってみる。ベラスコにはその間、たっぷり冷や汗をかいててもらおう」