「ようお二人さん、ベラスコは取調室2にいる。偽造書類で盗難車を運転してるところを捕まったんだ」
ジーン・アーチャーの登録住所、北フリモント通り146番地は誰がどう見ても空き地で、誰も住んじゃいなかった。
中央警察署に戻ると、警務係のデスクからフライシャー警部補が教えてくれた。お礼を返して、獅白と二人で署の奥にある取調室に向かう。
「ふーん、なるほどね」
特注のガラス窓越しに、二人でベラスコの様子を観察していると獅白が言った。
「怒ってるね。俺は何も悪いことはしてないぞ、って顔だ」
「でも多分見せかけだな」
「そうだね。貧乏ゆすりは激しいし、視線にも落ち着きがない。こっちから見られてるってわかってるから、弱い態度を出さないようにしてんだな」
黒っぽい作業服にチェックのシャツ、顔には黒くて太いロイド縁の眼鏡。いかにも怒った表情をしていても、その視線はあっちにこっちにと落ち着きなく移ろっている。
「この人でなしども」
入室するなりベラスコが吐き捨てるように言った。あたしはベラスコの正面に座ると、わざと意味を取り違えて返した。
「まあポルカは1/4くらいヒトじゃないしね。ジェイムズ・ベラスコさん?」
「弁護士を呼べよ。あれは俺の自動車で、証書類もちゃんと持ってんだよ」
そう言って、机の上に置かれた権利書を叩いた。
あたしはそれを取り上げると、広げて目を走らせる。本日三枚目になる、州の自動車登録済権利証だ。
ある個所の表記があたしの目を引いた。
――登録住所:ロサンゼルス市北フリモント通り146番地――
さっきまでいた空き地だ。
「ベラスコさん、確かにこの書類は本物っぽく見えるけど、これは偽造だね。自動車はあんたのじゃない。どこに持ってくつもりだったの」
「勝手にやってろよ。何も喋らないからな」
「あっそ、じゃあポルカは今から
椅子から立ち上がり、ベラスコを見下ろして――身長の問題であんまり高さが確保できなかったけど――薄情そうに言う。
「
「......取引がしたい」
一転して真っ青になったベラスコが言う。
「取引するかを決めるのはあたしたちだよ」
獅白が言って、後ろからベラスコの肩に手を置いた。
「とにかく喋りな。その価値があれば取引してやってもいいよ」
「......俺の仕事は、自動車を州外に運び出すことなんだ。ネヴァダとかアリゾナとか、たまにはニューメキシコとかまで。書類もあるからそんなに難しいことじゃないんだ」
「まあ書類の出来はいいからな。ところでジーン・アーチャーって知ってるか」
「いや、知らない」
「いいや知ってるはずだね」
権利書の住所欄をとんとん指で叩く。
「彼女の権利書と登録住所が同じなんだよ。同居人の名前くらい知ってるもんだろうが」
もちろん同居してるわけじゃないことは知ってる。そもそも空き地なんだし。
「同居してるわけじゃないならこうだな。彼女もあんたと同じ運び屋、と」
「くそったれ、そうだよ知ってるよ。今まであった人間の中でも指折りの阿呆だ。いっつもくだらない、小狡いことばっかり考えてるやつだ。なんで連中が彼女を雇ってるのかわかんないね。これで満足?」
「とりあえずはね。で、州外に運び出した自動車はその後どうなるの」
「知らない。俺は運ぶだけだから」
「ねえベラスコ、取引が欲しいんでしょ?」
後ろから再び獅白が口をはさんだ。
「それともこうしよっか、まずあんたを留置場に戻す。そんであたしたちが署内に、あんたがショタコン*1だって言いふらして回る。どれだけ耐えてられるか見物だね」
「ポルカは1時間以内に5ドル賭ける」
「わかったわかったから、おい、聞けよ!」
胴元を誰にするか話し始めたあたしたちに、机を殴りながらベラスコが言った。
「自動車はシカゴとか東部の方に転売されるんだ。時々そっちから来た自動車を持って帰ってくることもある」
「それで、普段はどこで自動車を拾うの」
「イースト・ダウンタウンにある倉庫だよ」
「住所!」
机をバンと叩いて発破をかける。
「
「インダストリアル通りのどっかだよ、番地までは覚えてない! なあ、これでいいだろ? 助けてくれるんだよな?」
「あんたの言ったことが一つ残らず正しけりゃね」
そう言う獅白に合図して立ち上がり、取調室から出る。
「間違いがなかったらそう、
獅白がそう言って、取調室のドアを閉めた。
「やあ、シシロ刑事ってのはあなた?」
取調室の外で待っていた男が声をかけてきた。背広姿で、左胸に市警職員の証票を付けている。
「いや獅白はこっちで、あたしは尾丸。あんたは?」
「レイ・ピンカー、鑑識課。あんたらが持ってきた権利書だけど、ありゃ全部本物だ」
「一流の偽造とかじゃなくて?」
獅白がピンカー技師に聞く。
「ああ、記載事項はともかく書類自体はな。カリフォルニアでこいつを刷ってる会社は一社だけ、マーキー印刷会社だ。印刷番号を会社に確認したら、たしかにそこが刷って発行したものだそうだ」
「確認を取ったの?」
つい口をはさんでしまったけど、ピンカーは特に気にする風もなく続けた。
「経営者を知っててね、ゴールトン・ライトヴォルって言うんだが。綴りが厄介なんでメモしといたよ」
そう言って公用便箋をたたんだものを獅白に渡した。横から覗き込むと、ライトヴォルの名前と印刷会社の住所が書いてあった。アリソ通り323番地。
「ありがとねピンカー技師、これはいい手掛かりになりそうだ」
「レイでいい。じゃあ俺はこれで」
ピンカーが署の奥にある地下への階段の方に歩み去ると、ほとんど同時に玄関の方からフライシャー警部補が大股で歩いてきた。
「シシロ! お前が
「ありがとうございます!」
二人で玄関から飛び出す。南ヒル通り253番地ならすぐそこだ。
駐車場に行く手間を惜しんで、ちょうど玄関前に停まったパトカーに警察官
「ちょっと! このパト借りるよ」
「構いませんけど、鍵は自分で戻してくださいね」
顔は不服そうな巡査から鍵を受け取って、46年式フォードのパトカーに乗り込む。
獅白がサイレンと赤色
「ウェスタン・ユニオンか。のこのこ銀行に換金に行かないくらいには頭が回るみたいだね」
「だな」
路面電車を避けるのに忙しいあたしは、獅白の言葉に短く返事をする。
ウェスタン・ユニオン
「おまるんここだ」
「おっけい!」
ブレーキペダルを踏み込むと、パトカーがキイキイ悲鳴を上げて253番地の路肩に停まった。
パトカーから降りて、二人でウェスタン・ユニオンの営業所――思った通り、電信送金じゃなくて証券買取を扱う営業所だ――に入る。客は一人だけで、淡い緑色の服を着こんだ女性だ。これがジーン・アーチャーらしい。
獅白が窓口の奥の店員に警察官
「
「まったく、なんだってみんな私の邪魔をするの」
窓口からこっちに振り向いたアーチャーはぽっちゃりだったけど、クームズさんの言った通り不細工でもなかった。なんというか......とても微妙なかんじだ。お世辞にも美人とは言えないけど、不細工は言い過ぎみたいな、そんな。
「ねえ、私のお金を受け取るだけなのよ。それの何がいけないの」
「そのお金が盗難車の代金だからですよ」
獅白が手帳を取り出しながら、こっちを振り返って言った。
「おまるん、