H.L. Noire   作:Marshal. K

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A Slip of the Tongue #4 ~Interval~

 

 

「ようお二人さん、ベラスコは取調室2にいる。偽造書類で盗難車を運転してるところを捕まったんだ」

 

 ジーン・アーチャーの登録住所、北フリモント通り146番地は誰がどう見ても空き地で、誰も住んじゃいなかった。

 中央警察署に戻ると、警務係のデスクからフライシャー警部補が教えてくれた。お礼を返して、獅白と二人で署の奥にある取調室に向かう。

 

「ふーん、なるほどね」

 

 特注のガラス窓越しに、二人でベラスコの様子を観察していると獅白が言った。

 

「怒ってるね。俺は何も悪いことはしてないぞ、って顔だ」

「でも多分見せかけだな」

「そうだね。貧乏ゆすりは激しいし、視線にも落ち着きがない。こっちから見られてるってわかってるから、弱い態度を出さないようにしてんだな」

 

 黒っぽい作業服にチェックのシャツ、顔には黒くて太いロイド縁の眼鏡。いかにも怒った表情をしていても、その視線はあっちにこっちにと落ち着きなく移ろっている。

 

「この人でなしども」

 

 入室するなりベラスコが吐き捨てるように言った。あたしはベラスコの正面に座ると、わざと意味を取り違えて返した。

 

「まあポルカは1/4くらいヒトじゃないしね。ジェイムズ・ベラスコさん?」

「弁護士を呼べよ。あれは俺の自動車で、証書類もちゃんと持ってんだよ」

 

 そう言って、机の上に置かれた権利書を叩いた。

 あたしはそれを取り上げると、広げて目を走らせる。本日三枚目になる、州の自動車登録済権利証だ。

 ある個所の表記があたしの目を引いた。

 

――登録住所:ロサンゼルス市北フリモント通り146番地――

 

 さっきまでいた空き地だ。

 

「ベラスコさん、確かにこの書類は本物っぽく見えるけど、これは偽造だね。自動車はあんたのじゃない。どこに持ってくつもりだったの」

「勝手にやってろよ。何も喋らないからな」

「あっそ、じゃあポルカは今から地方検事(DA)局に行ってくるから。重自動車窃盗で一番重い量刑になるように掛け合ってあげる」

 

 椅子から立ち上がり、ベラスコを見下ろして――身長の問題であんまり高さが確保できなかったけど――薄情そうに言う。

 

州立刑務所(サン・クエンティン)に10年。青春にサヨナラを言っとくんだね」

「......取引がしたい」

 

 一転して真っ青になったベラスコが言う。

 

「取引するかを決めるのはあたしたちだよ」

 

 獅白が言って、後ろからベラスコの肩に手を置いた。

 

「とにかく喋りな。その価値があれば取引してやってもいいよ」

「......俺の仕事は、自動車を州外に運び出すことなんだ。ネヴァダとかアリゾナとか、たまにはニューメキシコとかまで。書類もあるからそんなに難しいことじゃないんだ」

「まあ書類の出来はいいからな。ところでジーン・アーチャーって知ってるか」

「いや、知らない」

「いいや知ってるはずだね」

 

 権利書の住所欄をとんとん指で叩く。

 

「彼女の権利書と登録住所が同じなんだよ。同居人の名前くらい知ってるもんだろうが」

 

 もちろん同居してるわけじゃないことは知ってる。そもそも空き地なんだし。

 

「同居してるわけじゃないならこうだな。彼女もあんたと同じ運び屋、と」

「くそったれ、そうだよ知ってるよ。今まであった人間の中でも指折りの阿呆だ。いっつもくだらない、小狡いことばっかり考えてるやつだ。なんで連中が彼女を雇ってるのかわかんないね。これで満足?」

「とりあえずはね。で、州外に運び出した自動車はその後どうなるの」

「知らない。俺は運ぶだけだから」

「ねえベラスコ、取引が欲しいんでしょ?」

 

 後ろから再び獅白が口をはさんだ。

 

「それともこうしよっか、まずあんたを留置場に戻す。そんであたしたちが署内に、あんたがショタコン*1だって言いふらして回る。どれだけ耐えてられるか見物だね」

「ポルカは1時間以内に5ドル賭ける」

「わかったわかったから、おい、聞けよ!」

 

 胴元を誰にするか話し始めたあたしたちに、机を殴りながらベラスコが言った。

 

「自動車はシカゴとか東部の方に転売されるんだ。時々そっちから来た自動車を持って帰ってくることもある」

「それで、普段はどこで自動車を拾うの」

「イースト・ダウンタウンにある倉庫だよ」

「住所!」

 

 机をバンと叩いて発破をかける。

 

地方検事(DA)に掛け合って欲しいの、それとも欲しくないの!? 掛け合ってほしいならさっさと喋る!」

「インダストリアル通りのどっかだよ、番地までは覚えてない! なあ、これでいいだろ? 助けてくれるんだよな?」

「あんたの言ったことが一つ残らず正しけりゃね」

 

 そう言う獅白に合図して立ち上がり、取調室から出る。

 

「間違いがなかったらそう、地方検事(DA)に口利きしてあげる」

 

 獅白がそう言って、取調室のドアを閉めた。

 

「やあ、シシロ刑事ってのはあなた?」

 

 取調室の外で待っていた男が声をかけてきた。背広姿で、左胸に市警職員の証票を付けている。

 

「いや獅白はこっちで、あたしは尾丸。あんたは?」

「レイ・ピンカー、鑑識課。あんたらが持ってきた権利書だけど、ありゃ全部本物だ」

「一流の偽造とかじゃなくて?」

 

獅白がピンカー技師に聞く。

 

「ああ、記載事項はともかく書類自体はな。カリフォルニアでこいつを刷ってる会社は一社だけ、マーキー印刷会社だ。印刷番号を会社に確認したら、たしかにそこが刷って発行したものだそうだ」

「確認を取ったの?」

 

 つい口をはさんでしまったけど、ピンカーは特に気にする風もなく続けた。

 

「経営者を知っててね、ゴールトン・ライトヴォルって言うんだが。綴りが厄介なんでメモしといたよ」

 

 そう言って公用便箋をたたんだものを獅白に渡した。横から覗き込むと、ライトヴォルの名前と印刷会社の住所が書いてあった。アリソ通り323番地。

 

「ありがとねピンカー技師、これはいい手掛かりになりそうだ」

「レイでいい。じゃあ俺はこれで」

 

 ピンカーが署の奥にある地下への階段の方に歩み去ると、ほとんど同時に玄関の方からフライシャー警部補が大股で歩いてきた。

 

「シシロ! お前が全部署手配(APB)をかけてた487被疑者――ジーン・アーチャー――を巡査が見つけた。南ヒル253のウェスタン・ユニオンだ。今、店員が仕事を遅らせて引き留めてる。すぐ行けば捕まえられるかもしれんぞ」

「ありがとうございます!」

 

 二人で玄関から飛び出す。南ヒル通り253番地ならすぐそこだ。

 駐車場に行く手間を惜しんで、ちょうど玄関前に停まったパトカーに警察官(バッジ)をふりかざす。

 

「ちょっと! このパト借りるよ」

「構いませんけど、鍵は自分で戻してくださいね」

 

 顔は不服そうな巡査から鍵を受け取って、46年式フォードのパトカーに乗り込む。

 獅白がサイレンと赤色投光器(スポットライト)を作動させるとアクセルを踏み込み、一気に加速しつつ反対側の車線に入った。そのまますぐの交差点を左折してヒル通りを南下する。

 

「ウェスタン・ユニオンか。のこのこ銀行に換金に行かないくらいには頭が回るみたいだね」

「だな」

 

 路面電車を避けるのに忙しいあたしは、獅白の言葉に短く返事をする。

 ウェスタン・ユニオン電信(テレグラフ)は個人間送金を主に扱う電信会社だけど、小切手や手形類の買い取りとか小口の即日融資とかの金融業もやっている。横線小切手だと普通の換金手続きには時間がかかるけど、これならすぐ現金が手に入るわけだ。

 

「おまるんここだ」

「おっけい!」

 

 ブレーキペダルを踏み込むと、パトカーがキイキイ悲鳴を上げて253番地の路肩に停まった。

 パトカーから降りて、二人でウェスタン・ユニオンの営業所――思った通り、電信送金じゃなくて証券買取を扱う営業所だ――に入る。客は一人だけで、淡い緑色の服を着こんだ女性だ。これがジーン・アーチャーらしい。

 獅白が窓口の奥の店員に警察官(バッジ)を見せて声をかける。

 

ロス市警(LAPD)です。あとはあたしたちがやります」

「まったく、なんだってみんな私の邪魔をするの」

 

 窓口からこっちに振り向いたアーチャーはぽっちゃりだったけど、クームズさんの言った通り不細工でもなかった。なんというか......とても微妙なかんじだ。お世辞にも美人とは言えないけど、不細工は言い過ぎみたいな、そんな。

 

「ねえ、私のお金を受け取るだけなのよ。それの何がいけないの」

「そのお金が盗難車の代金だからですよ」

 

 獅白が手帳を取り出しながら、こっちを振り返って言った。

 

「おまるん、護送車(Bワゴン)呼んできてくれる? その間にあたしが話聞いとくから」

 

 

 

*1
ホモかつロリコンというのは、当時のアメリカでは嫌われ要素の役満手みたいなもの。留置場で不審死を遂げてもおかしくないくらい。なんなら現代でもかなり嫌われる

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