「KGPLから1A18。1アダム18、
「1アダム18です、
助手席の窓越しに送話器を引っ張り出して、車外で応答する。
「1A18、
「1A18、了解」
車内に送話器を放り込み、相勤の方を振り返る。
「だってさ」
「じゃあ信号無視だけだね」
ホワイトライオン系獣人の相勤はなんとも呑気な声で言うと、パトカーの後席ドアを開けて待たせていたおっちゃんに交通切符へのサインを求めた。
一方のあたし、尾丸ポルカ巡査はというと、さっきのはしゃぎようを思い出して恥ずかしくなる。相勤がこうも飄々として落ち着いているので尚更に。
ついニ十分ほど前。
「オマル、シシロ、今日はお前たちの相勤がどっちも休みだ。今日は二人で警邏しろ。18号車だ」
出勤早々警務主任のフライシャー警部補に告げられてまず驚き、ついである疑念が頭をかすめた。
獅白のいつもの相勤、雪花ラミィのことはあたしもよく知っている。さては公休の昨日、呑み過ぎたな?
「そんなわけでよろしくね、おまるん」
「ん、ああ、よろしく」
挨拶をかわしつつ、二人で中央警察署の玄関を出る。
「こうして制服着て会うのって随分久しぶりな気がしない?」
「確かに。それこそ
「それはないでしょ。でも滅多に勤務被らないからね~」
会話しつつ、あたしは最近見ていない同期の制服姿を思い出していた。
雪花ラミィはたわわに実った果実をお持ちで、制服のシャツは大抵はち切れそうになっている。
市警はまだ婦人用の制服を採用していないので、あたしたちは仕立て直した男物の制服を着ている。それでも肩幅が若干余ったり、胸元がキツかったりして、ラミィは特に――
「おまるん、いまえっちなこと考えてたでしょ」
「うえぇ!?」
「制服着たラミちゃんのこととか?」
「!?!?!?」
「図星じゃん」
確かにあれは凶悪だからね~と、自身も現在進行形で制服のシャツに無理をさせている獅白が笑う。
「そんな動揺してたら、大声で自白するのと大差ないよ」
「......はいそうです、してました! ポルカはラミィの制服姿を思い描いて興奮してました! これで満足かよ!?」
駐車場に誰もいないのをいいことに大声で自白して、パトカーに乗り込みざま大きな音を立てて助手席のドアを閉める。クソ、恥ずかしいったらない。
なおもケラケラ笑いながら獅白がエンジンをかけ、パトカーを駐車場から出し、
「お」
「あ」
一台の自動車が中央署の前にある交通信号機の停止信号を、ものの見事に無視して交差点を突っ切って行った。
「おいおいおいおい、ずいぶん大胆だな」
「おまるん、サイレン」
「はいはい」
ダッシュボードの下にあるトグルスイッチを弾いて赤色
獅白がポンコツパトカーに悲鳴を上げさせて急加速し、パッカードのケツに一気に迫る。パッカードが他の自動車ともども路肩に寄ると、獅白もその後ろにパトカーを停めた。
「スピード違反は測定できず。赤無視だけかな」
「そうとも限らないよ」
若干残念そうに言った獅白に、パッカードのライセンスプレートを指して言う。
「州外ナンバーだ。未登録なら無車検運行で引っ張れるし、それに......」
サンバイザーの上から、
「46年式パッカードが三日前にサンフランシスコで盗まれてる。色も番号も違うけど、
「じゃ、どうなるか見てみようか」
あたしたちは降車して、ゆっくりとパッカードに近づいていく。
「こんにちは、
獅白があくまで丁重に、運転手に話しかけているのが聞こえる。
一方のあたしは右手を拳銃入れの上に置いて、運転手が変な気を起こさないように圧をかける。人は時に、数十ドルの罰金を逃れんがために逃走を試みたり、警官に銃を向けたりするのだ。
勿論、トランクに数十オンスのヘロインを積んでいたから、というようなこともある。しかし交通違反以外に何らやましいところの無いような人ですら、時には抵抗して、殉職者を生み出す原因になったりするんだ。
あたしは獅白が入院したり、棺桶に入ったりするのを見たくはない。
「そうですか。じゃあこちらも早く手続きを済ませようと思いますので、免許証と車検証を出していただけますか?」
運転手が小物入れの中を引っ掻き回すのを、警戒して見守る。車検証の代わりに拳銃を出してくることがままあるんだ。
今回は無事に革の車検証入れが登場して、あたしは少しだけ肩の力を抜く。
獅白がニューメキシコ州政府発行の免許証と車検証を見比べて、車検証をひっくり返す。
「当州の登録証はお持ちですか?」
「いや、あー、宿に忘れた」
「そうですか。では自動車庁に確認をとりますので、残念ですが一旦降りていただけますか」
運転手は一瞬厭そうな顔をしたけど、獅白がドアを開けると黙って降車した。あたしはパトカーに歩み寄って、後部座席のドアを引き開けて運転手のおっちゃんが歩いてくるのを待った。
「すぐに問い合わせますんで、ちょっとお待ちください」
ぶっきらぼうに言ってドアを閉める。
「じゃああたし切符書いとくから。おまるんは電話よろしくね」
免許証と車検証を受け取ると、丁度近くにあった
受話器を取って、交換手に合図するために
「受令台です」
「オマル。
「ご用件は何でしょう、巡査」
「自動車登録情報を。ニューメキシコ州、3-
「了解しました。DMVに問い合わせるので少々時間がかかります。照会結果をKGPLに伝言しますか」
「お願いします、1アダム18です。ありがとう」
電話函を閉めて、しっかり施錠する。これを忘れると処分対象になる。
パトカーのところに戻ると、交通切符を書き終えたらしい獅白が話しかけてきた。
「とりあえず、盗難車の線は消えたね」
「そうだな。免許証まで盗まれたとは書いてなかったし」
ニューメキシコ州の車検証と自動車の特徴が一致して、車検証の所有者情報とこれまたニューメキシコの免許証の情報も一致したなら、少なくともサンフランシスコで盗まれたパッカードではない。
でも未登録車かもしれないし、と獅白に抗弁を続けたところ無線が鳴り、
冒頭に戻る、というわけ。
自分のはりきりっぷりが妙に痛々しく思えて仕方ない。ポルカヘラるか。1947年にメンヘラなんて単語あったか?
などと悶々としていると、
「ん?」
スポーツタイプのマーキュリーが一台、タイヤを軋らせて交差点を曲がってきた。ぐんぐん加速して、制限速度もぶっちぎって次の交差点に突入する。
「待て待て待て、ヤバいって!」
赤信号を無視して交差点に入ったマーキュリーは他の自動車を避けようとして体勢を崩して、こっちに突っ込んでくる!
「獅白! おっちゃんは頼んだ!」
叫ぶや否や飛びのくと、
ガチャーン!!!
ドデカい音を立ててマーキュリーがパトカーに追突、さらにパトカーがパッカードに追突した。
マーキュリーはさらにパトカーの横をガリガリ削って歩道を進み、道路脇の洋裁店に突っ込んでようやく停まった。
「獅白! 怪我は!?」
「ん、大丈夫そう。あなたも大丈夫ですか?」
「え、ええ、その、はい」
おっちゃんは赤面して、どもりどもり答える。
どうやら獅白に抱えられた際にその豊満なπを堪能したらしい。なんとうらやま......違う違う、とにかく無事なようでよかったけしからん。
「歩行者にもケガ人はいないみたいだね」
「そうだな。あとはそのじゃじゃ馬の運転手くらいか」
ガソリンとオイルの匂いに混じる、濃厚な血の匂いに鼻をうごめかす。
死んでてもおかしくないぞ、と思いつつマーキュリーの残骸の左側に回ると......
「......警官?」
大開きになった運転席のドアから、濃紺のズボンと黒い靴を履いた足が垂れている。これも黒いふさふさのしっぽが力なく、だらりと垂れている。
獣人だ。
車内をのぞき込んで、獅白に叫ぶ
「獅白! 救急車! 警官が負傷!」
「警官!?」
「早く!」
獅白はパトカーから送話器を引っ張り出したけどすぐにそれを捨てて、大して離れていない中央署へと走って行った。
無線電話機の本体はトランクに積んである。さっきマーキュリーがぶつかった時に潰れちゃったんだろう。
あたしは制服のシャツを脱いで丸めると、負傷した巡査――階級章がないから多分そうだ――の傷口に押し当てた。といっても、止血の効果があるかは怪しいところだ。
巡査はイヌ系の耳が付いた頭を助手席の方に向けてうつぶせになっていて、左の脇腹にステアリングコラムがめり込んでいる。濃紺のシャツが真っ赤に染まってその範囲がどんどん広がっていく。
いくら獣人でもこれはまずい。でも多分、無理矢理引き抜くのはもっとまずい。中身がこぼれ出てしまいかねない。
今、あたしにできることはなんだ?
洋裁店の店主が何か喚いているけど、頭の芯が痺れたようになってよく聞こえない。いったい何を......
「ミオ!!!」
「!?」
誰かに突き飛ばされて、瓦礫の中にころがされた。
慌てて起き上がる。
白いイヌ系の耳としっぽを持つ巡査が、負傷した巡査を自動車から引っ張り出そうとしていた。
この人は知ってる。警察学校の先輩、ウィルシェア署の白上フブキ巡査だ。
というか、いま引き抜くのは絶対マズいって!
「まって、フブキ先輩、まって! いま抜くのは絶対マズいです!」
「離して! ミオが!」
まずい、この人半狂乱だ。
羽交い締めにはしたものの、あっちもこっちも獣人なので力で抑え込むのは難しい。
どうしたものかな。
「あ! 獅白!」
「救急車すぐ来るって......どしたの」
「フブキ先輩抑えるの手伝って! あたしだけじゃどうにもなんない!」
「ふーん」
考え込むような声を出しつつやってきた獅白は、手刀を作ってフブキ先輩の首許に一撃くれた。
「ミオ! ミ゛ッ......」
がくんとフブキ先輩が脱力する。
すごい。なんとかしてくれる、獅白ぼたん。
署から走ってきたらしい警察医と衛生巡査たちが、ミオ巡査に群がり始めた。
白目を剥いたフブキ先輩をとりあえず歩道に転がして、獅白に聞く。
「これ、大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫、ちょっと失禁するかもしれないけど」
「路上で失禁は充分まずいが!?」
慌ててフブキ先輩のズボンを確認する。濡れてないし、異臭もしない。問題なさそうだ。
「それよりおまるん、」
顔を顰めて獅白が言う。
「ここのお店から何か借りたら? おまるんの格好も充分ヤバいと思うけど」
あたしは自分を見下ろし、自分が血塗れかつ、上半身下着姿なのに気が付き、
今日イチの悲鳴を上げた。