H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Red Lipstick Murder #5

 

 

「交換台? KGPLに繋いでください」

「緊急ですか?」

「違います」

「少々お待ちください」

 

 交換手が交換手電話機のダイアルを廻す音を聞きながら、私はさっきのミオの異様な張り切りようを思い出していた。たぶん、大した収穫がなかったことを負い目に思ってのことなんだろうけど、若干空回り気味だったのは否めない。下手は踏まないと思うけど、一応電話が終わったら様子を見に行こう。

 そう独り決めしたところでちょうど回線の繋がる音がした。

 

「受令台です」

「シラカミ。識別番号(バッジナンバー)、1005V(ヴィクター)

「用件をどうぞ」

「盗犯課専務員と鑑識課技師の臨場を願います。459事件の疑いあり。場所、北ユニオン通り142番地、北ユニオン142です」

「了解しました、盗犯専務と技師を派遣します。他に用件はありますか」

「あります。自動車庁(DMV)から伝言が届いてませんか?」

「少々お待ちください......シラカミ刑事への伝言はありません」

 

 登録番号の照会結果がもう来てもいいころだと思ってたんだけど、今日のDMVはずいぶん混んでいるらしい。

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 お礼を言って受話器を置くと、台所(キッチン)に回って勝手口から裏庭に出た。お隣に目をやると、裏庭に青い40年式フォード・ビジネスクーペが駐まっていて、ミオがパッと見四十代くらいのご婦人と話しているのが目に留まった。

 

「......音楽を聴きながら喚き散らしてたわ。10時くらいまでだったかしら」

 

 ミオの背後から近づいていく。

 

「彼女はすっかり酔っぱらっててまともに運転できそうにない感じだったけど。彼女、癇癪を起すと手が付けられなくタイプなのよ、わかるでしょ?......それで、これはどういうことなのお巡りさん? セリーンは無事なの?」

「......残念ですが、ヘンリー夫人は殺害されました」

 

 ミオはちょっと言い方を考えるような間を開けたけど、結局直截(ストレート)な言い方を選んだ。

 お隣さんの顔にまぎれもないショックが走った。息をのんで、何もない空中に何かをつかもうとするように手をさまよわせた。

 

「セリーンが......ああ、なんてこと......ちょっと座ってもいいかしら......」

「お連れします、奥さん。あそこのベンチでいいですか?」

「ええ、ええ......ありがとう」

 

 ミオがお隣さんに手を貸して、その家の勝手口脇にあるベンチのほうに歩いていくのを見ながら、私はそのまま表の方へ立ち去った。

 

 

 

 

 

 思った通り、ミオはそう時間を経ずに表へ戻ってきた。かなり動揺していたみたいだったから、あれ以上聴取を続けるのは難しいだろうな。

 

「昨晩、セリーンはジェイコブと大喧嘩したみたいです」

 

 ナッシュに寄り掛かって葉巻を吹かしているラスティに、ミオが説明を続ける。

 

「セリーンは昼間から呑んでいて、仕事から帰ってきたジェイコブが愛想をつかしたみたいですね。彼は出ていって、セリーンは10時頃までここで呑み続け、その後徒歩で出かけたそうです」

「バンバ・クラブかな?」

「だろうな。あのメモは旦那が出ていく時に書いたものか?」

「さあ、そこまでは」

 

 ラスティが葉巻を揉み消しながら質問すると、ミオは捜査用車に乗り込みながら困ったように答えた。エンジンをかけて、ユニオン通りの交通に自動車を乗せてから付け加えるように言った。

 

「ただ、いつもはセリーンがジェイコブに一方的に暴力をふるってたみたいですが、お隣さんによると最後にジェイコブが一矢報いたんじゃないかと言ってます。セリーンの顔に痣を作ったんじゃないかって言ってました」

「随分好奇心旺盛なお隣さんだな」

「喧嘩の方は大騒ぎだったんでしょう。痣については本人がそう喚いてたらしいです。ジェイコブが出て行ってから出かけるまで、セリーンは音楽をガンガンかけて、それに負けないくらい大声で喚き散らしてたそうです」

「近所迷惑もいいところだね」

「まあ、ジェイコブのやつが何て言うか、行って聞いてみようや」

 

 後部座席に沈み込むように座っているラスティが唸るように言った。

 

「どうも流れが変わってきた気がする。ことによるとやっこさんはホシじゃないかもな」

 

 

 

 

 

 ジェイコブが別居先に選んだのはシティ・ウェストにあるスパニッシュ・リバイバル風の安アパートだった。

 各アパートメントの玄関は、南国っぽい灌木や椰子の木が植えてある中庭(パティオ)に面して配置されている。スペイン風の飾りアーチもかけてあって、後は噴水があったら完璧かな。さすがにこの中庭(パティオ)にそんな広さは無いけど。

 

「なんか今日はスペイン風建築巡りをしてる気がするよ......」

 

 ミオがぼそっと感想を漏らすと、ラスティが鼻を鳴らして言った。

 

「ほら、突入するぞ。後からついてこい」

 

 突入? と聞き返す暇もなく、ラスティは拳銃を構えて2号室の玄関ドアを蹴破った。

 

「ジェイコブ・ヘンリーか!?」

「うわあ!」

 

 玄関入ってすぐは食堂兼台所(ダイニング・キッチン)になっていて、そこで料理していたツナギ姿の男が驚いたように振り向いた。まあ、誰だって急に玄関を蹴破られたら驚く。

 あまりにも荒っぽいやり方にミオともども呆れつつ、私たちもラスティに倣って拳銃を抜いて男の方に向けた。

 

「そうだ、そうだよ! あんたらは誰なんだ?」

ロス市警(LAPD)だ。ジェイコブ・ヘンリー、セリーン・ヘンリー殺害の容疑で逮捕する」

「殺害? セリーンが? なんてことだ......」

「芝居はRKO*1に出るときのために取っとけよ。目下、お前は面倒な立場になってるぞ」

 

 ラスティはジェイコブが抵抗しないとみて拳銃をしまうと、そのままずかずか居間(リビング)のほうに歩いて行った。一見本物のショックを受けたように見えるジェイコブがふらふら続いて、私たちもその後から居間(リビング)に向かう。

 

「面倒な立場? あんたらは一体何の話をしてるんだ? 人んちにずかずか上がり込んだかと思えば、セリーンが、彼女が......」

「座りましょうか、ヘンリーさん」

 

 ミオが一歩進み出ると、小さな輪を描いてぐるぐる同じ場所を歩いていたジェイコブの腕を取って、ソファに座るように促した。

 

「ちょっとお宅の中を見せてもらいます。それが終わったら、ゆっくりお話を伺いますよ」

「その......わかった。すまない......」

 

 ジェイコブがゆるゆるとソファに腰を下ろすのを確認すると、ラスティが言った。

 

「俺はここでこいつを見てるから、お二人さんで見て回ってくれ」

「フブキ、ウチは奥から始めるよ」

「じゃあ白上はこの部屋からね」

 

 ミオが台所(キッチン)を抜けて奥の部屋――たぶん寝室かな――に向かうのを確認してから、私は居間(リビング)の家探しを始めた。

 

 

 

*1
ハリウッド黄金期を象徴する映画スタジオの一つ。'50年代の終わりに倒産した

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