H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Red Lipstick Murder #6

 

 

 ウチは食事室(ダイニング)を抜けて寝室に入ると、捜索を始め......ようとした。

 でもどうやらジェイコブはここに着いたばっかり見たいで、洋服箪笥(ワードローブ)押入れ(クローゼット)のなかは空っぽだった。ジェイコブの私物はまだ、ベッドの上の開きっぱなしの衣裳鞄(スーツケース)に入ったままみたいだ。

 その衣裳鞄(スーツケース)の中をごそごそやる。血塗れの服でも入ってたりしないかな。

 

「うーん、洋服ばっかだな......あいてっ」

 

 鞄の中から革靴の片方が転がり落ちて、ウチの足の上に着地した。結構重めの靴で、思ったより痛い。

 ひっくり返してサイズの刻印を確認する。

 

「サイズは......紳士用の11(29センチ)か。この大きさの足で8(26センチ)の靴を履くのはちょっと無理があるかな」

 

 靴を引っ張り出した洋服たちと一緒に衣裳鞄(スーツケース)に戻すと、食事室(ダイニング)に戻った。

 

「あ、ミオ。ちょっとこれ見て」

 

 食事室(ダイニング)部分と台所(キッチン)部分を区切るカウンターの横に立つフブキが、ウチを手招きした。カウンターの上、電話機の脇に置かれたメモ用紙を指している。

 

「これは?」

「上の用紙になにか書いて、便箋代わりに使ったみたいなんだよ。鉛筆で擦ってみたら御覧の通り」

「筆圧かあ」

 

 黒鉛で黒く塗られたメモ用紙に白い文字が浮かび上がっていた。

 

 

――申し出ありがとう。

  妻と事を構えるときには連絡するよ――

 

 

「つまり? フブキはジェイコブが殺し屋の類を雇って、奥さんを殺させたと思ってるの?」

「まあね。単純に離婚調停のために、代理人をやってくれる弁護士を探してるのかもしれないけどさ」

 

 フブキはひらひら手を振って言った。表情を見るに、どっちかって言うとその可能性が高いと思ってるみたいだ。

 

「でもフブキ、それなら辻褄が合うこともあるんだよ」

「なに?」

「靴なんだよ。寝室にあったジェイコブの靴は11だった」

「なるほど。じゃあ少なくとも、ジェイコブが自分で手を下した可能性は消えたね。でもこのメモが物騒なほうの代理人に宛てたものの可能性は消えたわけじゃないから、直接話を聞いてみよっか」

 

 

 

 

 

「落ち着きましたか、ジェイコブさん」

「あ、ああ、まあ......」

 

 居間(リビング)でギャロウェイ刑事に見張られていたジェイコブのところに戻ると、ウチはまずそう聞いた。威圧感控えめに、でも優しすぎないように。これ結構難しいんだ。

 一方フブキは食事室(ダイニング)から引っ張ってきた椅子を乱暴にジェイコブの前に置くと、勢いよく腰を下ろして聞いた。

 

「じゃあキリキリ質問に答えてもらいますね。昨晩奥さんがどこにいたかご存知ですか」

「さあ。酒場(バー)だろ、たぶん」

 

 ジェイコブはそこで身を乗り出すと、作業服の左胸――ヒューズ飛行機(エアクラフト)社のワッペンが貼ってある――を叩きながら言った。

 

「なあ、俺は知らないんだよ」

「いーや、知ってるはずですね」

 

 フブキも対抗するように身を乗り出して、やや食い気味に遮った。

 

「バンバ・クラブ。電話があったでしょ?」

「......あそこのバーテンが」

 

 たっぷり一秒をため息をつくのに費やしてから、ジェイコブが言った。

 

「電話してきたんだ。だいぶ手に負えなくなってきたから、連れ帰りに来てくれないかって。昨晩そう電話があった。でも俺はノーって言ったんだ」

 

 ふるふると首を振ったのは、そうしなきゃよかったって後悔なのか、あの時の気分を再び思い出しているのか。

 

「電話はその後何回か鳴ったけど、全部無視した......我慢するべきだったんだ、きっと」

「でしょうね」

 

 涙声にならないように深呼吸を繰り返すジェイコブに、フブキは突っぱねるように言葉をぶつけるとそのまま次の質問に移った。

 

「では、昨日最後に奥さんと会ったのはいつですか」

「昨晩だ。彼女と話し合うことがあって......話して、でもちょっと手に負えなくなって......で、俺は帰った」

「何時ごろでしたか、その、彼女を最後に見たのは?」

 

 フブキが鋭く息を吸うのを察知して、ウチが先に割り込んだ。きっと青痣の件を追求したいんだろうけど、これを先に聞いておきたい。

 

「すまないんだけど......よく覚えてないんだ。9時とか? もっと遅かったかもしれないけど、9時ごろだったと思う」

 

 そういえば、お隣さんからジェイコブが帰った時間を聞きそびれていた。失敗だ、でももう遅い。

 それに9時ごろならそう矛盾してもいない。そのあと小一時間かけて散々引っ掛けてからバンバ・クラブへ行けば、オーナーが言ってたようにクラブに現れる頃にはへべれけだろう。

 ウチに出鼻を挫かれたフブキは少し考えてから、別のことを聞くことにしたらしい。

 

「じゃああなたじゃないとしましょう。でも、あなたが殺るように言った、そうじゃないんですか?」

「......おい、そりゃどういう意味だ?」

「そのまんまの意味です。あなたは自分で人殺しができるような性根はなさそうですから――」

 

 フブキが鼻で嗤うような音を立てて続ける。

 

「――誰かに頼んで始末してもらった。電話の脇のメモに言う、"申し出(オファー)"に乗った。そうでしょ?」

「ふざけるな!」

 

 ジェイコブが爆発した。重心を前に移してほとんど立ち上がらんばかりになったけど、そこまではせずに座ったままフブキの顔面に向かって怒鳴り散らした。

 

「俺はそんなことしちゃいない! あのメモは弁護士への書き送りだ、離婚調停の申し出を受けたんだ!」

 

 ばんばん地団太を踏んで、怒りのままに言葉を吐き出している。奥さんが死んだと聞かされた時のショックといい、これが演技ならアカデミー賞(オスカー)ものだな、とウチは独り決めした。

 

「俺はまだ彼女に寄り添うつもりだったさ! とはいえ彼女はあんななんで、きっぱり断るのも難しくて、それで......」

 

 怒りがトーンダウンしたらしく、ジェイコブの上体が下がって前のめりになって、そのまま途中で喋るのをやめた。

 フブキが手帳を閉じたのを見てウチがジェイコブに話しかけようとすると、脇で聴取の様子を見守っていたギャロウェイ刑事が先に口を開いた。

 

「さて、俺たちは全部書類に書くぞ、ジェイコブ。お前が女房にうんざりしてたこととか、女房を殺せば厄介事が全部片付くと思ってたこととか、全部な」

 

 ウチはジェイコブの方からは見えないように顔を顰めると、それをギャロウェイ刑事の方に向けて見せた。ギャロウェイ刑事は――その可能性は低いけど――まだジェイコブを犯人だと思っているのか、それともフブキの悪い警官役(バッド・コップ)では不十分だと思ったんだろうか。

 フブキの方は表情を変えずにジェイコブの反応を見守っている。

 

「彼女は飲んだくれで、淫売だった。で、お前はそれに耐えかねたんだ、そうだろう」

「その罰当たりな口を閉じろ!」

 

 ジェイコブがキッと顔を上げて、ギャロウェイ刑事の方を睨みつけた。膝に置いたこぶしを握り締めているし、怒りに燃え上がりつつもその目は据わっている。

 ウチはさりげなく咳払いをしたけど、ギャロウェイ刑事はジェイコブの抗弁を嗤って続けた。

 

「なんだ、彼女を愛してましたって言いたいのか? 今更? はっ、お涙頂戴だな。地方検事(DA)は大号泣するだろうよ、ジェイコブ。その後には――」

 

 ギャロウェイ刑事が言いきるよりも先にジェイコブがぱっと立ち上がった。ギャロウェイ刑事の顔面に向かって、握った拳を大きく振りかぶった。

 ウチは止めようと思えば足を払うなり、ギャロウェイ刑事との間に割り込むなり、止めようがあったけど、そのどれもせずにやりすぎた悪い警官(バッド・コップ)がぶん殴られるのを傍観することにした。あとでとがめられたら、"歴戦の刑事なら反撃を予測してると思ってました"とでも言い抜けてやろう。

 グレーの作業服が猛然と通り過ぎて肉と肉がぶつかる音がした直後、一歩下がったウチの前を白いしっぽがさっと通り過ぎた。

 フブキが、前のめりで椅子に座ってた時のような低い姿勢で、ギャロウェイ刑事を殴り飛ばした直後のジェイコブの腰にタックルを喰らわせた。

 殴られたギャロウェイ刑事が床に倒れ込むのと、フブキがジェイコブごとダンボール箱の山に突っ込んだのは、ウチの耳にはほとんど同時に聞こえた。

 

「警察官への暴行、といきたいところですがそれはナシにしてあげます」

 

 フブキがジェイコブの背中の上で、彼の右手をひねり上げながら静かな声で言った。

 

「とはいえまだ疑わしい点があるので、署に来てもらいますけどね。ジェイコブ・ヘンリー、セリーン・ヘンリー殺害容疑で逮捕します」

 

 

 

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