「よし、手短に済まそう。もう
交通課長のゴールトン・レアリー警部は会議室に入るなり、冗談めかしてそう笑いながら通告を始めた。
あたしの隣に座るおまるんは眠たそうな顔で、湯気の立つマグカップから警察コーヒーを啜っている。いつもよりも目がとろんとしていて、フェネックの耳も先っちょのほうが前に垂れていた。こいつ、朝に弱いんだよなあ。
「まずは......オマルとシシロ。新品同然のパッカードが、2番街のオリーブとグランドの間の空き地に放置されてると通報があった。通報者のオズワルド・ジェイコブズは、自分ちの裏庭に自動車を捨てられたと言ってる。すでに巡査が現場を保存している。行って、何があるか見て来い。質問は? 無いな、よし行け」
レアリー警部は矢継ぎ早に、実際にはあたしたちに質問する暇も与えずに言った。おまるんとちらっと視線を交わすと、おまるんはくそ不味い警察コーヒーをぐいっと飲み下して席を立った。二人で警部にちょっと会釈をして、会議室から出る。警部の方はこっちには目もくれずに次の通告に移ってたけど。
「次、リムスキーとオハローラン。例の自動車窃盗組織の情報だが......」
「面白そうなの引いたじゃん、おまるん」
「そうだな。普通の人間なら新品ぴかぴかのパッカードを放置する、あるいは捨てるなんてまずしないからな」
駐車場の捜査用車に向かう間におまるんにそう声をかけると、あたしの相勤はなんとも眠たそうな不機嫌な感じの声でそう答えた後、頭を振ってからにっと笑って言った。
「"言ってなかったっけ? 君は今日で馘だ、アインシュタイン*1。"ってか?」
「面白いこと言うじゃん......あたしが運転した方が良さそうだね?」
「いや......悪い、頼む」
おまるんは目頭をグリグリ揉むと、素直にビュイックの始動キーをあたしに預けて助手席に収まった。
「尾丸と獅白、
2番街の路肩に駐まっているパトカーの後ろに捜査用車を停めて降りると、裏路地の入口で立ち番をしている巡査におまるんが身分を告げた。道中寝ていたからか、署にいた時よりだいぶましな顔つきになっている。
「フーリハン巡査です。自動車はそこの路地にあります」
「初動措置を執ったのは?」
「そこにいます。おい、タボット!」
フーリハン巡査の呼びかけに応じて細面の巡査が一人、こちらにやってきた。
「なんだ、トム」
「こちら交通課の刑事さんだ」
「失礼、タボット巡査です」
「君が初動を執ったの?」
「
「へえ」
おまるんがめちゃくちゃ嫌そうな声を出した。外交官絡みとなると、面倒くさいことになりそうな予感がしたんだろう。実際、あたしも同じような予感を今、ひしひしと感じている。
タボット巡査と一緒に現場のほうに歩きながら、おまるんはしかめっ面で質問を続けた。
「君が現着してから、誰か自動車に触った?」
「いいえ。あそこにいるジェイコブズも、」
奥にある家の一つをタボット巡査が指した。
視線を移すと、ポーチのベンチにおじいさんが一人座って、現場を眺めているのが目に入った。
「私が現着する前からあそこにいるようです」
「後で彼からも話を聞くけど、先に現場を見て回りたいから引き留めててくれる?」
「お好きなように。ただ、彼は短気な古臭いクソ野郎ですよ」
「そりゃ饐えた臭いがしそうだな。わかった、早目に済ますよ」
巡査が行ってしまうと、おまるんがこっちを見て言った。
「手分けしよう。ポルカは周りを見て回るから、獅白は自動車頼んだ」
「頼まれた」
おまるんと別れてまず運転席を覗き込んだ。ハンドルコラムに車検証入れが下がっている。
――カリフォルニア州自動車検査登録証
登録番号 :PR706
申請者自署:L. デイビス 署名
車種 :パッカード・クリッパー
年式 :1947
登録者 :在ロサンゼルス・アルゼンチン総領事館――
疑いようもなく外交官自動車だ。PR706というのも、普通の自動車に割り当てられる登録番号じゃない。賭けてもいいけど、外交官ナンバーだろう。
L. デイビスというのは総領事館の現地職員だろうか。あんまりアルゼンチンっぽくない名前だ。
トランクの中を見るために後ろに回ると、なんとライセンス・プレートが取り外されていた。近くにいた巡査に声をかける。
「ライセンス・プレートは?」
「さあ。タボット巡査が現着したときから取り外されていたようです。一渡り見て回りましたが、この辺りには無さそうです」
持ち去られたのか。とにかく気を取り直してトランクを開けてみる。
「......空かあ」
残念。なにか無いか期待してたんだけど、本当に何も入っていない。スペアタイヤの一本すら。
普通はスペアタイヤとか応急キットとか、そういうのが入ってるはずなんだ。それも全部持ち去られたのか。
助手席側に回っていくと前輪が無くなっていることに気が付いた。レンガを積んでジャッキ代わりにしてある。
「なんか素人っぽいなあ。確かにかっこいいホワイトタイヤだけど、本体に比べたら大した価値はなさそうだけどな......」
ボンネットに目をやれば、助手席側のフェンダーに取り付けられた旗竿が折り取られていた。本来なら反対側のそれのようにアルゼンチン国旗が付いていたんだろう。
お土産に持ち去ったんだろうか。それにしてもタイヤしかり、大したお金にならなそうだけど。
「どうだ獅白、なんかわかった?」
顔をあげると、おまるんが戻ってきたところだった。手に何か持っている。
「それは?」
「コンビネーションレンチ。たぶんホイールナットを外すのに使ったんじゃないか。ほれ」
おまるんが投げてよこしたレンチを受け取る。持ち手の部分に"デューイ・ブラザーズ備品"と刻印があった。
「次の行き先候補だね?」
「だ。そっちは?」
「この自動車、アルゼンチン総領事の自動車みたいだよ」
おまるんがげーって感じの声を出した。
「見た感じ色々盗られてるから盗難車じゃないかな。おっつけ向こうが署に来るんじゃない?」
「で、ポルカたちが相手をさせられるわけだ。やだあ......」
こうも弱腰なおまるんをみるのは珍しい気がする。外交官相手にトラウマでもあるんだろうか?
「とにかく、善良な通報者に話を聞きに行こうよ。タボット巡査によれば、古き良きアホ野郎らしいけど」
「古臭いクソ野郎じゃなかったっけ?」
「どっちでも一緒でしょ」