「オズワルド・ジェイコブズさん?」
ポーチのベンチに座っているおじいちゃんに獅白が話しかけた。
相手はなにやら読んでいた本を脇に置くと、立ち上がってこっちに歩み寄りながら答えた。妙にいらつく感じのにやにや笑いを浮かべている。
「そうだ」
「ここで何があったか教えてもらえますか」
「昨晩な、そこの窓から外を見てたんだ。"事の成り行き"を見守るのが趣味でね」
直接的な言及は無いにしても、このおじいちゃんが何を言いたいのかは明白だ。こういう空き地は逢引場所になりやすい。ようするに、変態覗き魔おじいちゃんってわけ。
「はいはい。それで?」
「この空き地をご覧な。ガキどもがいっつもここで
「失礼、自動車の方に話題を戻してもらっても?」
にやにや笑いを消して本気で愚痴を言い始めたジェイコブズにあたしが割って入る。
とはいえ彼の家のこっち側の窓が、全部羽目板で塞いである理由が分かった。小さな疑問ではあったけど。
「そうかっかしなさんな、犬の嬢ちゃん」
「ポルカはフェネックです」
「そうかい。何にしても昨晩、その新品ほやほやのパッカードがレンガの上に載せられるのを見たんさ」
「パッカードをここまで持ってきた人を見ましたか」
「ああ、見たとも! 3人のくそったれメキシコ人どもがなにやら作業してたんだ」
「正確に、何をしてたかわかりましたか?」
「古臭いフォードの
旧式のフォード。連中の自動車かな。それとも、それも盗難車の一つなのか。
「それで連中に叫んだんだよ、"お巡りを呼ぶぞ!"ってな。そしたら連中、フォードに飛び乗って走り去り際に、俺に向かってメキシコ語で罰当たりなことを怒鳴りやがったんだよ」
「スペイン語が解るんですか?」
「いいやあ、わからんとも」
あたしの当てつけに近い質問に対して、ジェコブズも目を剥いて短くゆっくりと答えた。確かに饐えた臭いのする、古臭いクソ野郎だ。タボット巡査は良い目をしてる。
当てつけついでにこの質問をしてみるかな。
「そのメキシコ人たちが立ち去った後ですけど、あなたあの自動車に近寄りました?」
「連中に叫んだ後に?......いいや、近寄っちゃいないとも」
嘘だ。口が一気にへの字になった。たぶん真一文字に結ぼうとしたんだろうけど、力を入れ過ぎだ。
わかりやすくてあたしたちには助かるけど。
「ちょっと考えられませんね。あんたみたいに好奇心旺盛な人が、連中がいなくなってから様子を見に行かないわけがない」
「ああそうだよ、興味を惹かれたんでな。それは犯罪じゃないだろ? それで自動車を見て回ったさ。何か問題でも?」
「いいや問題ですね。巡査!」
手近にいた巡査の一人が――しかもおあつらえ向きにガタイのいいやつが――来ると、命令を出す形でジェイコブズに脅しをかけた。
「このおじいちゃんを取り押さえててくれる? その間にポルカたちは、こいつが自動車から何を盗ったか確認するから」
「わかった、待てよ! 年寄りに乱暴することないだろ?」
巡査が威圧感たっぷりに一歩踏み出すと、ジェイコブズが焦ったように言った。あたしたちは獣人だから自分で取り押さえてもいいんだけど、圧をかけるときにはガタイのいい巡査の方が扱いが楽でいい。
「メモ帳を
さっきまで読んでた本はパッカードから盗ったものだったらしい。警官だらけの現場で肝が据わってんだかアホなのか。
「じゃあ後で見せてもらいますね。後は......連中の自動車について聞かせてくれますか」
獅白は丁寧な調子を崩さずに言った。よくこのクソジジイ相手にその態度を保てるよな。
「旧式のフォードだったよ。暗すぎて登録番号は分からなんだが」
「好奇心がお強いんですよね?」
獅白がちょっと挑むような視線を向けて続けた。
「番号の他にも色々気が付くことがあるんじゃないですか?」
「そうとも嬢ちゃん。フォードは旧式だったが新品同然にピカピカだった。林檎飴色の、見事な塗装だったな。めちゃくちゃ目立つ色だよ」
そうなると盗難車の線は消えそうだ。たぶん連中の誰かの持ち物で、とても大事にされてるみたいだな。
「ありがとうございましたジェイコブズさん。後でタボット巡査が公式な調書をお持ちしますから、署名してもらえますね?」
「ああ。代わりにここで
「ポルカが
ジェイコブズは答える代わりに鼻で嗤って、勝手口から家の中に入って行った。
「で、これが盗品か」
あたしはジェイコブズが座っていたベンチに歩み寄ると、小さな帳面を拾い上げた。赤い表紙に題字が箔押しされている。
――1947年
フアン・フランシスコ・ヴァルテツ――
ぱらぱらめくってみると、人の名前がたくさん箇条書きにされていた。一言コメントのようなものも付け加えられている。外交官としての連絡先リスト、かと思ったけど......
「ヘンリー・グローブ、素敵なまつげ。スタンレー・マーサー、可愛い声。ウォルター・マーシャル、お人好し......なんじゃこりゃあ?」
「さあ、何だろうね? 一応みんな男性みたいだけどね。このジョン・マドセンって人、」
妙に訳知り顔の獅白がうちの一人――コメントの代わりに電話番号が書かれている――を指して言った。
「今からデューイ・ブラザーズの住所調べてくるから、ついでに
「たすかる......お、そのデューイっぽい人がいたぞ」
ページをめくると、しおりが挟まれたところにウィリアム・デューイの名前があった。これも電話番号だけが書かれている。
「へえ。じゃあお楽しみ用の手帳ってだけじゃないのか」
獅白はぼそっとそう呟くと、