H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Consul's Car #8 ~Interval~

 

 

「おう、言いたい放題言ってくれるじゃん」

 

 獅白が勝手口から出てくると、あたしはにやにや笑いを浮かべながら話しかけた。

 台所(キッチン)の外の窓際に立って、最初から最後まで全部聞いてたんだ。

 

「まあ半分は本音だからね」

「おい!?」

「冗談冗談。それよりいっつも思うけど、おまるんって演技派だよね。デューイじゃないけど、女優目指してみたら?」

「はっ、ハリウッドに獣人の場所があるかよ」

 

 鼻で笑い飛ばしてビュイックのハンドルを握る。

 

「この事件じゃやるせないことがあんまり多かったからな、それをぶつけただけ。要するに、八つ当たりだ」

 

 ビュイックをオリーブ通りに戻して1番街のほうに向かわせると、獅白に気になってることを聞いてみることにした。

 

「なあ、よかったのか」

「なにが?」

「いや、ヴァルテツを罰するなんて、ポルカたちにはできないじゃん? そんな空約束をよくもまあ堂々と......」

「別に空約束じゃないよ。あたしたちができる限りのことをするって言う、中身のない約束ってだけ。で、それは書類に書いて国務省に知らせるってのが関の山って話」

「なーほーね。そしたらとにかく、"自分達にできることはした"ってことになるんか。でもさ、こういうのって弁護士にひっくり返されそうじゃない?」

 

 現職の公選弁護人(CPD)はすげえやり手だって聞いたことがあるのを思い出して、その点も聞いてみると、

 

「真っ赤な嘘じゃないし、取引の形式も取ってないから法律上は大丈夫だよ」

 

 獅白はしれっとそう答えてから、ちょっと意地の悪い感じの目をして続けた。

 

「どのみち、聴取中に嘘吐いても規則違反にはならないしね」

「お前......さてはあたしに負けず劣らず性格悪いな?」

「お褒めに与り光栄です」

 

 

 

 

 

「KGPLから各局、倉庫街(ウェアハウス・ディストリクト)で415事案入電中。倉庫街(ウェアハウス・ディストリクト)近い局、どうぞ(アイデンティファイ)

 

 1番街とアラメダ通りの交差点を過ぎて倉庫街(ウェアハウス・ディストリクト)に入ったところで、無線機がキューンと鳴ってそう告げた。

 獅白がちらっとこっちに目をやってから送話器を取って応答する。

 

「2キング44です。KGPL、どうぞ(ゴー・アヘッド)

「2K44、倉庫街(ウェアハウス・ディストリクト)で入電中の415事案。場所、バンニング通りとサンタ・フェ通りの角、バンニングとサンタ・フェの角。被疑車両が違法公道レースに参加していると、市民から通報あり。対処識別符号は3(コード・スリー)

「2K44了解。1番とヒューイットの角から向かいます」

「KGPL了解。以上KGPL」

 

 獅白が送話器を置きながらサイレンと赤色投光器(スポットライト)のスイッチを入れる。夕暮れ前の1番街に野太いサイレンが響き渡って、通りの自動車たちが我先にと歩道側によって道を開けた。

 

「違法公道レースか、これがたぶん当たりだな」

「だね。1番街じゃなくて一本上のバンニングみたいだけど、近場でよかった」

 

 1番街からビンズ通りへ、ついでバンニング通りに曲がるとすぐ、交差するサンタ・フェ通りの南側を獅白が指して叫んだ。

 

「あれだ、おまるん! あの赤いフォードだ!」

 

 確かに、獅白が指した先に4台の自動車が停まっていた。その中央にスターターらしい女が一人、緑色の旗を掲げて立っている。

 4台の中でもひときわ目立っているのが、ぴかぴかの林檎飴色に輝く32年式フォードB型のホットロッド・カスタムカーだった。オープンスタイルの運転席に黒髪を短く刈り込んだ男の頭が見て取れる。あれがデル・ガドだ。

 あたしはすぐにアクセルペダルを踏み込んだけど、ほとんど同時に女が旗を振り下ろした。

 通り中に甲高いエンジン音と、タイヤと路面が擦れる音が響いて、自動車が次々にスタートを切っていく。

 

「くそっ! もうちょっとだったのに!」

 

 ビュイックの後輪を滑らせるようにしてサンタ・フェ通りに右折すると、レース軍団の尻につけた。警察に追われるのに慣れているのか、誰一人としてサイレンを鳴らした捜査用車の登場に驚く素振りを見せない。

 

「2キング44からKGPL」

 

 獅白が送話器を取って、応援を要請し始めた。

 

「2キング44、どうぞ(ゴー・アヘッド)

「2K44、応援を派遣願います。通報された違法公道レースの対処です。現在、1番とサンタ・フェの角を南下中」

 

 ちょうど獅白が言葉を切ったタイミングで、あたしは幅寄せして邪魔しようとしてきた黒の41年式ビュイックの鼻先をつついてやった。

 ビュイック・カスタムは見事にスピンして、2番街からサンタ・フェ通りに曲がって来ようとしたインターナショナルのダンプカーに激突して轟音を立てた。あんなとんでもない音がしたら、もうレースには戻ってこれないだろうな。

 

「うぎゃあ!」

 

 そんな風に慢心した直後に、青い40年式パッカードから同じことをし返された。フェンダーを押しやられた捜査用車がスピンしかかる。

 

「こなくそお!」

 

 腕力に任せてハンドルを切って、スピンに入る前に自動車を横滑りさせる。体勢を立て直すと同時に、ギアを落として思いっきりアクセルを踏み込んだ。

 パッカードはもう一台の、緑色の41年式マーキュリーとやり合っている。ホットロッドのフォードは、もうはるか先だ。

 

「くそ、このくそパッカードが邪魔!」

 

 パッカードはマーキュリーとやりあいつつ、あたしたちのビュイックの前にピッタリつけてこっちの妨害もするっていう器用なことをやってのけていた。

 と、獅白が無言でレギュレーターハンドルを回して窓を開け始めた。

 

「おいちょっと獅白!?」

「黙って。おまるんは運転に集中してて」

「はい......」

 

 鋭く言い返されたあたしは、言われた通りに運転操作に集中することにした。

 獅白は全開にした窓から身を乗り出すと、ウェストコートの下から拳銃を抜いて、パッカードに発砲した。その一発がパッカードの右後輪を撃ち抜いて、パッカードをよろめかせ、右横のマーキュリーに激突させた。

 

「ちぇ」

 

 獅白が舌打ちするのが横から聞こえた。

 パッカードはマーキュリーに側面をぶつけることで体勢を立て直した一方、マーキュリーの方はスピンして、サイレンを聞いて素直に路肩に停まっていた善良な市民の46年式フォードに激突した。そのままひっくり返って亀の子状態になり、火を吹いているのが室内後写鏡(リアビュー・ミラー)にちらっと写った。

 

 一方タイヤが潰れて速度の落ちたパッカードの横に並ぶと、獅白はもう一発撃って左前輪もダメにした。

 

「この畜生(ベスティア)アマが!」

 

 パッカードの運転手が獅白に向かって中指を立てて喚くと、獅白も中指を立て返して、

 

「出直して来な、ろくでなし(プータ)!」

 

 そう言い返したタイミングで、あたしは運転不自由に陥っているパッカードの鼻先に一撃喰らわせた。パッカードはひっくり返って一回転、二回転、三回転して止まった。ボンネットから湯気を吹いて、タイヤもどこかに飛んで行ってしまっている。

 

 さあ、残るはデル・ガドのフォードだけだ。

 インダストリアル通りとの交差点を過ぎると、前方の7番街橋の下が封鎖されてるのが目に入った。KGPLが手配してくれたらしい。

 

「これで詰みだな」

「おまるん、そういうこと言うとさ......ほら」

「ああ!?」

 

 デル・ガドは封鎖地点の直前でフォードを横滑りさせると、左手の路外へと飛び出して行って消えた。

 

「消えた!? いったいどこに――」

「いいから後を追って!」

 

 獅白の声に後押しされて、あたしはデル・ガドがしたように封鎖の直前でビュイックを横滑りさせた。

 

「あ、放水路!」

 

 7番街橋の下には、下水道の余水吐き放流路があった。デル・ガドはそこに飛び込んだんだ。1番街橋の下じゃなかったのかよ!

 放流路に飛び込んで真っ赤なフォードの後を追うと、背後からサイレンがいくつも鳴りだすのが聞こえた。封鎖の巡査たちがパトカーで後を追ってくるつもりみたいだ。応援が居れば心強い。だからってこのクソガキに振りきられたくはないけど。

 フォードは放流路を下りきると、ロサンゼルス川の中に入って、川を北にさかのぼり始めた。

 

「うわあ! 冷てえ!」

 

 川に入るとすぐ、車内に水が侵入してきた。冷え切った冬の川の水――それも汚水や廃水で悪臭芬々たる水――に、それでも強いて足を浸けたまま、アクセルを踏み続ける。

 一方獅白はげっとかぐっとか言う音を喉元で立てて、足をたたんで椅子の上に載せた。運転してないやつはいいなあ!

 デル・ガドは一度東側の川岸に上がった後、再び川を横切って――冷たい! 臭い!――パシフィック電鉄(P.E.)貨物駅の方へコンクリートの護岸を登り始めた。

 

「くっそ、いい加減に諦めてくれないか......あ?」

「お?」

 

 フォードが護岸を上り詰めて、その上に文字通り飛び上がって視界から消える。それとほぼ同時にあたしと獅白の耳が、轟然と通り過ぎる貨物列車の音に混じって、自動車がクラッシュするまぎれもない音をとらえた。

 貨物列車が非常ブレーキの甲高い音を立てて急減速し始める。

 

「事故ったな」

「みたいだね」

 

 デル・ガドの真似はせずにしっかり減速して護岸の上に上がると、今しも止まろうとしている貨物列車の向こうから煙が上がっているのが目に入った。

 ハンドルを切って捜査用車の向きを変え、すぐそこに見えていた緩急車を――列車長(チーフ・コンダクター)から罰当たりな言葉を投げかけられながら――回り込んで列車の反対側にまわる。

 林檎飴色のフォードはぐしゃぐしゃに潰れて止まっていた。たぶん、貨物列車を抜かすか飛び越えるかしようとして失敗したんだろう。これで、これでようやく詰みだ。

 ビュイックから降りて、デル・ガドに対して声を張り上げる。

 

「ガブリエル・デル・ガド。重自動車窃盗の容疑で逮捕する!」

 

 額を切ったのか顔中血塗れのガブリエルが、フォードからゆっくり降りてきた。獅白が銃を向けているのを確認して、ガブリエルに歩み寄って手錠をかける。

 

「くそったれ、このろくでなしのメス畜生どもめ! あの変態(マリコン)のヴァルテツと話したんだろ?」

 

 手を後ろに回されながら、ガブリエルはあたしに、ついで獅白に向かってスペイン訛りの英語で喚き立てた。獅白の無言の頷きを受けて、さらに続けて言った。

 

「じゃあこれで誰が男かわかったはずだ! 俺はあいつの自動車を台無しにしてやった。誰が"男らしい男"か、見せつけてやったんだ!」

「そうかな?」

 

 獅白は冷たい目で、ガブリエルを真っすぐに見据えて言った。

 

「あんたがやったことは犯罪――その点でじゃ、ヴァルテツと何ら違いはないね――だし、なによりひどくお粗末だったよ。ヴァルテツは自動車本体も、タイヤも、何もかも取り戻せる。あんたが不用意に家に持ち帰ってくれたおかげでね。あたしには変態親父もヘタクソな自動車泥棒も、どっちも"男らしい男"には見えないけどね」

「そんな......そんなの女にわかってたまるもんか!」

「かもね。何にしてもあんたは、自分の青春の残り半分を州立刑務所(サン・クエンティン)の檻の中で過ごすことになる。そこで惨めな気持ちになったら、今のことを誇りにして自分の心を支えるといいよ。このチンケな自動車盗が誇りに思えるんならね」

 

 後から追ってきていた護送車(Bワゴン)――図体がでかいから道路封鎖によく使われる――が護岸を登ってくると、あたしはデル・ガドの身体を回して、こっちの顔も見せるようにして言った。

 

「そん時には、ポルカたちのことも忘れずに思い出せよな。これからお前を汚い檻の中に放り込む、メス畜生どもの顔を、さ」

 

 

 

 

 

「外国の高官が小児同性愛強姦魔であることを暴き、自動車販売店が横領の片棒を担いだことを暴き、そして浮浪者の自動車泥棒たちが当分のあいだ、われらが市民の自動車を盗めないようにした。悪くない釣果だ、シシロ刑事、オマル刑事。実に悪くない」

 

 巡査たちがぐしゃぐしゃのフォードB型をトラックの荷台に引き上げている様子を背に、レアリー警部はあたしたちにねぎらいの言葉をかけた。

 

「アゴを上げず、ヒジを下げず、しっかりこういう結果を私のところに持ってこい。教科書通りかもしれんが、市警にはそういうのがもっと必要だ」

 

 そう言うと、警部は笑顔のままあたしたちに一つ頷いてから、フォードの収容を指揮しているピンカー技師の方へと歩いて行った。

 

「さーて、署に戻って員面録らなきゃな」

 

 伸びをしながら獅白に言うと、向こうも首をぐりぐり回しながら返してきた。

 

「そうだね。じゃあおまるん、後は任したよ」

「なんでだよ!」

「冗談だよ。でも先にご飯食べに行こう?」

「そりゃ賛成......あー、でも先に着替えていいか? その、ポルカ足が臭くってさあ」

 

 ロサンゼルス川の汚水に浸かったポルカの足は、えもいわれぬ臭いを放ち続けている。これをそのままにするのはちょっと、ガブリエルの言い分じゃないけど"女らしい女"とは言えなくないか?

 

「いいんじゃない? あたしたちはメス畜生のくそお巡りなんだし?」

「よくないだろうが!」

 

 ケラケラ笑い続ける獅白に憎悪の視線を向けながら、あたしたちは連れだって貨物駅の出口ゲートに向かった。

 

 

 

The Consul's Car -Case Closed-

 

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