「現場はこちらです」
丘の上の公園につくと、そう言ってゴンザレス巡査が振り向いた。前の公園よりも立木が多い。カラザース検屍官が仕事をしてる場所からして、死体は木陰にあるみたいだった。
ウチが現場を見渡していると、背後でフブキが巡査に質問した。
「第一発見者は君かい?」
「いいえ、散歩に来た家族連れです。そこのぶらんこで遊ぼうとして、
「やあ、オオカミ刑事」
現場を囲っているロープをまたいで、ピンカー技師が出てきた。
「悪いけど、今回は大してお役に立てそうにないね。話はマルから聞いてくれ。じゃ、俺はこれで」
「お疲れ様です......フブキ、そろそろ」
「ん、わかった。ありがとう、ゴンザレス巡査」
フブキと連れ立って検屍官のところに歩み寄ると、検屍官が緑色のシートを外してこちらに死体を見せた。
全裸の女性の死体。頭部や胸に靴底型の痣ができている。
「似ていると思わんか?」
「何に? ダリアですか?」
「セリーン・ヘンリーだよ」
検屍官はシートをたたみながらそう言った。
一方フブキはしゃがみこんで、死体を観察しながら返した。
「確かに。でもセリーンの件は色々細かく報道されたんだよね。踏みつけにされて死んだこととか、靴のサイズとか?」
「ああ。模倣犯が出るには十分すぎるほどに」
「じゃあ、まだ何とも言えないね。口紅の落書きもないし、大陪審は"似てる"くらいでセリーンの件を蒸し返したら、いい顔しないだろうし。マル、続けて?」
「わかった。見たところ、複数回にわたって殴打されている。足痕は見ての通り、彼女が踏みつけにされたことを現わしている。サイズについて確かなことは言えないが、小さめの紳士用サイズだろうな。ここで見る限り、死因は窒息らしい」
検屍官はしゃがみこむと、顎を持ち上げて首許をさらした。山形がいくつも組み合わさったような、どす黒い紫色の特徴的な痣が首をぐるっと一周している。
「確定はできないので、持ち帰って検査するが。その他諸々についてもわかり次第連絡する。その......」
「精液とか?」
「......そうだ」
ウチはフブキから目をそらした検屍官の顔に「ご婦人がさらっと"精液"とか言うんじゃない」って書いてあるのを、面白おかしい気分で読み取った。そりゃまあごもっともなんだけど、ウチたちは婦人"警察官"なんだから、いい加減慣れてくれると嬉しいなあ。
笑いを押し殺して立ち上がると、死体はフブキに任せてウチは現場を見て回ることにした。といっても、ピンカー技師言った事が正しければ、ウチが見るべきものは少ないと思うけど。
「なにもない......本当に」
カラザース検屍官はセリーンの件と似てるって言ったけど、遺留品に関しては全然似てなかった。同じアカツユの下に捨てられていた、被害者のものらしい
鞄の口を開けて、中身を引っ掻き回す。
「......これは、お金か。強盗がうっかり人殺しをして模倣犯に見せかけた、なんてことはなさそうだな」
指先に振れた硬いなにかを引っ張り出した。
「これは......名札だ。ディアドラ・モラー。げっ、PTA*1だ......」
金色の名札には名前の下に"
「巡査!」
「はい、なにか?」
現場の脇で待機していたゴンザレス巡査が駆け寄ってきた。
「
「直ちに」
巡査が去ってしまうと、ウチは名札を鞄に戻して、フブキと死体のところに戻った。
検屍官がフブキに話しているのが聞こえてくる。
「......その可能性もある。だがそれなら反対側の手首にもないと不自然だ。おそらく腕時計を引きちぎった痕だと思うね」
「なるほど。あ、ミオ。なんか収穫あった?」
「名前がわかったよ、ディアドラ・モラー。いまゴンザレス巡査が電話に行ってるけど、たぶんPTA役員だね」
「げーっ、PTAかあ......」
フブキは立ちあがると、ぐるっと目を回して続けた。
「ラスティがこの場にいたらこう言いそうだね、"旦那が犯人だ。女の尻に敷かれ続けるのに耐えられなくなったマヌケ野郎に決まってる"って」
「そっかあ。犯人はギャロウェイ刑事だったんだね?」
「ぶはっ......やめたげなよ......ひっひっひ」
「あの、刑事?」
フブキがお腹を押さえて笑い転げていると、ゴンザレス巡査が戻ってきた。フブキの方を見て若干困惑気味の声になっている。なんか、ウチは前もこんな構図を見た覚えがあるな?
「巡査。R&Iはなんて?」
「はい。今朝、北ボニー・ブレイ通り130番地方のディアドラ・モラーの失踪届が、旦那名義で提出されているそうです」
「その旦那さんの名前は?」
「ヒューゴ・モラーです」
「よし、ありがとう巡査。フブキ、旦那さんに話を聴きに行こうか......近親者告知も兼ねて」
ラジオは速報を流してるかもしれないけど、身許まではまだつかんでないはずだ。
フブキは近親者告知と聞いて、さっと顔から笑みをかき消した。
「そうしようか。それじゃあマル、彼女のことは頼んだよ」
「ああ」
「ここだね、130番地」
歩道の番地表示を読んでいたフブキの声に応じて、ウチはナッシュを路肩に寄せた。
「なんか......ちっちゃいおうちだね」
ウチは捜査用車の中から北ボニー・ブレイ通り130番地の家を眺めて、素直な感想を口にした。
モルタル壁の小さな平屋建ての家が、不釣り合いなほど広い土地にポツンと建っている。お庭が広いというより、家がちっちゃくて土地が余ってるって感じだ。
自動車を降りると、フブキと並んで玄関に歩いていく。フブキは家の造りをじろじろ見て、考え込むように言った。
「これは規格住宅だね。確か復員
「じゃあディアドラさんはウチたちと同じ退役軍人ってこと?」
「いや、順当に考えれば旦那さんが、じゃない?」
「あ、そっか」
考えてみればそうだ。ウチたちは獣人だけどディアドラ・モラーは白人女性だったから、仮に婦人部隊に従軍してたとしてもこの手の恩恵は無いはずだ。通信交換や副官庶務だって現代の戦争じゃ重要な要素だとウチは思うけど、軍務省――今は
とにかく、それより今はモラーさんだ。
フブキが先に立って玄関ドアをノックする。返事はなかったけど、ドアの向こうで誰かが動き回る音が聞こえた。こっちに歩いてくる。歩幅が小さいな?
「はい。どちら様ですか?」
ドアを開けたのは女の子だった。娘さんだろうか。
「白上と大神、
「もうすぐ帰ってくると思いますけど。その......ママを探してて」
「あなたのお名前は?」
ウチはちょっと屈みこんで、目線を合わせるようにして聞いた。
「ミッシェル・アロイス・モラーよ」
「ちょっとお邪魔してもいいかな、ミッシェル?」
「いい、と思うわ」
「ありがとう」
ミッシェルがドアを広めに開けると、ウチたちは応接間を兼ねた居間に入った。
「フブキ、家の中を見て回るのは任せた。ウチはミッシェルから話を聴いとくから」
「おっけー、任されたよ」
「ミッシェル、そこのソファに座ろっか。ちょっと色々聞きたいことがあるの」
ミッシェルはまだちょっと事情が呑み込めてないって顔を――お母さんがいなくなったんだから当然と言えばそうだ――してたけど、おとなしくソファに腰かけた。